戻る日常
「うーん、むにゃむにゃ、おっぱい」
「はいはーい、おっぱいはここですよー」
ふにふに
「うんっ…あんっ」
ん? なんか気持ちい。
「あんっんん」
つか何かエロい声聞こえね?
「なぁあああああ」
「きゃあ!」
俺は手に掴んでいる豊富な弾力のそれをはねのけて起き上がった。
「おいユリ、何しているんだよ」
起き上がって見てみると、俺はまた王宮の部屋で寝ていたらしい。あの病人みたいな服も着ていた。俺のすぐ隣にははだけたメイド服姿のユリが転がっている。そして若干頬を赤らめている。
「ユウがおっぱいって言ってたから揉ませてあげてたんだよ?」
ユリが寝転びながら上目遣いで見てくる。
「ちょっと待て待て待て。俺はお前にフラグ立てた覚えは無い。ノーセンキューだ」
「むー。そしたら、2番目でも良いよ?」
ユリが俺の胸を指先でくるくると回しながらそんな事を言ってきた。ほんとこの子の指の動きはエロイんだよな。俺の身体の敏感な場所をピンポイントで刺激してきやがる。
「そんなセリフに弱いんだよな〜、俺。…はぁ」
「だと思って言ってるんだよ」
この子のエロさにはもう僕ちん参っちゃうよ。
「それよりさ、俺はどうやって帰ってきたの? デュークたちは無事なのか? つかあれから何日経ったんだ?」
俺はあのドラゴンを倒した時の記憶はあった。鮮明に覚えていた。どうやって殺したのかも。
だが、奴を倒した後にふと気が抜けてそこからの記憶はなかった。気付いたらここで寝てた。
「それよりかー。あーあ。私いっぱい看病してあげたのになー。寝ているユウの服を脱がして身体の隅々まで拭いて綺麗にしてあげたのになー。そんなこと言うんだー」
「え?」
身体の隅々…?
「こんなことまでしてあげたのになー。そんなこと言うんだー。仕方ないねー。どうしよっかなーコレ…」
そう言うユリの手には、寝ている俺のあんなとこやこんなとこを、ユリがあんな事やこんな事をしている写真が何枚かあった。
ユリはニヤニヤしながらその写真をヒラヒラさせてくる。
「ちょっと待てゴラァ!何しとんねん!」
思わず関西弁が出てしまった。ラナの影響だろうか。
「へー、逆らうつもりなんだ? 明日の新聞の一面は…『王宮のメイドに無理矢理ご奉仕させる鬼畜英雄!』…で決まりだね!」
「あー、すみませんでした。僕が悪うございました。ほんとすみませんでした僕は芋虫です」
俺はユリに向かって土下座して謝る。そんなことされたら確実に俺の居場所が無くなる。多分どこへ逃げても変態のレッテルを貼られるだろう。
ユリは寝転びながら肘を立て、その手に頭を乗せて俺をニヤニヤと見ている。
なんだこの光景。
「んー。どうしよっかなー?」
ユリのニヤニヤ度がさらに増した。メイドに調子に乗られるってどうなのこれ?主従関係逆転してねこれ?
ちょっと躾をしなきゃダメだなこりゃ。
「あー、んじゃ別にいいや。新聞屋にでも何でも売れば? 俺はもうこの国から消えるな。ばいばい」
俺はツンを発動させてベッドから降りようとした。
「待って!行かないで!」
「おぉう」
だが後ろからユリに抱きつかれて止められてしまう。俺は今ベッドに腰をかけていて、その俺の腰にユリが寝そべって抱きついているような状態だ。
まんまと引っ掛かりやがったなぁ小娘ェ。どっちが上かはっきりさせてやろうじゃないか。
「んー? 聞こえないな〜?」
「意地悪」
「あっそ」
「あああ!待って!ダメ!」
俺を抱きしめる力が強くなる。
「それじゃー、正しく言ってもらおうかな〜?」
俺はニヤニヤしながらユリの顔を覗き込んだ。
「い…行かないでください」
ユリは顔をベッドに埋めながら言ってきた。まじきゃわたん。
だが俺はそんなので満足する奴じゃない。俺のニヤニヤ度がさらに増していく。
「それだけ~? ユリはメイドで俺は何なの?」
「行かないでください…ご…ご…」
「ご?」
くぅうう!くぅうう!
「御主人様ぁああぁ~」
ユリが顔をかなり赤面させてベッドに埋め、足をバタバタさせながら言ってきた。
くぅうううう!いいねぇええ!いいねぇ!さいっこうにいいねぇええ!このなんともいえない征服感!たまらぁあん!くぅうう!
「あっ」
俺はユリの顔を両手で上げて見つめた。
「よくできました」
そして口を近づける。ユリは涙が少しついた目を閉じてそれを受け入れようとする。
「ところがどっこい!」
「きゃあっ」
俺はユリの身体を掴んで横へ投げて、ベッドの上に散らばっているヤバい写真を回収した。
「ふはは、これは没収する!」
確かこの時代のカメラはポラロイドカメラみたいでネガとかデータはなかったはずだ。これを没収すればそれで終わりだ。
「それ私の宝物なのに!」
ユリが俺に近寄ってきて奪い返そうとする。だがそんなことは絶対にさせない。こんな…こんな…こんな素晴らしいオカズを手放してなるものかぁあ!
コンコン
俺達がもみくちゃになっていると、部屋の扉がノックされた。
「ほらユリ、早く行ってこい」
「ふんっ、もう知らないからっ」
ユリもツンを発動して扉を開けにいった。
「よお、よく寝れたか?」
扉から入ってきたのはデュークだった。ユリは扉の前でお上品に待機している。さっきまでの淫乱エロメイドはどこへいった。
「俺はどのくらい寝ていたんだ? 悪いが全くわからない」
「なんだ、まだ聞いてなかったのか。1日だけだぞ。昨日の晩に帰ってきたんだ。他のみんなもこの王宮に泊まっている」
「そうか、みんな無事なんだな。良かった」
「ああ、お前のお陰だ。避難していた人も皆帰ってき始めている。誰一人国民が死ななかったのはお前のお陰だ。俺なんか偉そうな事ばっかり言っていたくせに、何の役にも立たなかった…。すなかった」
真剣な顔をして頭を下げて謝ってきた。
「頭を上げてくれよ。あれは仕方ないって。誰だってああなると思うよ? 魔法も何も使えないんじゃ絶望するしかないしな。だから気にしないでくれ」
「ありがとう。そういや、ヤマトにも似たような事を言われたな」
そう言って頭を上げたデュークの顔には笑顔が戻っていた。
「ヤマトも割りと良い奴だがらな!ちょっと暗い顔してるけど」
「ははは、それはそうだ」
ヤマト乙。
「ところでユウ、お前、あのドラゴンを倒した時の事を覚えているか?」
明るい表情から一転、また真剣な表情を作ってきた。よくコロコロと表情を変えれるものだ。
「いいや、覚えていない。奴の闇に取り込まれてからの記憶が無いんだ」
これは勿論嘘だ。俺が元々持っていたこの魔法、この魔法の本質、新たに開花させたこの力の使い方は、例えデュークだとしても言ってはいけない。それぐらいヤバい力だ。
「そうか、覚えていないなら仕方ないな。あ、そうだ、国王様がお前を呼んでいるんだった」
「国王が?」
なんだろう。報酬か? いや多分国王の娘との結婚の話だ。絶対そうだ。そうに違いない。ぐふふ、姫様か、絶対可愛いだろうな。げへへ。つか姫っているのか?
「何ニヤニヤしているんだ? 早く着替えて行くぞ」
「了解しやした!」
俺はデュークに向かって敬礼して答える。着替えて=きちんとした格好=誰かに会う可能性大=お姫様。完璧な推理じゃないか。我ながら恐れ入る。
俺は1分もかからずに普段着に着替えて防具や武器を装備した。防具や武器も前みたいにこの部屋にまとめて置いてくれていた。俺が投げたクナイはさすがに回収されていなかったが。
「もしかして、もうこの部屋には帰ってこない系?」
「そうだな、急用みたいだったし多分戻ってこれないんじゃないかな」
「了解。デューク、悪いが先に行っててくれないか? 少しだけ時間をくれ」
俺は真剣にデュークにお願いした。
「…わかった。ゆっくり歩いているから、後で追い付いてこい。場所はこの前の会議室だ」
そう言って扉へ向かって行った。ユリが扉を開け、そしてデュークは出ていった。
「ユリ」
「はい、なんでしょう」
ユリが扉を閉めて振り返る。手をお腹の辺りに軽く置き、背筋をピンと張る姿からは清潔さしか感じられない。あのエロティックハッスルフェロモンはどこへいった。
「お世話になりました」
俺は頭を深くさげて感謝した。冗談抜きでユリにはかなり世話になった。
「こちらこそありがとうございました。また、来てくださいね? もちろん色んな意味で」
ユリはそう言ってニコッと微笑んだ。その顔は純真無垢な女の子の笑顔だった。ユリのこんな笑顔は初めて見たので俺は少しドキッとしてしまう。
「また何か食べ物でも持ってくるよ」
「はて、私を餌付けして自分だけの物にするつもりなんですか?」
「違う違う!全然ちがーう!」
「ふふ、わかっています。…では…お気をつけ行ってらっしゃいませ」
ユリは扉を開けた。
「おう、本当にありがとうな」
そう言って俺は手を振り、走ってデューク追いかけて行った。
「ふふ、本当に押しに弱いね。私もまだまだ諦めないわよ」
小さな声で呟く。
「うーっん、さてさて掃除掃除っと!」
そして背伸びをして部屋へ入って行った。
ーーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーー
「お待たせ」
「もう用は済んだのか?」
「ああ、大丈夫だ」
「よし行くぞ」
デュークは先導して進む。またこの前と一緒の軍服に身を纏っていた。これが公務服なのだろうか。歩きながら廊下の窓から外の景色を見ると、空は昨日と同じぐらいに澄み渡っていた。綺麗な景色は変わらぬままだった。
「失礼します」
デュークは会議室の扉をノックし、中の返答を待たずに扉を開けて入る。どんだけ権力強いんだこの人。
「失礼しちゃうよ」
そんなことを言って俺も中へ入ったら、扉の近くに待機している筋肉達磨の兵士にギロリと睨まれた。怖すぎておしっこちびるかと思った。
「ほほ、待っておったぞユウ。まあ座ってくれたまえ。デュークもじゃ」
会議室のバカ長い机の上座には国王ただ1人だけが座っていた。会議室の部屋の壁には2人の兵士が待機している。
俺達は国王のすぐ近くの椅子にデュークと隣り合わせで座った。
「まず邪竜の討伐、本当にご苦労じゃった。ユウ、お主が倒したらしいな。明日の新聞で全世界中の人々が知ることになるだろう」
え、それまずくね。俺の能力が明日の朝刊の折り込みチラシにされるってこと?バーゲンセールじゃん!!
「あの〜恐縮なんですが、俺はどうやって倒したか覚えてないんですよね」
何を書かれるのか遠回しに聞いてみた。
「そのようじゃな。デュークから聞いたがワシもよくわからなかった。安心せい、お主が不利になるような事は一切喋っていないぞ」
ふう、なんとか助かった。この様子じゃ詳しい事は書かれていないはずだ。
「お前は英雄になったんだ。この先、永遠と語り継がれるだろう。誇っていいぞ」
デュークがニヤッと笑って言ってきた。
「え? 英雄!?」
「あの邪竜を倒したのじゃ。そりゃ英雄扱いされるじゃろう」
国王が自慢のアゴヒゲを触りながら言ってきた。
「まあ、災厄と呼ばれていたんだしな…そりゃそうなるか……はは」
確かに凄かった。ドラゴンの王とか言っていたし。奴からすれば俺達を殺すことなんか息をするかのように簡単だった筈だ。遊ばずに始めっから殺しに来ていたら俺達は確実に死んでいただろう。
「お前とヤマトの2人の力があれば確実に勝てると思ったんだけどな。まさか奴が魔除けの魔法を使うとは思いもしなかったな…」
デュークが思い出したようにぽつりと呟く。
「それは確かに誤算だったし、気になる事も増えたが。ま〜、結果オーライで良いんじゃね?」
「ああ、その通りだ。俺たちは生き残ったどころか討ち倒した!あの災厄に俺の代で終止符を打てて、本当に良かった!ありがとうユウ、お前のお陰だ。改めて礼を言おう!」
デュークはニカッと笑って答えてきた。だからその輝くスマイルはやめろボケえ。
「ほほほ。ところでユウ、お主に頼みたいことがあるのじゃ」
丁度話が区切れたところで、国王が俺に頼み事があると言ってきた。
待ってました!きたきた、さあ、お姫様ぷりーず!
「ギーミ島というところに行ってきて欲しいのじゃ」
「はいもちろん!て、あれ?」
「ほほっ、良い返事が聞けて良かった。ではさっそく向かって欲しいのじゃが、大丈夫かの?」
え?え?ギーミ糖?なにそれ甘いの?ぺろぺろ?
「え? お姫様は?」
「お姫様? 何言ってんだお前?」
デュークが怪訝な顔で言ってきた。そりゃそうか。
「いやー。国王様がいるならお姫様とかいるのかなぁーなんて思っちゃいましてー。てへ」
「全く関係ない話だよなそれ。そういやお前、この国に来たばっかりで知らないんだな」
「何をだ?」
「この国の国王というのはな、国民の選挙で決まるんだ。そしてその国王が死んだ時にまた選挙で決めるんだ。途中で国王を辞めさせれることもできるぞ。だから国王の子供が次の国王になるなんて無いんだ。お前が言う姫様はいないぞ。他国を探せば、そういう国はないこともないがな」
デュークはこんなことを言ってきた。ショックデカいぜ。
「そうなのじゃよ。ワシにも娘はいるがもう結婚して子供もおるわい。ほほっ」
くそう。一目でいいからお姫様というのを見てみたかった。
「で、ユウ、そのギーミ島へ行ってくれるのだな? 報酬もたんとあるぞ」
うーん、国王に頼まれたら断りづらいや。行くしかないか。
「別にいいですけど、俺1人ですか?」
「いいや、もう1人ぐらい連れていくがいい。お主の好きな人を選んで良いぞ。誰もいないのならワシが用意するが…」
一緒に行く奴なんて決まっている。今まで散々一緒にクエストに行ったんだ。それに会って話をしたかったし丁度良い。
「いや、もう一緒に行く人は決まっています」
「あいわかった。では詳しく説明するぞ…」
そして国王はギーミ島に行く理由と依頼内容を教えてくれた。
ある人がギーミ島という島を調査した結果、人体実験がされている施設があったとか。それを調査した人間も何人か帰ってきていないとか。もしそれが本当ならその施設を解体して捕まっている人を解放してくれとか。
今日中に港まで行って船に乗ってくれとか。船はもう用意してあるとか。島の住民にはもう行くことが伝えていて島に着いたら迎えてくれるとか。
そんな感じだった。
正直な感想だが、まじでわけがわからなかった。別に俺じゃなくてよくね。とも思ったが今更断りづらい。というか断れない。
「…で、こんな感じでいいかの?」
「はい、大丈夫です。それじゃ今日中にそのオール港という港へ向かったらいいのですね?」
「そうじゃ。よろしく頼む」
「気をつけて行ってこいよ」
デュークが俺の肩をポンッと叩いて言ってくれた。
「えっと…申し訳ないのですけど、ギルドまで送って貰ってもいいですか? 俺、ここまでの道のりはわからなくて…」
「よし出そう。これ、誰かユウをギルド・フェニックスまで送って行ってやってくれんか?」
国王が壁に待機していた兵士に向かって言った。
「は!かしこまりました」
兵士はすぐ俺のところへ来てくれた。
「行ってきます」
俺は2人に向かって頭を下げてそう言い、そして兵士についていった。
「頼んだぞ」
「死ぬなよ~」
2人の声を背に受けながら扉から出ていった。
「おい」
「お、ヤマトじゃねえか。おはよ。何してんだ?」
扉から出たらヤマトに声をかけられた。壁にもたれて腕を組む姿はドラマの主人公みたいだった。薙刀は部屋に置いてきたのか、今は手ぶらだった。だが相変わらず忍者みたいな空手家みたいな格好をしている。
兵士は俺達から少し離れて待機してくれた。
「お前がこの部屋へ入っていくのが見えたからな。気になったんだ」
「お前、俺の事好きなの?」
「……………」
え?なにこの沈黙。まさかの肯定っすか?いやいや冗談だろ?うん、冗談だ。ヤマトの俺を見る目は哀れみの目だ。
「そんな目で見ないでください…」
「お前が悪いんだろ。で、どこか行くのか?」
「ああ、何か国王に頼まれてな、ギーミ島とかって島に行ってくる」
「ギーミ島? 何でそんな島へ行くんだ?」
「うーん、人体実験がどうのこうのでとりあえず調べてこいって。別に俺じゃなくても良さそうなのにな」
「…………」
ヤマトはまた黙ってしまった。でも今度は考え事をしているみたいだ。
「ヤマトはこれからどうするんだ?」
「んあ? 俺か? そうだな、もうしばらくはこの国にいるよ」
「え? ヤマトってこの国の人間じゃねえの?」
「そうだけど、デュークから聞いてないのか?」
おいデューク!俺に隠し事しすぎだろ!もう嫌いになっちゃうんだからね!ぷんすか!
「その様子じゃ聞いていないみたいだな。俺は世界を旅して武者修行しているんだ。この国に来たのも偶然だ。丁度武闘会というのが開催される直前ぐらいだったかな」
世界を旅して修行とか格好良すぎだろ。どこの勇者だよ。
「へー。じゃあ俺達が武闘会で対戦したのも偶然の偶然なんだな」
「ああ、そうなるな。…と、兵士さんを待たせては悪い。話はまたお前が帰ってきてからにしよう。お前の家系とか色々と聞きたい事があるし。その時にまた手合わせでもしようぜ?」
そっと手を差し出してヤマトは言ってきた。
「俺も薙刀と戦うのは面白いかったからな。別にいいけど、真剣は無しね? 木刀とかだったらいいよ」
その差し出された手を握り返す。
「俺はなんでもいい。ただ…気をつけろよ。その依頼は怪しすぎる」
真剣な表情を作って言ってきた。イケメンすぎ濡れた。
「俺からすればその長すぎる髪の毛の方が怪しいけどな」
「うるせえ、切る暇がねえんだ」
「嘘つけこら」
ヤマトは黒髪ロングでどこぞのヴィジュアルバンドのボーカルみたいだ。
「お前だって中途半端な長さだろおら」
ヤマトは手をふりほどいて俺の髪の毛を掴んできた。
「いてえ、何すんだよこら」
俺もヤマトの長すぎる前髪を掴んでびよんびよん引っ張る。
「おい引っ張るんじゃねえよ。ハゲになるだろおら」
そんなことを言いながら俺の髪の毛をぐっと引っ張る。結構力が強くなってきた。
「誰だって最終ハゲるんだよ。今すぐハゲにしてやろかこら」
俺も負けじと両手で髪の毛を引っ張る。
「お前から先にハゲにしてやるよおら」
「んだとこら俺は三つ編みにしてやんぞこら」
そして俺は素早い手つきでヤマトの前髪を三つ編みにしていく。
「やめろおら!」
俺の髪の毛が思いっきり引っ張られた。
「ぎゃあいたいいたい!しねえ!」
俺もヤマトの髪の毛を思いっきり引っ張った。
「ぬぁ!何しやがる!ブチっつっただろ!」
周りから見れば女の子同士の喧嘩みたいだった。
「う゛ぅん。君たち、そろそろいいかな…」
あまりにも醜い喧嘩だったのか、兵士さんが気まずそうに言ってきた。
「あ、ごめんなさい。この暗い顔の犯罪者みたいな奴に乗せられました。すいません」
俺はヤマトの髪の毛から手を離して頭を下げて平謝りした。
「罪を犯しそうな奴に言われたくないな」
「んだとお?」
「う゛ぅん!」
兵士らまた咳払いが飛ぶ。
「はい、ごめんなさい」
「それではユウさん、行きましょう」
「おいヤマト、俺が帰ってくるまで誰にも負けんじゃねえぞ。俺がその髪の毛をちょん切ってやる」
「ふん、さっさと行け。そして1日で帰ってこい。そんな偉そうな事を言えるならできる筈だ」
俺にドヤ顔を見せて言ってきた。1日では帰ってくるのは無理だ。だが言い返したところでまた何か言い返される。
「ぐぬぬ」
「ほら、行きますよ!」
「わっ、ちょ、ちょ、わっ」
俺がヤマトに向かって闘志をごうごうと燃やしていたら兵士に腕を掴まれてズルズル引きずられて行った。
「…相変わらず面白い奴だな。さて俺もあいつが帰ってくるまで少し修行でもするか」
ヤマトも自分の部屋へと戻っていった。
ーーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーー
「着きました。どうぞ」
俺は馬車でギルドの前まで送ってもらった。
「ありがとう」
「それでは。失礼致します」
兵士は馬車を運転して回れ右して王宮へと帰って行った。
「う~っん!ひっさしぶりだなぁ~」
俺は久しぶりの町の空気を背伸びして味わう。そして目の前のバカでかいギルドへ見向く。昼間っからバカ騒ぎしているのが外からでも聞こえる。
何日ぶりだろう。つかどんな感じで入って行ったらいいんだ。ちょい気まずくね。皆俺の事どう思ってるんだろう。まぁいいや。入っちゃえ。
「えい」
ギルドの入り口の扉を思いっきり開いて中へ入って行った。
「ただいまんまんマンモスすもものぴーのすけぇえええええ!」
そして大声でこう叫んでやった。ギルドは静まり返る。ギルドのみんなは目を点にして俺を見ている。ある人は椅子から転げ落ちていたり、食べ物を口からボタボタと零していた。
「よお、よお、みんな何固まってんだよウンコでもちびったのかあ?」
そう言いながらズカズカとギルドへ入っていく。みんなは相変わらず目を点にしたままだ。まるで幽霊でも見ているみたいに口をパクパクさせている。
なんか、誰も話しかけてくれないから寂しくなってきた。
「なんだよ…。ここでトイレするぞ?」
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
「ぴえっ」
ズボンを下ろそうとしたその時、みんなから溢れんばかりの雄叫びが聞こえてきた。そして一斉に俺めがけて走ってくる。
「お前今までどこいってやがった!ボケぇ!」
「ぐえっ」
背中を蹴り飛ばされた。
「心配させやがってくそが!」
「ぼふぅ」
蹴り飛ばされた先の人に腹を殴られてまた飛ばされる。
「お前なんて…お前なんてぇえええ!」
「ぎゃぼん」
また蹴り飛ばされた。
「げぼっ」
「がはっ」
ワアアアアアアアアアアアアアアアアア
人間サンドバッグキャッチボールは10分ぐらい続いた。顔面は誰1人として攻撃してこなかったが、俺の身体中はアザだらけでパンパンに腫れ上がっていた。
「……ぐ……ぁ……」
そして俺は今地面に倒れている。痛くて起き上がれない。
「こらあー!!何してるの!どいてどいて!」
俺の耳にリリィの甘い声が聞こえてきた。その麗しの声でなんとか意識を保つ事ができた。
「ユウ大丈夫!?」
リリィが俺の顔を両手で優しく持ち上げて覗き込んできた。その目には若干涙が溜まっていた。
ああ…。可愛い。癒される。俺の帰る場所はここだったのか……。
「ほんとに……ほんとに……心配したんだからね!バカァ!」
「ぐへえ!」
俺はリリィに顔面を思いっきりビンタされてゴロゴロと転がっていく。
こんなのは不意打ちだチクショウ!
「よく、帰ってきましたね」
背中の方からナミさんの綺麗な声が聞こえてきた。俺はゴロンと反転して振り替える。
「こんなにみんなに痛め付けられて…大丈夫?」
ナミさんは俺の頭を撫でながら優しい声で言ってくれた。
おお……愛しのマイエンジェル……。ここが俺の本当の帰る場所だったか……。
「だけど…心配させすぎだよ? よいしょっと」
「うわっ、…へ?」
ナミさんは俺の身体を起き上がらせて、俺のおでこの前でデコピンの構えを作った。
「えい!」
バッッッコーーーーンッ
「ぎゃああああああばばばばばばばばあああ!」
ナミさんのデコピンは究極の兵器だった。おでこに激しい衝撃がきたと思ったら俺の視界からナミさんは消えた。そう、俺は、趣味ふっ飛ばされるを発動したんだ。
「ぁ………が……し………ぬ…」
椅子や机をなぎ倒しながら俺は吹っ飛んで行った。もう背中が傷だらけです。
「ああああ!帰ってきたぁあああ!アリン、アリン!早く早く!早く来て!ユウさんが帰って来たよ!!」
「えっ!? 嘘!?」
「お兄ちゃんだあああ!」
休憩所の奥の方からキョウ、アリン、ユミンの声が聞こえてきた。そして俺に向かって走って来る足音も聞こえてきた。
ちょっと待て、アイツらがなんでここにいてるんだ?つか痛ぇしぬ。
「帰ってきたよ!やっと帰ってきたよ!アリンがどんだけ心配したと思ってんの!この女たらしいいいい!」
「ぎぁあああああ」
キョウに俺のお腹をボコボコ殴られまくる。
「あはは!お兄ちゃんだ!お兄ちゃんだ!あはは!あはは!」
「ぎぁあああああ」
ユミンは俺の身体の上に乗ってぴょんぴょんと飛んでいる。
はっきり言って地獄だった。はっきり言わなくても地獄だった。だが心のどこかで、女の子に痛め付けられるという行動に興奮している俺がいた。びくんびくん。
「キョウちゃんダメ!ユミンも!こら!」
アリンが走ってきて2人の攻撃を止めてくれた。ああ……やはり俺のエンジェルはただ1人……このアリンだけだ。
「えー、アリンもやらないの?」
「アリンお姉ちゃん面白いよ?」
てめえら俺はおもちゃじゃねえんだぞ!
痛みで声が出せないので心の中で反抗する。
「ダメなものはダメ!ほらユミン!」
アリンが俺の上に乗っているユミンを抱っこしてどかしてくれた。
「あーん、もう少し遊びたかったぁ」
「…………」
「ん? アリンお姉ちゃん? どうしたの?」
アリンはユミンを下ろして黙り込んしまった。ユミンは心配そうに見つめる。
「……うっ……ぅっ……………心配したんですよ?…ずるっ」
そして急に泣き出して涙目で俺を見てきた。
あまりにも可愛すぎて抱き締めたい衝動にかられるが、身体が痛すぎて起き上がれなかった。
「あー、また泣かせたこの野郎!アホユウ!」
「いたいっ」
キョウにスパンッと頭を叩かれる。
「あほゆう!」
「ぶっ」
ユミンに俺の急所を蹴られた。ここにきて痛いのか気持ち良いのかどっちかわからなくなってきた。
「やっと帰ってきましたね。アリンちゃん、大丈夫ですか?」
「はい…ぐずっ…」
何かに目覚めかけているとどこからかクリスがやってきてアリンを慰めた。いや、普通俺の無事を確認しね?ちょっと俺の扱い酷くね?もうすぐ何か出ちゃうよ?
「ユウ、私は暴力はふるいません」
クリスはしゃがんで俺の顔を覗き込む。今日は薄めの化粧だった。
「ですが忘れてはいないですよね? ………ご飯」
「ひっ」
クリスがニヤリと笑った。もう悪魔にしか見えなかった。暴力よりも怖かった。
だから俺は気を失ったフリをしてやりすごそうとした。バタンと力なく倒れて気を失ったフリをする。
「あ、気を失った」
「クリスさん怖すぎですって~」
「いいぞー!クリス!よくやった!」
「ひゅーひゅー」
「ははは!やっぱ面白え!」
「今日は酒だ酒だ!飲むぞ!」
「わけえなぁ、ゲラゲラ」
みんなはやってやったぞみたいな雰囲気を出して満足そうだった。よし、作成成功だ。ぐふふ、我ながらこの演技力に恐れ入る。
「ふふふ、みんなやりすぎよ?」
自分の演技力の余韻に浸っているとナミさんが近づいてきた。
「ね? ユウ?」
ナミさんのこの一言でみんなは再び俺に注目して静まり返る。
…え? バレてる?
「ええ。もちろん」
…え? 心読まれてる?
「ええ。もちろん」
1+1+1=?
「うーん、3かな?」
ナミさん綺麗すぎぱねぇ
「あら、ありがとう」
こりゃマジで心読まれているな。なんでだろ。
「なんでだろうね、ふふ」
……どうしよう
「どうしよっかなぁ?」
ナミさんほんと綺麗です!だから助けてください!
「それって、だからで繋がる?」
やべえ…、ナミさん怖ぇ。
「あら、そんなこと言うんだ」
…俺終了?
「んー、それはユウ次第だね!」
ふむ…なるほどな………
「いやだあぁあああああああ」
俺は残った力を振り絞って起き上がってギルドの入り口向かって走っていった。
「あ!お兄ちゃん逃げたよ!」
「おい逃げ出したぞ!」
「捕まえろ!」
みんなが俺を捕まえようと動き出すが、もう俺は入り口まで走って来ていた。
「誰が捕まるかばぁか」
「きゃっ」
「いって」
後ろを向いてみんなを挑発して走っていたら誰かにぶつかってしまった。
「いたた…誰だ一体走っ………」
「悪い!ごめ…………」
振り返って見ると、そこには買い物袋を腕に抱えたレイラがいた。
「あ……レイラだ」
「こりゃヤバい……」
皆は休憩所の奥の方へ避難する。
「レイラ!」
やっと、やっと会えた!!俺は、お前に…
「あ!レイラ待ってくれ!」
俺の顔を見たレイラは、ビックリしたような表情になり、買い物袋を地面に落として走って出て行ってしまった。
「おい待てよッ!」
俺もギルドを飛び出してレイラを追いかけて行った。不思議とさっきみんなにくらった痛みはあまり感じれなかった。
今はただレイラの事で頭がいっぱいでその後を追いかけて行った。
ーーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーー
レイラは全速力で走っていた。気が付けば港の方へと来てしまっていたようだ。
「はぁ…はぁ…」
港は船が何隻もとまっていて市場が盛んな場所だ。魚だけでなく、色んな野菜や果物まで並んでいる。
人気の無いところへ行き、釣りをするような防波堤のところで座った。
「はぁ…どうしたんだというんだ…私は…」
ユウが帰って来ているとは知らなかった。
ユウがドラゴンの討伐に向かってから一切情報が届いていなかった。もしかしたら…と思っていた。
このままもう会えないのではないのかと。
毎日胸が張り裂ける思いだった。
だけど、いつ帰ってきても笑顔で迎えてあげようとも思っていた。
思っていたのに…
何故このタイミングなんだ!急すぎだ!
もう嬉しいのやら恥ずかしいのやらわけがわからなくなって耐えれなかった。
だから今私はこうしてここまで逃げてきたのだが…。
「ううう……これでは…まともに顔も見れないではないか」
三角座りで膝に顔を埋める。
ユウは私に何か言いたそうだった。
というかあの場面で逃げてしまっては、余計に合わせる顔がないじゃないか。
「うう…どうしよう…」
そもそもなぜ連絡の一つも寄越さないのだ。こっちだって心の準備というものがあるのだ。
でも…
「良かった…生きてたよ…」
本当に良かった。本当に。
ユウの口から本音を聞けないまま死んでしまっていたら私は一生悔いただろう。
少しでも、ほんの少しでもいい、ユウの心を私が支えてやることができるようになろう。
そう誓ったんだ。
ふっ、恋か…。
私は人を好きになるなんて今まで無かったからな。これが恋なんて分かりもしなかった。
今思い返しても、初めて会った時からユウの事を気にしていた。
なんであんなバカな奴を好きになったのか今でもわからないが。
だがもうどうしようもない。ユウの日記を見た時からこの気持ちが止まらないんだ。
「…いつまでも逃げていてはダメだな」
膝から顔を上げて立ち上がろうとした。
「レイラァアアアア!」
「わひゃあ!って、わわわ!」
急に後ろからユウの声が聞こえてきだ。それにビックリしてバランスを崩し海に落ちかける。
「アクセル!」
もう完全に落ちたと思ったその時、ユウの一際大きな声が耳に届いた。
「ふぅあぶねえ。ギリギリセーフ」
ギリギリのところでユウに引っ張られて海には落ちなかった。
今はユウと向き合うような形で見つめ合っている。心臓の音がどんどん早くなっていく。
「ありがとう…」
礼を言うと、ユウはニコッと笑って頭を撫でてきた。恥ずかしくて余計に心臓が早くなる。
「レイラ。心配ばっかりかけて本当に済まなかった」
ユウが私の肩に手を置いて言う。その真剣な表情を見ると、とめどなく気持ちが溢れ、涙が頬を伝った。言葉が出ず、頷く事で返事を返した。
ユウは曇りのない透き通るような眼で真っ直ぐ見つめ、深呼吸して口を開いた。
「最初に言う。俺はレイラの事が好きだ。本当に大切な人だと思っている」
ユウからそう言われ、最初は何を言っているのか分からなかった。言葉の意味が理解できた時、何故だか涙が止まらなくなった。
「ここ数日、ずっとレイラの事ばかり考えていた。この世界に来てから俺はずっと一人ぼっちで、凄く心細かったんだ。知っている人も誰一人いなくて、常識も違くて、魔法なんて全然分かんなくて。でもここで生きていくにはその常識を受け入れるしかなくて精一杯だったんだ。でもこの前レイラが俺を連れ出してくれた時、俺の事をちゃんと見てくれている人がいるって分かったんだよ」
「あ……当たり前だ……」
やっと出た言葉がこれだった。ユウが違う世界から来た人間だと分かっても、変な目で見た事なんて一度たりとも無かった。
「そっからずっとレイラの事が頭から離れなくてな。いつの間にか好きになっちまってたよ、はは」
「バカ…」
「俺、レイラの事もっと知りたい。これからも仲良くしてくれないか? 返事は後でもいい」
そんな事…。私だって、ユウの事を知りたい。支えてあげたい。
「私も───」
「おいお前!レイラから離れろ!」
「べふあっ!」
「ユウ!! え…。リ、リオン!?」
ユウに返事を伝えようとした時、どこかから現れたリオンがユウを蹴り飛ばした。
飛ばされたユウはもうすぐで海に落ちるところだった。リオンは私を守るように、ユウと私の間に入った。
「リオン!一体何をしているんだ!」
「安心しろレイラ。こんな得体の知れない奴から俺が守ってやる」
「いや、別に───」
「ふははははははははは」
別にそんな必要は無いと言いかけたその時、ユウの笑う声が聞こえてきた。
ーーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーー
「ふははははは」
俺はとりあえず笑いながら立ち上がった。何かもう物凄いタイミングで蹴り飛ばされたから逆に笑えてきた。
まだレイラの返事ちゃんと聞けてないじゃんクソが!つか後ろ海!あと30cmぐらいで落ちてたぞ!びちょびちょだったぞ!
俺は防波堤の先っちょのところに立っていた。対するリオンとの距離は10mぐらいだ。まさに背水の陣って感じだ。
「頭でも狂ったのか?」
リオンが害虫でも見るような顔で言ってきた。
「腐れ鼻毛むしりまくり野郎」
「だ、黙れ!お前のその戯れ言ももぅ懲り懲りだ!」
鼻毛という単語を聞いてリオンは顔を真っ赤にする。そして剣を抜いて両手で持った。今のリオンは剣だけの装備だ。防具やマントの類いは一切装備していない。
「おいリオン!なんで戦うんだ!意味ないだろ!」
レイラの声が飛ぶ
「泣いていただろ!この得体の知れない奴に何かされたんだろ!」
「違う!何もされていない!」
「うるさいぞ!」
リオンはレイラに怒鳴って構えた。左足を前に出し、手元を顔の横へ持ってきて剣先を俺へと向けた。その剣先の横から覗く目は本気だった。
「お姫様を守るヒーローってか? それにさ〜あの大会でお前、俺が勝った奴に負けてるんだよ? あんだけ大口叩いてたのに俺に当たる前に負けているんだよ? マジうけるんですけど~ぎゃははは…」
ビュンッ
「いって…」
ギャルの真似をして挑発するとリオンが剣先から氷の弾丸を飛ばしてきた。それは俺の腕に掠り、血が滲み出す。
どうやらリオンはマジのマジらしい。今のリオンからすればあの武闘会の決め事なんて関係ないんだろう。そんなにレイラが好きか。
「おいリオン!」
「うるさいって言っただろ!黙ってろッ!」
「うっ」
リオンがレイラに向かって叫ぶ。本気で怒鳴られたレイラはビックリしてしまい、リオンから少し後退ってしまった。
「ふー。おいリオン」
「なんだ? 早くお前も剣を抜け」
「いや、俺はお前とは戦わない」
「なんだと!」
「それに色々と間違ってんよ…」
俺はそう言いながらリオンへ近づいていった。もちろん手ぶらで。魔法など発動する気もない。
リオンに近づくにつれて冷や汗が流れ出る。
武器を持った奴に手ぶらで近づいていく事がこれほど怖いとは思わなかった。
だけど今の俺にはレイラの事しか頭に無かった。それが怖さをある程度麻痺させてくれたことにより、俺は足を一歩一歩動かせることができた。
「斬っていいんだな?」
リオンとの距離はもう1m程だ。確実に斬られる間合いだ。怖くて足が震えてくる。だが我慢だ。
「あんさ、こんなところで斬り合いなんかしたら本当に死んじゃうよ? コロッセウムじゃないんだしさ」
「逃げるのか?」
「そんな問題じゃねえだろ? 生きるっていうのはな、本当に大事なんだよ。わかんねえのか?」
「わからないな。命をかけてこそ光るものがある」
「はぁ…。無理だ。お前とは一生わかり合えないや。それにさ…」
レイラへ目を向ける。俺は震える足を踏み出してリオンの横を通り過ぎ、レイラの前まで歩いて行った。
「ユウ……?」
「おい!本当に斬るぞ!」
リオンの怒声が飛ぶ。怖すぎておしっこちびりそう。
そして俺はレイラを抱きしめた。
リオンは目を見開き、血走った目でそれを見る。
「……ユウ?」
「よしよし、怖かったな。もう大丈夫だ」
レイラは震えていた。友達のリオンと俺が決闘するのなかんか本当に見ていられなかったはずだ。それに守られているはずのリオンからの罵声。
「よしよし、よしよし」
「おいお前!今すぐ離れるんだ!その汚い身体でレイラに触るな!」
「う……ぅっ……」
「お前いつからそんな泣き虫になったんだ?」
「……だって……ユウが…」
「おい!話を聞いてるのか!」
「ははは、俺の俺の所為かよ。よしよし」
リオンの怒声を背に浴びながらもそれを無視してレイラを抱き締めて頭を撫でる。レイラの震えはもうだいぶ収まっていた。でも俺はリオンに背を向け、完全に無防備だから相変わらず震えている。
「うぅ…っ…優しくするなばか」
「じゃあどうしたらいいんだよ?」
「…もっと抱き締めろ」
「はいはい。よしよし」
俺は抱き締める力を強くしてレイラの頭を撫で続ける。
「おい!レイラも!一体何考えているんだ!」
「子供扱いするな」
「よしよし、よしよし」
レイラもリオンの言葉なんか無視して俺の胸に顔を埋めてくる。
「震えてるくせに…」
「だって怖いもん」
「弱いくせに」
「だって弱いもん。今でもおしっこちびりそうだもん」
「ばか」
レイラも俺をぎゅっと抱き締め返してきた。
怒ったらかなり怖いが、レイラは小さな女の子だった。だけどとても温かかった。心が溶かされ、感情が溢れ出る。俺の中でレイラはとても大きな存在となっていった。
「くそ!離れないのなら斬ってやる!」
俺に狙いを定める足音が聞こえてきた。俺は堪らなく怖くなって自然とレイラを抱き締める力が強くなってしまった。
「リオン!」
突然レイラが叫んだ。
リオンはその場に固まってしまう。
「ユウを傷つけたら私は一生許さないからな!」
「な!何を言っているんだ!コイツは貴族でも無く、何処の出かも分からない奴で、時間の魔法なんてモノを使う異常者だそ!!」
やっぱりこの世界では時間の魔法なんて受け入れる常識は持ち合わせていなかったか。
「違う!ユウはそんな奴じゃない!」
レイラが声を張り上げ、俺の横へと並んだ。
「何が違うというんだ!!」
「ユウは私達と同じ人間だ!貴族だの平民だの、そんな事気にしているのはリオンだけだ!!ユウがどんな魔法を使おうと、どこから来たのであろうと、私が知っているユウはとても優しくて、とても強い人間だ!誰にも言えない苦しみも全て飲み込んで必死に耐えているんだぞ!今もだ!この世界に居場所が無くてな!誰にも心を開けない気持ちがお前に分かるのか!」
レイラ…お前。
「一体何の話をしているんだ…?」
「お前は……誰もいないところへいきなり放り出されたとしても耐えれるのかと聞いている。生活も何もかも変わって自分の積み上げてきたものが一瞬にして無くなるんだぞ!」
レイラ…。レイラ…。
「何だと…?」
「私には絶対に耐えられないな!だけどユウは頑張っているんだぞ!諦めた時もあったけど必死に頑張っているんだぞ!耐えて耐えて…心がボロボロになっても耐えて……ユウは…ユウはっ!……ううぅ」
レイラは涙を目に溜めながら必死に言ってくれた。
「う…」
ついにリオンは黙ってしまった。そして剣を力なく下ろしてしまう。
「もういいぞ、レイラ。ありがとう。今のレイラの言葉で俺は本当に救われた。レイラと出会えて本当に良かったよ」
俺はレイラを引き寄せ頭を撫でた。そしてリオンに向き直る。
「リオン、残念だけど、お前にはレイラは守れねえ」
「う…」
「それでも斬りたいと思うのであれば、斬るなら斬るで好きにしてくれ」
「……………」
「もういいか?」
「…ああ。……邪魔して悪かった。……じゃあなッ!」
「あ…」
リオンは走り去っていった。
「あ…私…」
「大丈夫だ。男にはちょっと言いすぎたぐらいが丁度良いんだ。心配しなくともリオンから謝ってくるよ。できた人間ならな。レイラから見て悪い人間ではないんだろ?」
「それはそうだが…」
「なら心配するな。あ、そうだレイラ、今から一緒にクエストに行ってくれねえか?」
とりあえず話を逸らそうと俺は国王からの依頼について話そうとした。
「依頼? どういう依頼なんだ?」
お、乗ってきた乗ってきた。
「国王直々に頼まれた依頼なんだがな……」
俺は少し時間をかけてレイラに依頼の内容を説明した。俺の説明を聞くレイラの反応を見る限り、結構興味を持ってくれてそうだった。
「…てなわけで、オール港に連れって下さい。僕ちん分かりません」
「ユウ、その心配はいらないぞ。オール港はここだ」
「え? まじで? やるじゃんレイラ」
「偶然だろう。あ、ユウ、何か写真落ちているぞ」
さっきのリオンに蹴り飛ばされた時に俺の持っていた写真が何枚か落ちたようだった。レイラはそれを拾う。
「さんきゅうッ!……て…」
ヤぁああバい!ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいいいい!
その写真はあれだあああ!俺のあんなとこやこんなとこがユリにあんな事やこんな事をされている写真じゃないかああああ!
「………………………」
レイラは無表情で淡々と1枚1枚見ている。
冷や汗の流れ出る量が尋常じゃなかった。前はレイラで後ろは海。もはや逃げ場なし。よし、海に飛び込もう。俺は海人だ。
俺は海まで走って飛び込もうと回れ右をした。
しかし前に進まない。俺の肩をレイラ様が掴んでいらっしゃる。物凄い力で。
「どこに行くんだ?」
わりと普通の声が聞こえてきたので振り返ってみると…
もうね、ニコニコしてるけどね、なんかね、羊の皮を被った悪魔というかね、その裏側の表情がオーラに出ててね、なんかもう死しか思い浮かばなかった。
「えーとですね、ちょっと身体が火照ってきたから海に入ろうかな〜って。お魚の気分を味わおうかな〜なんて、たはは」
「そうかそうか」
「そーなんすよね、たははは」
「言い残すことは無いか?」
バチッと電撃が走った。写真が燃え、塵と化す。
「ちょっと待て待て!!それは本当に手違いなんだ!!俺が意識の無い時に勝手にやられた事で俺からは本当に何もしていない!!その後も関わりを求められていたが全部断っている!だってレイラが好きだから!!!」
「……………………」
とにかく誤解を解こうと必死で説明した。
「………………」
沈黙が怖い。
「ふう、本当にバカだな…。次、同じ事をしようものなら許さないからな。私が良いと思うまで先の返事は保留にする」
「は〜あ、仕方ないか…」
俺がしょんぼりしているのを見てレイラが嬉しそうな顔をする。
「はは。でも、生きて帰ってきてくれて本当に良かった。もうあんな事は絶対にするなよ?」
あんな事とは自分の命を犠牲にするような行動だろう。
「分かったよ。肝に銘じておく」
「そしたら、その依頼の指定された場所まで向かおうか。久しぶりのユウとのクエストで楽しみだ!」
「ああ、俺も楽しみだ!俺の強くなったところ見てくれよ!」
レイラと一緒にクエストに行ける事がとにかく嬉しかった。地図を見ながら先導するレイラの後を追い、指定された防波堤まで向かって行った。
こうして、俺達のいつもの日常が戻ってきた。




