それぞれの日常
▽ アルガード魔法学校 5回生Aクラス
「はぁ……」
「レイラ。せっかく学校へ来たのに、溜め息ばっかりダメじゃないですか」
「そう言ったってな……はぁ……」
「……困りましたね」
ここはレイラとシルビアが所属するクラス。レイラはシルビアに連れられて学校へ来たものの、ユウの事を四六時中考えて授業の内容は何一つ頭に入ってきていなかった。今は丁度1時間目が終わったところで、レイラは机に突っ伏している。登校してから授業中もひたすら突っ伏していた。
ギーミ島での調査が終わった後、セントブルグでは『ドラゴンから国を守った英雄死す!』という新聞が国中に出回っていた。ユウの死体は見つかっていないものの、レイラとアーサーの証言から死んだものと見なされてしまった。そのユウとレイラが仲良かった事を教員は知っていたので、気を使ってかレイラをそっとしてくれていたみたいだ。
「次は3組合同の実戦授業ですよ。早く行きましょう」
「う…」
次の授業は魔法や武器を使った戦闘の授業だ。レイラのクラスを含め、闘技場にて3組合同で行われる。アルガードは1学年10クラス前後あり、それぞれ30人程度だ。クラスは成績等関係無しに適当に振り分けられている。
「はぁ…。ほら、行きますよ!」
シルビアはいつまでも机に突っ伏しているしているレイラの腕を引っ張って席から無理やり立たせた。
「わっ、待てシルビアっ」
そのままレイラはずるずる引っ張られながら闘技場へと向かって行く。
「遅刻ギリギリでしたね」
闘技場にはもうほとんどの人が集まっていて、クラスに別れて整列していた。レイラ達も自分のクラスが集まっている場所に行き整列する。
「それでは、2人1組になってある程度距離を離れて下さい」
教員の指示によってペアを作らされ、ある程度間隔をとった後、戦闘訓練が始まった。この闘技場は武闘会の会場並みに大きいので100人入っても十分余るほどだ。心置き無く戦闘訓練が行える。だが広すぎて教員の目が行き渡らず、サボる生徒もちらほらと出てくる短所もあるようだ。
「はぁ…」
レイラはシルビアとペアを組んだが、壁際で三角座りして顔を膝に伏せていた。
「いつまでそうしているつもりですか。攻撃しますよ?」
「するならしてくれ。どうせ私は死なないんだ…」
レイラは、何故自分が助かってユウが死ななければいけなかったのかとずっと自分を責めていた。あの時、私が死ぬべきだったのでは?とひたすら自問自答していた。
「はぁ。本当に困りましたね。どうしましょう…」
「ちょっといいかな?」
シルビアがレイラをどうにかして元気づけようと考えていると、ある1人の男子生徒が近寄ってきた。
「誰かと思えばリオンさんですか」
「リ、リオン?」
リオンという単語を聞いたレイラが顔を上げた。レイラに近寄ってきた男子生徒はリオンだった。
「レイラ…。その…」
レイラに話しかけたリオンはどこかそわそわとしている。告白前の男子生徒という感じではなく、申し訳なさそうな表情をしている。
「どうしたんだ?」
「この前の事なんだが…その…」
「あ…」
リオンの口からこの前の事と出た瞬間、防波堤であった一悶着を思い出した。
「すまなかった…」
リオンは深く頭を下げて謝った。それを見たレイラは慌てて立ち上がる。
「リオン、頭を上げてくれ…。私も言い過ぎた事もあったし…」
「許してくれるのか?」
「許すも何もおあいこみたいなものだろ。こちらこそすまなかった」
そしてレイラも頭を下げて謝った。
「レイラも頭を上げてくれよ。それに、アイツがあんな事になって…その…」
リオンもユウが死んだ事を結構気にしていた。
「う…ほんとだよ…あんのバカ…」
「………」
レイラはまた三角座りして顔を伏せてしまった。その姿を見たリオンはやりきれない気持ちになって黙ってしまう。
「リオンさん、今はそっとしていただけませんか?」
気まずい雰囲気が流れている2人を見かねたシルビアが割って入る。
「あ、あぁ、わかった。俺はこれで失礼するよ。シルビア、レイラを頼んだぞ」
「わかってますよ。さ、リオンさんもこんな所でサボっていらしたら先生方に注意されてしまいますよ」
「そうだな。じゃあ!」
リオンはレイラ達に背を向けて訓練している生徒達の輪に入っていった。
「レイラ。しっかりしなさい」
シルビアはレイラの前に腰を下ろして話しかける。
「だって…」
「だってじゃないでしょ。あのお墓の前で誓ったんじゃないのですか? そんなレイラを見てあの殿方が喜ぶとお思いですか? それにまだ死んだと決まったわけじゃないんでしょ? 1番近い存在だったレイラが信じなくて誰が信じるのですか」
「でも…」
「本当に困った子ですね」
これだけ言ってもまだ引きずって前に進もうとしないレイラにシルビアはそろそろイライラしてきた。シルビアは立ち上がり、一呼吸置いて口を開く。
「だったら一生そうやってウジウジしていなさい。そしてウジ虫のように死んでいきなさい。例えその殿方が生きて帰ってきたとしも、今この場所で留まっている貴女に会いに行く資格なんて無いです。そうですね、私がレイラの代わりを務めてあげましょう」
シルビアはもう最後の手段だと思い、レイラを挑発してみることにした。5年間レイラと共に歩んできて、今まで色恋めいた話は一切無かった。最近レイラからよく相談を受けていたが、照れたり悩んだりしている姿を見て本当にその方を好きになったのだと思った。そ少し酷な発言だが、レイラの初恋相手を親友の私に取られるのは絶対に嫌な筈だと思った。
まだ死体は見つかっていない。生きている可能性だってある。レイラがここまで心から好きになった人をシルビア自身も死者にはしたく無かった。
「それは私の役目だ!絶対にシルビアなんかに渡さない!」
レイラは立ち上がって感情を剥き出しにする。それを見たシルビアはニッと表情を緩めた。この挑発に乗ってこなければ文字通りユウを愛する資格なんて無かっただろう。だが後少し、後少しだけ、レイラの気持ちを確たるモノにする為に、この押し問答を続けてしてみることにした。
「あらそうなのですか? 俯いて暗い顔をしている貴方には相応しくない役目では?」
「相応しいか相応しくないかは私自身が決めるんだ!シルビアは関係ない!私はユウが好きなんだ!」
「好きな気持ちだけでやっていけるとでもお思いですか?」
「やってみなくちゃわからないだろ!」
「そんな風に思えるのはとても素晴らしい事だと思うのですが、その殿方を死んだと決めつけたのはどこの誰なんしょうか?」
「決めつけてなどいない!ユウは生きている!必ずだ!アイツがちょっとやそっとで死ぬはずがない!」
「あらそう。もし生きてたとして1回でも諦めてしまったレイラと再び仲良くしてくれるのでしょうかね。やはり私のような—-——」
「黙れ!私がユウを支えると決めたんだ!!私がユウを守ってみせるんだ!例え相手がシルビアだとしてもそこは譲らないぞ!誰にも渡すものかぁバカぁあああ!」
気付けばレイラは叫んでいた。闘技場で訓練をしていた生徒達は皆レイラに注目している。
「あ、あ、私…」
正気に戻ったレイラはあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にした。
「レイラ。今あなたが言った言葉は忘れないでくださいね?」
シルビアはレイラに近づいて笑顔でそう言った。
「シルビア…」
「ふぅ、やっとですね。しっかりしてくださいよ?」
「あ…」
「あ!礼には及びませんからね。友達として当たり前の事をしたまでですから」
「シルビア…本当にすまなかった。ついこの前墓の前で誓ったはずなのにな…。まだ意志が弱かったのかな」
レイラはやっとシルビアに元気付けてもらったと気付いた。それなのに暴言を吐いた自分が情けなく思ってしまった。
「全く…本当ですよ。また同じ事をしたらもう知りませんからね」
「もうならないぞ!本当にシルビアに取られても困るしな!」
「それ程、私が横取りしそうに見えるのですか?」
「いや、その…次は本当にしそうな気がしてならないんだ。それにユウは可愛い子には目がないしな…」
「流石はレイラですね。よくわかっているじゃないですか。レイラがここまで好きになった人と一度お会いしたいとは思っていましたからね」
「ほら!」
「冗談ですよ」
そう言ってシルビアは笑うが、レイラはちっとも笑えなかった。今のシルビアはかなり怒っている。ニコニコしているシルビアを他の人が見れば怒っているなんて思いもしないが、レイラは今までの付き合いがあるので些細な表情からシルビアの心情を読み取れるようになっていた。
透き通るような肌に綺麗な雪色の長い髪。顔も小さくてパーツもかなり整っている。まさにお姫様の代名詞を象った人間だ。こんな可愛い女の子に迫られでもしたら、あのバカは鼻の下を伸ばしてついて行くに違いない。とレイラは思っていた。
「こらー!そこー!さぼるんじゃない!」
さっきの事で注目を浴びたせいか監督していた教員から注意された。
「すみません!すぐに始めます!」
「もうこれ以上はサボってられませんよ」
シルビアはレイラから少し距離を取った。
「そうだな。よし、シルビア、やるぞ!」
「うふふ。それでは思いっきりやってもいいのですね?」
「いや、あのぉ、手加減してくれないか?」
シルビアはリオン程の戦闘センスはないが、魔力量や魔法操作、魔法発動速度等、魔法において右に出るものはいない。発動できる数は少ないが、魔法を極めた者だけが到達できる領域、即ち無詠唱も幾つか獲得している。シルビアから繰り出される魔法の数々は人外のそれだ。だがシルビアは争い事や暴力的な事は嫌いなので、普段はこんな好戦的ではない。
「手加減ですか…。それはどのくらいでしょうか?」
シルビアはニコニコしながら空中に光り輝く多数の魔法陣を出現させた。やはり怒っている。それがすぐさま感じたレイラの感想だった。
「…それを半分以下にしてくれないか?」
レイラの後ろは壁だ。そしてシルビアの上空5m、左右対象に20mぐらい広がる多数の魔法陣からは恐怖そのものしか感じとれない。これほどの規模の魔法を無詠唱で発動できる人物は、この学校、いやこの国中でシルビア以外に誰一人としていないだろう。ちらっと周りを見ると、他の生徒達は巻き添えをくらわないようにシルビア達から距離を取って離れていた。
「うふふ。そもそもレイラが足を引っ張ったからそういう結果になったのでしょ? そんな甘ったれた事が言えるのですか?」
「う…」
シルビアからそう言われてレイラはギーミ島で起きた事を思い出す。確かにもう少し実力があればあんな結果にはならなっただろう。自分の不甲斐なさに腹が立ち、何も言い返せない。
「それでは。頑張ってください」
「待て!シルビアッ!」
レイラの懇願も虚しく響き渡り、シルビアが出現させた魔法陣から次々と光の矢の大群が放たれた。数百以上の光の矢がレイラに降り注ぐ。
「いやぁぁああああああああ!」
絶叫しながらレイラは必死で逃げた。光の矢の間をくぐり抜けて広い方向へ逃げて行く。例え周りの生徒が巻き添えをくらおうがお構い無しに必死に逃げた。今のシルビアより怖いものは無いと思った。
「そろそろいいでしょうかね」
シルビアは気の済むまで打ち続けていた。どれぐらい逃げ続けていたのだろうか、気がつけば闘技場は穴だらけになっていた。不思議な事に誰1人としてシルビアの攻撃をくらった者はいなかった。だがその場にへたり込む生徒や放心している生徒がかなりいた。レイラ達に注意した教員でさえ腰が砕けたように座り込んでガタガタと震えていた。レイラもその教員の背中の後ろでガタガタと震えている。
「やればできるじゃないですか」
シルビアがレイラに近づいてそう言った。
「や、やりすぎだッ!」
「今のレイラはこれぐらいが丁度いいんですよ」
ジリリリリ!!!
ここで授業の終わりが告げるチャイムが鳴った。朝昼とどっちも2時間授業なのでもうお昼休みとなる。
「いつまでそうしているのですか。もう授業は終わりましたよ?」
シルビアは震えている教員の横を通り過ぎてレイラを立たせた。
「おい、他の生徒が怖がっているじゃないか」
「元々はレイラが悪いのでしょ? あのまま壁際で避け続けていたら良かったじゃないですか」
「鬼みたいな事を言うな…」
「でも、人ごみの中へ逃げるとはなかなか卑怯でしたね。レイラだけを狙うのは結構骨が折れました」
「え?」
シルビアから驚きの一言が飛び出し、レイラは目を丸くした。
「まさか、あの魔法全部コントロールしていたのか?」
「当たり前ですよ。レイラみたいにむやみやたらに攻撃するわけないでしょ」
「うぐぐ…」
シルビアはあの多数の光の矢全てを生徒達に当たらないように且つレイラだけを狙ってコントロールしていた。レイラはシルビアがまさかそんな芸当をできるとは思ってもいなかったし、ましてや自分が到底できない神業なので言い返す言葉が見当たらない。どうやったらそのような領域にこの歳で辿り着けるのか不思議に思うくらいだ。
「先生、大丈夫ですか。立てますか?」
「ああ、すまないな。もう先生も年だな、はは…」
シルビアはまだ腰を抜かしている先生の肩を持って立たせた。彼女は本当は思いやりがあって物凄く優しい子なのだ。
「さて、行きましょう。お昼休みが無くなりますよ」
シルビアは闘技場の出入り口に向かって歩き始める。
「あ、待ってくれ」
そしてレイラもその後を追いかけて闘技場を後にした。闘技場にいる他の皆はボケーッと2人の後ろ姿を見続けているだけだった。ただ1人、リオンだけを除いて。
「元気になったじゃないか。さすがシルビアだな」
元気になっていたレイラを見て、リオンもにこやかな表情になっていた。リオンは剣を納め、2人の後を見送っていた。
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▽ アルガード魔法学校 3回生Cクラス
「アリーン。お昼だよお昼!」
「キョウちゃんはしゃぎすぎだよ」
そしてここはアリンとキョウが所属するクラスだ。お昼のチャイムが鳴り、キョウがアリンの座る席の方へ近寄っていく。
「だって昼休みじゃん!で、今日はどんな料理作ってきたの?」
キョウはアリンの席の前の椅子に座った。そして椅子の背もたれに腕を置いてアリンの方へ向く。昼休憩になると生徒の殆どは学食へお昼を食べに行く。お弁当を持ってきている人は数人だけだ。弁当組は自分の席で食べるか、アリンとキョウみたいに空いた机椅子を自由に並び替えて食べている。
「今日もいつもと変わらないよ、ほら」
アリンは机の上にお弁当箱を広げた。女の子1人分のお弁当箱に少し小さなお弁当の2個があった。アリンはその小さなお弁当をキョウに渡す。
「いやはや、いつもありがとうね!アリンはいいお嫁さんになるよ!」
「またそんな事言って。キョウちゃんも購買のお米ばっかり食べていないで自分で作ったらどう?」
「んー。だって面倒くさいし? それに毎朝早く起きて作れないよ。アリンはほんと凄いねー。んぁ、美味しい!」
キョウはアリンが作ってくれたおかずと一緒に購買で買ったごお米と食べるのが最近のブームだった。アリンのおかずをつまみ食いしてからこの美味しさに気づき、それから毎日この食べ方をしている。経費削減にもなるし一石二鳥だ。
「時間経つのって早いね…。ユウさんがいなくなったのが昨日のように思えるね」
キョウがご飯を食べる手を止めてふと呟いた。
「う…」
「あ!しまった!」
2人ともユウが死んだと聞いて初めはかなりショックを受けたが、キョウはもう立ち直っていた。だがまだ立ち直っていないアリンにとってユウの話はタブーだった。
「なんで…なんで…ユウさんは死ななきゃならなかったのかな…?」
目にうっすらと涙を浮かべてアリンは口を開く。お弁当箱を開けようとしていた手も震えていた。
「それは私も思うけど、もう今さら何言ったって仕方ないよ…。アリンも─」
「何も仕方なくなんかないよッ!」
アリンがキョウの言葉を遮るようにして大声で怒鳴った。アリンのこんな姿を見るのは初めてなのでキョウは戸惑ってしまう。クラスに残っていたいた生徒ビックリしたようでアリン達に注目して静まり返った。
「わかったから落ち着いて。ね、アリン…」
「なんでキョウちゃんは落ち着いてられるの!何とも思わないの!」
「そんな事はないけど…」
何とも思わない事はないし、キョウだってアリンのように叫びたい。だが叫んだって返ってこないものは返ってこない。それぐらいキョウだって理解している。やるせない気持ちが溢れ奥歯を噛む。
「こんなの理不尽すぎるよ!こんなの…こんなの……ふええぇん」
ついにアリンは泣き出してしまった。キョウはアリンの頭を撫でながらハンカチで涙を拭き取る。
「おい、我等のアリンちゃんが泣いてるぞ」
「アリンちゃんがあんなに取り乱すなんて…」
男子生徒達はそんなアリンを複雑な思いで見ていた。
「これもあのユウって奴のせいか!」
「ああ、そいつはアリンちゃんをたぶらかしていたらしいぞ!」
「またか!あの女たらしめ!」
「とっ捕まえてアリンちゃんを貶めた罰を与えてやる!」
「おい、そのユウって奴死んだんじゃなかったか?」
「あ、そうだった。おい、誰か蘇生の魔法を使える奴いねえのかよ!」
「そんなの使える奴なんかこの世にいねえよ!そもそも生き返らせてどうするんだよ」
「縛って懲らしめてやるんだよ!」
「え!? 一緒にご飯食べるんじゃないの!」
「何でだよ!」
「だってまだお口拭いてもらってないんだよ!」
「何言ってんだ。頭おかしいのか?」
「あ、そういやコイツそっち方面の頭おかしい子だったな」
「何だよ!皆して頭おかしいおかしい言いやがって!ぶっ飛ばすぞ!」
「あぁ? やれるもんならやってみろ!」
「おいお前等喧嘩すんな!」
男子生徒達はヒートアップしてそろそろ喧嘩に発展しそうな勢いだった。
「ふええぇえええん!」
しかし男子生徒達の耳にアリンの泣く声が耳に届くと、その声に反応した生徒達は喧嘩を止めて皆同じ気持ちになった。これぞ一致男結。
「よし、生き返らせるか!」
「生き返らせてアリンちゃんを安心させた後でもう1回ボコボコにするんだ!」
「全てはアリンちゃんの為に!全てはアリンちゃんを守る俺達の為に!」
「僕の純情の為に!」
「だから誰だよお前!」
「気にしたら負けだ!」
「うるせえ!何でもいいから生き返らせるぞ!まずは図書室からだぁああ!」
オオオオオオオオオオオ!
男子達は教室をドタバタと出て行った。教室に残った女子達はポカンとしている。唯一、一部始終を見ていたキョウは苦笑いだった。死してもなお恨みを買っているユウであった。
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ぴちょん……ぴちょん………ぴちょん……
地下水が岩盤のひび割れから浸透し、洞窟天井部に生じたエフロのような氷柱から雫が垂れ下がる。不規則にその音が洞窟内に反響していた。ここはセントブルグから少し離れたところにある鉱山の洞窟だ。
「ったくよぉ、あのマスターは使いが荒いぜ」
この洞窟内に凶悪なモンスターが住み着いたため、鉱石を採取する作業員が作業をできなくなってしまっていた。
そこでギルド・フェニックスのルーカスがその依頼を受けてこの地にやってきた。いや、ほぼ無理矢理と言った方が正しいのかもしれない。最近依頼も行かずにお酒ばっか飲んでいたのでナミから雷が落ちたのだ。
「お? やっと広いところに出たか」
洞窟を進んでいくとドーム状の開けた場所に出た。その空間には、今ルーカスが通ってきたような穴がいくつも空いていた。ルーカスはその空間のど真ん中まで歩いていく。
「………」
この空間に入った時からルーカスは異様な気配を何体も察知していた。
ゴゴゴゴゴ…
遠くの方で地鳴りが聞こえる。その音が近づくにつれて四方八方に空いた穴全部から何かが来る気配がした。
「来るか?」
そう呟いた瞬間、大きな音を立ててそれらは出てきた。人を何人も一口で丸呑みしそうな大きな顎を持った全長30mぐらいの芋虫のような化物だ。その大きな顎には人よりも大きくて頑丈そうな牙が不規則に並び、頭の方には触角みたいな毛が何本も生えていて、緑色のバカでかい目には黒い点々が無数に付いている。ビジュアル的にとても残念な化物だったが、その気持ち悪さからも一筋縄ではいかないような凶悪さが感じ取れた。
「ほぉ…。でかいな」
ルーカスはこの魔物を見るのは初めてだった。
ボオオオオオオオォォォ
魔物達は気味の悪い声を上げてルーカスに襲いかかった。ルーカスは突っ込んできた魔物をジャンプして避ける。魔物は地面に顔から突っ込んだ。
「おらッ!」
そしてそのがら空きの後頭部にすかさずパンチを放つ。
「うおおッ?」
だがその身体はゴムみたいな弾力があり、攻撃を吸収して跳ね返した。ルーカスはその力を利用して魔物達から離れる。
ボオオオオォォォ!
獲物を再び視界に捉えた魔物達は大きな口を開けてルーカスに向かっていく。
「依頼主に聞いた通りだな。あらよっと!」
突っ込んできた内の何体かに拳大の炎の球を放った。見たことない魔物なのでとりあえず様子を見る事にしたのだ。
バシュン バシュン バシュン…
「へぇ」
しかし放った魔法全てがその弾力に跳ね返されてしまった。
ボオオオオ!
魔法達は止まる事を知らずに突っ込んでくる。
「はぁ!」
ボオォッ!
ルーカスはその顔面にパンチを打ち込んだ。また跳ね返されると思いきや、魔物は身体を縮こませて硬直し、頭の方から後ろの方まで無数の黒いひびが入った。そして次の瞬間、魔物はただの塵となって地面に積もる。
「魔法は効かない訳じゃないんだな。防御力が非常に高いって感じか?」
パンチを放ったルーカスの拳には赤黒いオーラが纏っている。これぞ世界で唯一ルーカスだけが使える破壊の魔法である。この魔法以外はさっき放った初級の炎の魔法しか使えない様だ。
ボオオォォ…
あんな風に殺されるとは思っていなかったのか、他の魔物達はルーカスに恐れをなしていた。
「根性の無い奴らだな。そんな奴らには攻撃したくないが…依頼なんでな。ま、死んでけや」
そこからはルーカスの独壇場だった。魔物達は攻撃する暇を与えられる事なく消されていく。5分と経たない内に全ての魔物は塵となっていた。
実はこの依頼はSS級だった。凶暴な上に群で行動する見た事もないバカでかい魔物。極めつけには攻撃も効かないし魔法も効かない、死者大多数で皆お手上げの依頼だった。だがそれを余裕でクリアしてしまうルーカスはこの魔物よりも化物だ。ルーカスはセントブルグにいる5人のS級クラスの内の1人であり、ギルドフェニックスの大将的な存在だったのだ。
ーーーーー
ーーー
ー
「マスター、帰ったぞ」
「ご苦労様」
依頼を終えたルーカスはギルドへ戻り、依頼の報告しにマスタールームへ行っていた。
「で、どうだったの?」
「いやまぁ、俺は余裕だったけど…。ありゃ手強かったぞ。非常に防御力が高い新種の魔物だ」
ルーカスは戦った魔物を思い出す。生半可な攻撃や魔法じゃダメージは与えられないだろう。返り討ちにあって殺されるのがオチだ。
「そう…。ありがとう」
「浮かない顔だな。どうかしたのか?」
「最近ね、新種の魔物や、進化し凶暴になった魔物の報告が多数あるのよ。それに、魔物の群れごとごっそり移動していたり消えたりと生態系にも異常が出てきているとの報告もあるわ」
「そりゃまた…。魔物の品種改良が行われてたりしてな!がははははは」
「…………」
ルーカスは冗談を言ったつもりだったが、ナミは難しい顔を作って黙ってしまった。その雰囲気にルーカスは段々と笑えなくなる。
「はは…は……。まじで?」
「まだそうとは限らないけど、可能性としては結構高いの」
その言葉を聞いたルーカスも真剣な表情になる。
「だとしたら、一体誰が何の為に。…戦争でも起こすつもりか?」
「ふふ、それがわかれば苦労しないわね」
「まあな…」
「ルーカス、気を付けておいてね。何かが起こる予兆かもしれないわ」
「でも、何か起こってもこの国は大丈夫だろう。俺やマスター、他にも強い奴がわんさかいる国だ」
「でも油断は禁物よ?」
「はいはい、わかったわかった。じゃあ帰るわ」
ルーカスはソファーから立ち上がって扉へ歩いていく。
「ええ、ありがとう」
「そういや、まだあの小僧帰ってこねえのか?」
ドアノブに手をかけた状態で背を向けたままナミに聞いた。
「まだみたいね…。気になるの?」
「いや別に。死んでいたら死んでいたでそこまでの男だったって事だな」
「厳しいのね」
「普通だろ。じゃあな」
ルーカスは扉を開けて出て行った。
「まだみたいなのよね…」
ナミは机の引き出しからある手紙を取り出す。
「ふふ、ほんとバカなんだから」
その手紙の表には『マジ天使ナミさんへ』と書かれていた。
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「……では、報告します」
「うむ」
ここはセントブルグ国王宮殿内部の会議室。デュークが立って何かを報告しようとしていた。デュークと国王の他にもこの国の政治等に関わる主要人物が何人か座っている。
「我がセントブルグ近辺で最近多数目撃されている、魔物の凶悪化、新種についてなのですが、同じような現象が起きている国が他にもありました」
「それはどこの国じゃ?」
国王が自慢の髭を触りながらデュークに尋ねる。
「今のところ報告されているのはイルバーレ、メルフレッド、そしてディルドの3国です」
「ふむ…。被害はどのくらいなのじゃ?」
「我が国は死傷者200、4国合わせておよそ…1000」
「1000もだと!敵はそれほどまでに強いのか!」
座っていた1人の男性から言葉が飛ぶ。
「確かに強いですが落ち着いて戦えば確実に勝てる相手でしょう。しかし、凶悪化した魔物や新種は我々にとって今まで見た事が無い為、敵がどのような行動をしてくるのか不明です。そこで戸惑ってしまったら最期、敵の餌食となっている場合がほとんどです」
「なる程…、ありがとう」
「4つの国に共通して言えるのは、軍事力を有する都市国家、または魔法都市国家という事だけか」
その隣に座っていた男性からも発言があった。
「そうですね。今のところはそれ以外何も分かっていません」
「ふむ、これ以上被害が拡大するのであれば、一度魔族の長にでも会いに行くかの」
魔族の長は人間の首脳クラスと交流をとっており、魔族と人間の平和的共存について尽力している。この異変について何か知っているのではないかと国王は考えていた。
「そうですね…」
「今日はもうこの辺で終わりとするかの? もうこれ以上は何も決まらなさそうじゃ。それに長時間の会議は肩がこって仕方がない」
「そうだな。少し疲れた」
「おお、もうこんな時間か」
デューク達は朝から夕方までぶっ続けで会議を行っていた。
「わかりました。では、解散しましょう。また後日に召集をかけます」
「あい、ご苦労様」
「それでは、お先に失礼させていただきます」
「私も」
座っていた男性達は次々と立ち上がって会議室を後にしていく。そしてデュークも会議室から出て宮殿内を歩いていた。
「一体、世界中で何が起ころうとしているのだ…。それともただの生態系の異常なのか…?」
デュークは1人歩きながら考え事をしていた。
「お!デュークじゃん!」
「あ、デュークさん、こんにちわ」
訓練所の前を通った時、稽古をしていたヤマトとアーサーがデュークに声をかけた。
ヤマトはあれからこの宮殿に入り浸っていた。ユウの情報を逐一報告する条件で宮殿の用心棒になっていた。ヤマトは当然ユウが死んだと思っていない。この宮殿にいれば情報が入ってくると思ったのだ。そして暇があればこうして兵士達と一緒に訓練して修行している。
「おお、熱心だな2人とも」
「コイツが稽古つけてくれってうるさいんだ」
「そんな事言わないでくださいよ、ヤマトさん」
「ははは。お、そうだ2人とも、最近魔物の動きで何かおかしい事がなかったか?」
「いや。んー、強いて言うなら新種が凶悪すぎて手に負えないぐらいだな」
ヤマトやアーサーも凶悪な魔物の討伐に何回も向かっていた。ヤマトが今言ったことはデュークも理解しているので進展はなかった。
「そうか、もし何か起こった時にまたお前の力を借りてもいいか?」
「全然構わねえよ。アイツが帰ってくるまで俺は当分この国にいるからさ」
「ありがとう。助かる」
「デュークも、あまり無理しなさんなよ」
「ふっ、お前に言われるまでもねえよ」
「なら良かった。引き止めて悪かったな」
「いやいや。また俺とも手合わせ頼むぞ」
「お安いご用で!」
デュークはヤマト達に背を向けてどこかへ歩いていった。
「ほら!さっきの続きするぞ!」
「ヤマトさんだってしたいんじゃないですか…」
「おらよッ!」
「わっ!ちょ、ちょっとまだ構えてないですよ!」
「いつでも気を抜くな!戦いはいつも死と隣り合わせなんだよ!死にたくなかったら一瞬の隙も作るな!」
「………」
ヤマトの真剣な表情に、アーサーは何も口答えできなかった。剣を握り締め、殺気に向き直る。
「おら、いくぞ!」
「はいッ!」
それから数時間、訓練所の外までヤマト達の武器の競り合う音が響いていた。




