第9話:閉ざされた退路
「っ……はぁ、はぁ……!」
背中を冷たい汗が伝う。
だが、俺の頭はすでに極限まで冴え渡っていた。
毒矢の罠をコハクの奇跡的な強運と俺の記憶で抜け、ついに問題の場所までやってきた。
「レナ、コハク。そこの床石だけは絶対に踏むな。死ぬぞ」
「えっ、わかったわ……」
大岩を起動させるスイッチの石畳を慎重に避け、俺たちはついに最奥の祭壇へと足を踏み入れた。
そこには、淡い光を放つ目的のお宝、夜光結晶が静かに鎮座していた。
「やった……! これでばぁちゃんの足が治せる!」
俺が慎重に結晶を手に取った、その瞬間だった。
ガコンッ!
祭壇が重さを失って沈み込み、部屋の入り口の天井から、分厚い岩の壁が凄まじい速度で落下してきた。
ズドォォォンッ!!
「きゃあっ!?」
「なっ……退路が!」
大岩の罠は避けた。
だが、お宝を取ったことで起動する最終トラップが別に存在していたのだ。
入り口は完全に塞がれ、ピクリとも動かない。
入り口に打ってきた鉄の楔は、あの分厚い壁の向こう側だ。物理的に触れることができない以上、もう時間を戻すことはできない。
「レイ……私たち、閉じ込められちゃったの……?」
不安そうに俺の服を掴むセレナ。
コハクも壁に向かって低い唸り声を上げている。
「大丈夫だ。何か別の出口があるはずだ。レナはそっちの壁を調べてみてくれ」
セレナを壁の方へ向かわせ、俺は暗がりにしゃがみ込むと、懐から新しい鉄の楔を取り出した。
(……入り口の楔にはもう触れられない。ここで詰むわけにはいかない)
俺はハンマーを取り出し、岩の隙間に音を殺して楔を打ち込んだ。
カンッ、という小さな音が響く。
これで、入り口の古い楔は砕け散り、今この瞬間、この部屋が新たなセーブポイントとして上書きされたはずだ。
(俺たちに残された猶予は、この楔が砕けるまでの10時間……)
俺は密かに覚悟を決め、立ち上がった。
「レイ、この壁……奥から微かに風を感じる。外の洞窟か地下水脈に繋がってるかもしれないわ」
「本当か? だが、どうやって壊す?」
「私が斬るわ」
セレナは迷いなく腰の剣を抜いた。
だが、相手は分厚い岩壁だ。
彼女の腕がどれだけ立とうと、普通の剣で適当に斬りつければ、刃が欠けるか、最悪の場合は剣が折れてしまう。剣を失えば、この先の脱出は不可能になる。
「……レナ、俺の指示通りに斬ってくれ」
俺は壁のひび割れをじっと観察し、最初の指示を出した。
「まずは、あのひび割れの中心から右に少しずれた場所だ」
「わかったわ!」
セレナの鋭い踏み込みと共に、刃が岩壁に叩きつけられる。
ガキィンッ! という硬い音が響き、壁の表面が少し削れた。
だが、同時にセレナの剣の刃が大きく欠け、彼女の手首にも強い衝撃が走ったのが見えた。
「くっ……硬い……!」
このままじゃ剣が持たない。
そう判断した瞬間、俺はセレナから見えない位置で、足元の鉄の楔を引き抜いた。
◇
視界が白く染まり、目を開けると、俺が祭壇の横に楔を打ち込んだ直後の時間だった。
俺の頭の中にはひび割れの中心から右はハズレという情報がしっかりと刻まれている。
俺たちは再び壁の前に立ち、セレナが剣を構える。
「次は、ひび割れの左下を狙ってくれ」
「わ、わかったわ」
ガキィンッ!
浅い。
また少し刃が欠けた。俺は死角に入り、密かに楔を抜く。
◇
「今度は、一番上の亀裂に沿って斜めに!」
「ええっ!」
ガインッ!
剣が弾かれ、セレナが体勢を崩す。俺は楔を抜く。
◇
――そして、密かな5回目のループ。
「レナ、見切ったぞ」
壁の構造、力の逃げ道、そして最も脆い一点。
俺の泥臭い検証のすべてを乗せて、最後の指示を出す。
「ひび割れの中心から下へ三寸。そこに、お前の持てる最高の斬撃を叩き込んでくれ!」
「任せて……っ!」
セレナが深く息を吸い込み、エメラルドグリーンの瞳が鋭く細められた。
彼女の身体がバネのように沈み込み、全身の捻りを利用した、凄まじい速度の抜刀術が放たれる。
「はぁぁぁっ!!」
鋭い銀閃が、俺の指示した壁の一点に完璧に吸い込まれた。
ドガァァァンッ!!
爆発のような轟音と共に、決して壊れないと思われていた分厚い岩壁がクモの巣状に砕け散り、外へと続く巨大な穴がぽっかりと開いた。
刃こぼれ一つない剣をゆっくりと鞘に収めるセレナの横顔は、見惚れるほどに凛々しかった。
「……やった。やったぞ、レナ!」
俺たちが歓喜の声を上げた時、足元でコハクがワンッ!と嬉しそうに吠え、開かれた壁の穴の向こう――かすかに光が差し込む地下水脈への道へと、先導するように駆け出していった。




