【 蘇生屋 迷宮に潜る 】
俺の名はギショウ、【 蘇 生 術 】ができる。
地下迷宮の周囲に広がるソコナシという街で、拾った死体を修理した探索者・スカーと共に、『蘇生屋』を生業にしている。
昨夜、胡散臭い男から『貴族令嬢が死んだ証拠を拾ってこい』という、怪しげな依頼を請けた。
「救済者様~♪」
「それ、やめろ」
「買ってきましたカーバイド! 褒めてくださる?」
「晩飯と一緒に買っていたなら、褒められたかもな」
スカーの蘇生は、失敗した。
のべつ幕なし、喋っている。
脳味噌が腐っていたらしい。
ふと。
粗末な机の上に置いた、羊皮紙に目を留めた。
「それは、なんですの~?」
「依頼の人相書き、前金も受け取った」
「このスカーが探してみせますわ~!」
「ああ、是非そうしてくれ」
ベラベラと広げていって。
ピタリ、動きが止まった。
「どうした、探すんだろ?」
「……はい?」
「俺の仕事が早すぎたか?」
「ぁ……はい」
偽名を使っても顔かたちは隠せない。大きくて愛嬌のある瞳、細く整った眉、小さく尖った鼻、どこか不満気な薄い唇。
そして、丁寧に編み込まれた長い髪だけが、真紅のインクで彩色されている。この特徴は髪型を変えても、かなり目立つ筈だ。
今、手を伸ばせば届く位置にある。
トマト色をした散切り頭のように。
「これは、スカーなのか?」
「名は、マドレラ・サンギネア……まぁ。その後に長々と舌を噛みそうな家名が続きますが、それは依頼者が御存知だと思いますわ」
平民は持ち得ない、御貴族様の高貴な雰囲気。
だが、探索者になる以前のスカー、同一人物。
「依頼者?」
「親兄弟が何者かに殺され、ワタクシも命を狙われだして。子供の頃、騎士教育の一環で探索者から剣術指導を受けていましたの。その師範を頼り、ソコナシで身を隠したのですが――」
「つまんねぇ話だな?」
「えっ、えぇえ~?!」
「長すぎ、もう飽きた」
その先は、想像がつく。
新進気鋭の女性探索者。
悪目立ちする鮮やかな容姿。
立て続けに、華々しい成果。
すっかり有名人になって早々に身バレした。
迷宮へ数名の刺客が送り込まれて、相討ち。
左腕の肘から先、右足首を根元から失った。
止血はしたものの……死亡。
その惨状、人生の幕を閉じてから見ている。
つまり、死後『蘇生屋』の俺に発見された。
そして、今この状況だ。
生還後の活動拠点を『依頼者』に掴まれた。
貴族社会でどうなのか、それは詳しくない。
探索者の流儀は、単純。
この依頼は、最後通牒。
先にあるのは。
一 方 的 な 、 宣 戦 布 告 ――――
「仮眠しろ、一刻で出る」
迷宮なら始末しやすいと考えたのか。
『蘇生屋』の仕事は時間との勝負。遺体が食い散らかされた後では、手の打ちようがない。
常に数日潜れる準備を整えて、手持ちが減れば補充し備蓄。依頼があれば日に複数回出向くこともある。
圧倒的に有利な迷宮で、先手を打てる。
「カーバイドはどこだ?」
「うぅん?」
「どこだ?」
「く~ぅ く~っ むにゃ にゃ く~ぅ」
「しまった……出遅れた」
ただ『寝ろ』と言われて眠れる者は少ない。
スカーは、探索者として天賦の才があった。
「コイツが貴族の御令嬢とは、ね」
相手がなにを仕掛けてくるのかは、想像できない。
一足先に出発し、奥底へ進めばいいだろう。
1つしかない、出入口。
魔物は、様々な感覚器官で獲物を探し回る。
気付けば囲まれて、すり潰されるのがオチ。
待ち伏せは考えなくていい。
既に我々が入っているかは、確認する筈だ。
焦って進めば、勝手に自滅。
迷宮という特殊な環境は、常に探索者に味方する。
「うぅ~ん、もぉ、食べられないりょお」
「夢見心地がすぎるだろ」
「ハッ! ……グッスリ熟睡しましたわ」
「予定より大分早いが、出発できるか?」
「ええ、よろしくってよ」
・
地面を掘った隠し通路を通り、別の小屋の裏口から出る。
この稼業、逆恨みされることが多い。
開業には、逃走ルートが必要になる。
この地下通路は、そのうちの1本だ。
繊月に照らされる濡れた石畳、冷えた土壁の並ぶ裏路地は生物が希薄で、捉えられるのは耳鳴りのような音だけ。静まり返っている。
「追手の気配は無い」
「同感ですわね」
足早に移動し、迷宮入口の検問へ到着。
居眠りをしていた守衛に、声をかけた。
「ここ一刻で入った奴ですかい? いませんね」
「どうだか。寝てただろ」
「御冗談を。緊張せずに素通りできる奴なんざぁいやしませんし、知ってのとおり出入口は一緒、この一箇所なんですぜ?」
「疑って、悪かった」
「よしてくださいよ」
守衛も元探索者、目溢れは無いだろう。
通行証を提示して、支払いを済ませる。
「手続きは終わった」
「借金が増えますわ」
「カーバイドは入れてある。水と火種を貰ってこい」
「水と火種は無料ですわ~♪」
簡単な革鎧のベルトを調整して、荷物を入れた腰の革鞄の中身を再確認。カーバイドランプを左胸に固定して、外套を羽織り、準備は整った。
円匙を担いで振り返ると、「またそのスコップですの?」と苦笑しながらショートソードを木鞘へ収めた。
スカーのカッツバルゲルは刀身が巾広で肉厚だが、3本の血溝で幾分か軽く仕上がっているらしい。短い刃渡りは、探索者に師事した影響か。
「行くぞ、スカー」
「お任せください」
2度、深呼吸。
迷宮へ入った。
・
動きが遅く、危険度の低い魔物を間引きながら進む。
前衛の負担を軽減するため、無力化して切り上げる。
目的地への到達を最優先する、『蘇生屋』の攻略法。
「ギショウ様」
「かしこまって、どうした?」
「何故、厄介者を助けてくださるのかしら?」
「本音を言えば、腕の立つ探索者は短期で雇うのが難しい。突発的に発生する蘇生依頼で、前衛を帯同できる今の状態は理想的だ。スカーこそ、どうなんだ?」
「追手から逃れるため、とはいえ。迷宮に長逗留していては、命がいくつあっても足りませんの。表向きは借金返済と偽装できますし、助かっていますわ」
こちらは、必要な戦力を常時温存。
スカーは、隠れ蓑にしていたのか。
問題は、『修理屋』か。
借りを作りたくはない相手だ。
支払いは、完済しておきたい。
「もしも無事に戻れたら、だが」
「はい?」
「借金は、身体で支払ってくれ」
「え?!」
「蘇生屋稼業は、汚れ仕事。無理強いはしないが」
「あ、あぁそゆこと? えぇ、よろしくってよ!」
それにしても、貴族令嬢マドレラ・サンギネア。
実家には膨大な財産があると想像できる。
それを欲しがる人間がいる、というのも。
手持ちが無いと言い出した時は仰天したが、金の使い方を知らずに育った。そう考えれば、数々のおかしな行動や言動も納得できる。
「死体が欲しいと言うから、どんな変態だよと思ったが。スカーを殺すことで転がり込む地位や名誉、財産。そういったものを狙っているので、死んだ証拠が必要というわけだ。随分、口下手な男だな」
「はぁ――――ぁああ あ」
スカーは盛大な溜息を吐き出した。
「そのままギショウ様へお返しいたしますわ」
「どうせ返済するなら、修理費にしてくれよ」




