【 地下迷宮 第三階層 】
俺の名はギショウ、【 蘇 生 術 】ができる。
地下迷宮の周囲に広がるソコナシという街で、拾った死体を修理した探索者・スカーと共に、『蘇生屋』を生業にしている。
昨夜、胡散臭い男から『貴族令嬢が死んだ証拠を拾ってこい』という、怪しげな依頼を請けた。
その人相書きはマドレラ・サンギネア。正体不明の相手に家族を殺され、自身も命を狙われて、探索者に身をやつしてダンジョン街に身を隠す以前の相棒、スカーの姿だった。
慎重に第二階層を踏破。
第三階層へ降り立った。
「いよいよ、第三階層か」
ここから先は、桁違いに魔物の襲撃が増える。
加えて今回は、刺客に襲われる可能性も高い。
スカーが「そういえば」と前置きして、話しはじめた。
「ギショウ様は、どこまで降りたことがおありですか?」
「荷物運びとして、二十七層」
「第二十七階層?! ……八年前の、非公式記録ですわ」
「御得意様のお供で、『修理屋』と開業資金稼ぎに、な」
「縫合術の、『修理屋』様も」
通称『 大 遠 征 』
厳密には、依頼ではない。
生還率の低下に悩んだギルドが編成し、マッピングが主目的の、半ば公共事業。上級探索者は半強制、中級以下は推薦が必要、目標は三十階層だった。
戦闘職の精鋭を中心に、サポート要員も数多く採用され、【蘇生術】が使えた俺と【縫合術】の『修理屋』は、得意先の口利きもあり15才で同行を許された。
魔物は行動不能にするだけ、高値のつく素材を放置したまま進む、異例の行軍。犠牲者も少なくなかったが、補助職の地位が向上する契機になった。
遠征は、信頼できる地図や、補助職の重要性。
当時の探索者に欠けていた認識を突き付けた。
俺自身、多くの知見を得た。
迷宮を往復して十年生きた。
「単独踏破は、十九層だった」
「十九階層ですって~ぇ?!」
「時間的な制約があるからな」
単独踏破は限界がある。
誰も眠気には勝てない。
そうだ、スカ―の武器。
初めて、使い手を見た。
「そのカッツバルゲルは、珍しい」
「そうかしら?」
「何故、それを」
短めに仕上げた、二振りの片手剣。
幅広の近接戦闘用ショートソード。
スカーが普段使うのは、1本だけ。
もう1本は予備と思っていたほど。
「剣術学校で指南役を務めて、様々な武器防具に触れる機会がありましたわ。特にカッツバルゲルが気に入りましてね、特注品でしてよ」
「たしかにスカーに、合っている」
「あら、まぁ、似合ってますか!」
「なんだ? その変な決めポーズ」
教えていたのは、二刀での立ち回りと言っていた。
通常、さらに短く短刀に近いものを使う者が多い。
どちらにせよ、両方逆手で持つのは、変。
「それ、どういう基準で気に入ったんだ?」
「名前。猛々しくて、格好良いでしょう?」
名前。
「心配して、損した」
「心配御無用ですわ」
「元から馬鹿なのか」
「なんですって?!」
無駄に長い剣を持ち込む初心探索者は多い。
狭い空間で動きがとれず、大抵は自滅する。
名前で選び、選択は合っている、稀有な例。
「あー。感受性が強いもんな、スカ―」
「良いふうに言わないでくださる?!」
・
「……妙だな」
「今度は何ですの?!」
「スカ―、静かにしろ」
制止すると、抗議を切り上げ剣に手を伸ばした。
周囲は物音ひとつ聞こえない。
静まり返っている。
「三層が、静かすぎる」
いつもなら、敵影が濃い階層。
ここまで、敵に出くわすこともなく進んできた。
なにか理由がある筈。
「なにか、変だ」
「なにかしら?」
「あの曲がり角」
「角、ですか?」
まだ距離はある、判然としないが。
記憶にあるより、狭くなっている。
「なにか、変だ」
「そうかしら?」
視界を邪魔する赤い前髪を、左手で払いのけた。
遠くの情報を拾おうと目を絞って見つめる横顔。
そして、スカ―がポツリと呟いた。
「バジリスクですわ」
「まだ、三層だぞ?」
「間違いありません」
ゆっくり近付いていく。
蛇に似た巨大な姿、頭には鶏のような赤い冠と肉髭。背中に翼を畳んでいるのが確認できた。暗がりにいるが、まず間違いなくバジリスクだろう。
狭い通路を塞ぐように陣取り、動く様子は無い。
「さすがに素通りとはいかないか」
「そのようですわね」
「刺客が差し向けられたなら、押し付けたいがな」
強力な毒を持つ、厄介な相手。
体全体を使った素早い移動は、狭い通路の多い第三階層に適している。あの巨体で自在に動き回り、毒を撒き散らされたら、逃げ切るのは難しい。
慎重に近付いて行く。
と。
「そのバジリスク。既に、お亡くなりですわ」
「みたいだ。これを倒す実力者」
「差し向けられた、刺客の仕業でしょうか?」
「わからない、見当も付かない」
首の付け根、急所に鮮やかな切り口がある。
他には、これといったダメージは無い……。
「バジリスクの急所を、的確に一撃か。本来、この階層を縄張りにしない魔物だ。深い階層から追われて来たのなら、こんな芸当をやってのけた人間が奥深くにいることになる」
俺の隣でスカ―が首を傾げた。
「そこまで行けるものかしら?」
「初めて入った迷宮では難しい」
「では……あの御方は?」
「あの御方? どの方だ」
陰鬱な気分に沈んで、唖然と死骸を見下ろしていた顔を上げる。
長身痩躯に革コートを羽織り、海藻みたいなクセ毛、不健康そうな目元のクマ。見慣れた男が片手をあげて「よ!」と軽薄な笑みを浮かべていた。
「オレ様の獲物を横取りかぁ?」
「リッチモンド、お前が刺客?」
「シカクぅ? 話が見えねぇな」
「違うのか?」
『修理屋』
何故ここにいるんだ?
「お仕事だよぉ、営業活動中ぅ」
「しばらく誰も入っていないと、守衛が言っていた」
「マジか~ぁ! どうりでなぁ」
「俺が言えた義理ではないが、借金でもできたか?」
「世の中にゃ、金じゃ買えないもんがあるんだぜぇ」
「金銭感覚うっすら残ってたのか?!」
営業活動で潜っていただけ?
まったく……人騒がせな奴。
「金の亡者でも、人殺しはしない。驚いた、意外だ」
溜め息混じりで「オレ様を何だと思ってやがる」と呟いた。
俺は、人でなしだと思っていた。
違うのか?
「人を殺す? なんて怖ろしい……金額次第だなぁ」
「 「 やるんだ? 」 」
スカ―が目配せしてくる。
相手の戦力は不明なまま。
人を切るのが得意な人材、即・採用、是非欲しい。
残る問題は採用条件だ、チラリと小銭袋を見せた。
「修理屋様、御代はいかほどかしら?」
「ん? あぁ! お手伝いの御見積?」
2度頷いて、返事を待つ。
「小銀貨でぇ、2枚くらい?」
「 「 その腕、買うわ! 」 」
「意外だ。自分は安売りするのか」
「商売柄さぁ、斬った貼ったは得意分野だからなぁ」
「色々間違えて覚えてる気がするぞ。本物の馬鹿だ」




