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彼氏と別れるために、デートをやり直しています  作者: 黒咲かぐら


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3/7

第3話 撮らなくなった二人の写真

「間に合ってる?」

「二十分ある」

「平日の時間じゃない?」

「土曜日。十時四十分。予約もした」


 圭吾はスマホの予約画面を、私の目の前に差し出した。

 私は笑って、それを押し戻した。


 映画館は、六年前と同じ商業施設にあった。

 入り口に置いてある宣伝のパネルだけが新しくなっていて、床の模様まで覚えていた。あの日、圭吾の隣を歩きながら、下ばかり向いていたせいだと思う。


「ポップコーン、塩?」

「今日はキャラメル」

「塩じゃないの」

「今日は、って言った」


 圭吾が列の先頭へ進んだ。

 私は後ろから、半分ずつにできる、とメニューを指さした。


「それ、量多くない?」

「食べられるよ」

「昼前だぞ」


 結局、大きな容器を抱えて上映室に入った。

 席に座ると、圭吾は肘掛けのドリンクホルダーに飲み物を置いた。私は空いた方を使った。


 六年前は、ここで手が触れた。

 小さな容器からポップコーンを取ろうとして、同じところに指を伸ばした。たったそれだけで、主人公が何を言っていたのか分からなくなった。

 終わってから、面白かったね、と言った。

 実際には、圭吾が隣に座っていたことばかり覚えていた。


 今日の私は、予告編の途中で圭吾の袖を引いた。


「もう半分ない」

「だから多いって言ったんじゃん」

「それ逆じゃない?」


 本編が始まったので、圭吾は返事の代わりに容器を真ん中に置いた。


 二時間後、私たちは施設のフードコートにいた。

 圭吾はうどん、私はサンドイッチ。映画の最後の場面について、意見が分かれた。


「あの手紙、渡してもよかったと思う」


 私が言うと、圭吾が首を振った。


「あそこで渡すと、返事しなきゃいけなくなるじゃん。相手はもう別の町行くのに」

「でも、受け取るかどうかは相手が決めればよくない?」

「手紙渡されたら、気にするだろ」

「気にしてほしかったんじゃないの」


 圭吾は箸を止めた。


「琴葉、最後ちょっと泣いてたよな」

「隣見てたの?」

「音」

「鼻かんだだけ」

「はいはい」


 紙ナプキンを丸めて、圭吾のトレーの端に投げた。

 圭吾はそれを取り、自分の使ったものと一緒に寄せた。


 付き合ったばかりの頃は、映画の感想にも正解がある気がしていた。

 圭吾が退屈だったと言った映画を、実は好きだった。言えずに、ちょっと長かったよね、と答えた。

 そんな私を、圭吾は知らない。


「私、あの終わり方は嫌だった」

「俺はあれでよかった」


 今は、嫌だったとまで言える。

 圭吾は私を面倒だとも思わず、うどんをすすった。


「来週、琴葉が選んだの見ればいいんじゃない。家で」

「また意見割れるかも」

「それはそれで」


 圭吾がトレーを持って立った。私のトレーも持とうとしたので、まだ食べてる、と止めた。

 彼は席に座り直した。


 映画館を出る前に、二人で宣伝パネルの前を通った。

 恋愛映画のポスターがあった。圭吾は、これさっき予告やってたな、と言った。

 私は、うん、と答えた。

 続きの言葉が喉まで来たけれど、口に出さないまま飲み込んだ。


 翌日の水族館は、家族連れで混んでいた。

 海沿いにあり、家から車で四十分ほどかかる。着く頃には小雨が降っていた。

 圭吾が助手席の下から折り畳み傘を出した。


「持ってたんだ」

「前、琴葉が雨降るって言って積んだやつ」

「ああ」


 私が忘れていた傘に、二人で入った。

 駐車場から入り口まで、歩幅が少し小さくなった。


 大きな水槽の前で、私はスマホを出した。

 六年前にも見たはずの、銀色の魚の群れが泳いでいた。

 写真を一枚撮り、画面を確認した。ガラスに、隣の人の顔が薄く写っていた。

 もう一枚撮ろうとして、圭吾が少し先にいるのに気づいた。


「琴葉、これ見て」


 小さな水槽で、魚が砂から顔を出していた。


「圭吾に似てる」

「どこが」

「朝、布団から出るとき」

「琴葉もだろ」


 彼が首を下げて真似したので、近くにいた子供が振り返った。

 私は圭吾の背中を押した。


「行くよ」

「似てた?」

「もういい」


 スマホはバッグに戻した。


 六年前の写真には、何種類もの魚と、その前に立つ私たちがいた。

 同じ水槽で、別々に撮った写真。顔を寄せて撮った二人の写真。圭吾が私の肩に手を置いて、二人とも少し斜めになった写真。

 今日、入口を入ってから撮ったのは、魚の群れ一枚だけだった。


 出口の近くで、若い男女が交代に写真を撮っていた。

 男の子がカメラを向けると、女の子は髪を直して笑った。今度は逆になり、男の子が困ったような顔をした。

 私たちは、その横を通り過ぎた。


「お土産見る?」

「見る」


 店には魚のぬいぐるみが並んでいた。

 圭吾が大きなサメを持ち上げたので、置く場所ないよ、と言った。


「顔だけなら入る」

「どこに」

「ソファ」

「私の座るところなくなる」


 圭吾はサメを棚に戻し、小さいものを手に取った。

 私はそれも戻した。

 代わりに、個包装の焼き菓子を買った。明日、会社へ持っていけるものだった。


 外は雨がやんでいた。

 圭吾が傘をバッグに入れ、私の持つ紙袋を引き取った。


「今日、写真あんまり撮らなかったね」


 駐車場へ歩きながら言うと、圭吾がこちらを見た。


「そう?」

「前はいっぱい撮ったなと思って」

「前って、大学のとき?」

「うん」


 圭吾は少し考えてから、車の鍵を出した。


「あの頃、何でも撮ってたよな」


 それ以上は続かなかった。

 私は頷き、助手席に座った。

 部屋を探している画面を、今日は一度も開いていなかった。


 帰宅して、お土産の袋から自分たちの分を出していたら、スマホが鳴った。

 同じ部屋にいる圭吾から、写真が三枚届いていた。


 大きな水槽を見上げる私。

 顔は横から少し見えて、口が開いている。

 二枚目は、魚を指さしていた。

 三枚目は、お土産売り場でサメを抱えた圭吾の自撮りだった。


「これ、結構よく撮れてない?」


 圭吾はソファから一枚目を指した。


「勝手に撮ったの?」

「いいじゃん。最近二人で写真撮ってなかったし」

「これ、二人で写ってないけど」

「撮る? 今」

「ここで?」


 圭吾はソファの真ん中を空けた。

 私は紙袋を置き、彼の隣に座った。

 画面に入るため、肩が触れた。


「後ろ、洗濯物写る」

「しまい終わってない」

「ちょっと上向けて」


 圭吾がスマホを上げた。

 私たちは少し顎を引き、画面の中で目が合った。

 撮れた写真は、圭吾の腕ばかり大きく写っていた。


「下手」

「琴葉が上げろって」


 撮り直した二枚目を、私は保存した。

 背景の端に、畳んだタオルが残っていた。


「琴葉」


 スマホを下ろした圭吾の声が、少し変わった。


「ほんとに何かある?」


 指が止まった。


「急に前行ったとこ行こうってなって、さっきも昔の写真の話してたし」

「……ないよ」


 圭吾は私を見た。

 私は写真を拡大して、洗濯物の部分を切り取ろうとした。


「俺、何かした?」

「そういうんじゃない」


 これは、本当だった。

 ただ、何もないとは違った。


「そっか」


 圭吾はスマホを置いた。納得した顔ではなかった。

 私の方も、何を言えばいいか分からないまま隣に座っていた。


 しばらくして、彼が言った。


「あのパスタの店も、まだあるかな」

「最初の誕生日の?」

「うん」


 私はスマホを開き直した。

 店のページには、見覚えのある扉が載っていた。


「あるよ」

「行ってみる?」


 私は、頷いた。

 あの店へ行って、そのあと河川敷まで行ったら。

 そこで、ちゃんと答えを出そうと思った。


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