第78話:別々の教室へ
朝の工房で楔を打つ前に、昨日持ち帰った紙を開いた。
グレンに指されたことと、鉄片の見本を描いた図。余白へ書き足すうちに、材料棚の影が少し短くなっていた。今日は正式な授業の初日だ。俺は紙を畳み、いつもどおり鉄の楔を打った。
昨夜の保存が今朝へ置き換わる。扉へ鍵を掛け、コハクと寮へ戻る道を急いだ。
食堂では、リリアが案内の紙を広げていた。隣のセレナの腰には、昨日の昼に返した剣がある。
「ここ、四人とも同じだな」
俺が午前の欄を指すと、レティスも自分の紙を重ねた。
「共通の授業だからね。教室も一緒だ」
「午後は?」
「選んだ授業の場所へ行くんでしょう。レイ、案内読んだ?」
「読んだよ。昨日、鍛冶のことで書き足した紙と混ざっただけだ」
セレナは俺の持つ紙を覗き、そこへ描いてある四角い図を見て笑った。
リリアが正式な案内をこちらへ寄せてくれる。
「午前は皆さんとご一緒ですね」
「午後もずっと一緒にいたら、俺が剣を振って、お前が鉄を打つことになるぞ」
「それは……少し困ります」
「リリアが鉄を打つなら、レイに教えてもらえるわね」
「俺も基礎から教わってる最中だよ」
リリアが口元を押さえて笑い、レティスも肩を揺らした。食卓の下でコハクが顔を上げたので、俺は膝の横へ手を下ろし、白い頭を撫でる。
朝食を済ませ、四人で指定された教室へ向かった。廊下には同じように紙を見ながら歩く生徒がいる。開いた扉の先では、椅子を引く音と、初めて顔を合わせた者同士の挨拶が重なっていた。
セレナが空いている席を見つけ、リリアと並んで座る。俺とレティスも、その後ろへ荷物を置いた。
「……同じクラスか」
窓側から聞こえた声に、顔を向けた。
レオルドが椅子へ腰を下ろすところだった。
俺と目が合うと、口元だけを動かして前を向く。レティスも気づいたが、こちらへ何か言う前に、教室へ入ってきた教師へ目を戻した。
コハクの許可札を確認してもらい、通路を塞がない足元へ待たせる。俺が席へ戻ると、セレナの近くに座った女子が話しかけていた。
「皆さん、お知り合いなの?」
「ええ。レイとリリアとは、同じファミリアなの」
「レイ?」
「レイン。昔からそう呼んでるのよ」
女子の目が俺へ向いたので、軽く頭を下げた。
彼女も会釈を返し、それからセレナの腰の剣を見る。
「素敵な剣ね。どこで買ったの?」
「買ったんじゃないの。レイに作ってもらったのよ」
「そうなの?」
もう一度、こちらへ目が向いた。
今度は俺の顔より、机へ置いた手を見ている。
剣を作れるようには見えなかったのかもしれない。
教師が前へ立つと、女子は話を止め、セレナへ小さく笑って自分の紙を開いた。
授業は、これから学ぶことの簡単な案内から始まった。魔物や素材、ファミリアの活動、危険な場所での判断。全員に必要な基礎を共通で学び、それぞれ伸ばしたい分野は選択した授業で身につける。
説明が終わると、教師は黒板へ道と林の絵を描き、四つの印を置いた。
「四人で依頼を受けました。前方に魔物がいます。剣を持つ者、槍を持つ者、魔法を使う者、それ以外の役割を持つ者。どう動きますか」
近くの生徒が、強い者から前へ出ると答えた。
「では、後ろにいる仲間が何をしているか、前の者は知っていますか」
教師は林の横へ、もう一つ印を加えた。
別の魔物が現れたという想定らしい。
前へ進めた印が、戻る道から離れて見えた。
「攻撃が得意な者を並べただけでは、ファミリアの動きにはなりません」
隣のレティスが、紙へ林の形を書き写す。
セレナも、前へ出した印と後ろの印を見比べていた。
「誰かが後ろを見ていればいいんですか?」
俺が尋ねると、教師は頷き、続けて聞いた。
「その者が危険に気づいた時、どうやって前の仲間へ伝えますか」
「声をかけます」
「伝わらなかったら?」
俺は絵を見直した。
魔物を相手にしているセレナへ、いつものように叫ぶ自分を想像する。
剣がぶつかる音や、魔物の声で聞こえないことだってある。
「前も、時々こちらを見る必要があります」
セレナが答えた。
教師はその印を少し後ろへ戻す。
「仲間の役割を知っていれば、何を確かめるべきかも分かります」
リリアが小さく手を上げた。
「味方の足元へ魔法を使う時も、先に伝えておいた方がよいでしょうか」
「どんな魔法ですか」
「地面を滑りやすくする付与です」
「敵へ使うつもりでも、仲間がそこへ踏み込めば影響を受けますね」
教師は林の前を囲み、仲間がそこを避けるには何を知っておくべきか、教室へ問いかけた。
リリアの紙にも、印と線が増えていく。
俺たちが実際にやっていたことを、ほかの生徒の答えも交えて考え直す。
覚える言葉を並べられるより、書く手がよく動いた。
授業の終わりに教師は、仲間の得意なことだけでなく、苦手なことも知っておくようにと言った。
レティスが横から俺の紙を見て、鉄片の図を指した。
「そこにも、仲間のことを書いておく?」
「混ざったら、またセレナに怒られるだろ」
前の席から、聞こえてるわよ、と声が返ってきた。
昼食の席では、午前の紙の隣に午後の案内が並んだ。
「私は剣術。場所は分かったわ」
セレナが言うと、リリアも自分の欄を確かめる。
「私は魔法を選びました」
「付与の練習だけじゃないのね」
「はい。知らない魔法も、学びたいと思っています」
「いいじゃない。あとで聞かせてね」
セレナの言葉に、リリアが頷いた。
レティスは槍の授業へ行くと言い、俺は鍛冶場の位置を指す。
「俺はグレン先生のところ」
「あの先生、剣も教えられそうだけどね」
レティスが言うと、セレナも頷いた。
「昨日は、鍛冶を見てもらえたのよね。今日は何を作るの?」
「多分、鉄片」
「昨日と同じ?」
「昨日のが、まだ揃ってないからな」
驚いた顔をされたが、自分でももう少し作れると思っていた。三枚を並べれば、長さを揃えた分だけ厚みが違う。先生に見せる前から、駄目なところが分かった。
食堂を出た先で、四人の行き先が分かれた。
「終わったら、ここへ戻ってくる?」
セレナが尋ね、俺たちは頷いた。
リリアが自分の行き先をもう一度確かめる。
レティスは長槍を持ち直し、先に行くよと手を上げた。
同じ学校でも、学ぶことまで同じにしなくていい。
制服を見せた時のばぁちゃんの言葉が、不意に浮かんだ。
それぞれ持ち帰れるものを持って帰る。
今日は、四人が別々の場所へ行く。
剣術の方へ向かう生徒の列から離れ、俺は鍛冶場へ歩いた。
コハクが後ろについてくる足音を聞きながら、昨日と同じ扉を探す。
炉には火が入っていたが、人の声は少なかった。空いた金床の方が多く、準備をしている生徒も、数人しかいない。
「……これだけ?」
「聞こえてんぞ」
奥からグレンの声がした。
「すみません。もっといると思っていました」
「毎年こんなもんだ。場所は足りるだろ」
近くの生徒が、俺の隣へ寄って小声で聞いた。
「昨日も来てたんだって? 本当に、最初は鉄片なの?」
「俺はそうだよ」
「剣を作りに来たのに。しばらく刃物は駄目だってさ」
グレンが材料を台へ置くと、その生徒は自分の場所へ戻った。壁際へコハクを待たせ、俺も昨日の鉄片を取りに行く。
「お前は、その続きだ」
「授業になっても、同じなんですね」
「一晩で基礎が身につくか」
俺は三枚を台へ並べた。
グレンは指先で端を確かめ、厚みの違うところへ印をつける。
「ここを直して、こっちが薄くなったな」
「はい。幅が狭かったので、延ばそうとして」
「なら、幅を作る時に厚みも見ろ。最後に全部合わせようとするな」
昨日、セレナの剣でも言われたことだった。
俺は印のついた場所を紙へ写し、どこを打った時にずれたのか、思い出して書き添える。
別の金床では、生徒が槌を振り始めていた。
グレンはそちらへ行き、持ち方を直してから戻ってくる。誰に対しても言葉は短く、よくできたと大きな声で褒めることもない。
「これなら使えませんか」
先ほどの生徒が鉄片を差し出した。
「何にだ」
「……何かの部品には」
「今は見本に合わせて作ってる。お前の部品に合わせて見本を変えるんじゃねえ」
生徒は鉄片を持って戻った。
俺も自分の三枚を見下ろす。
杭なら用は足りる、と言われた時に、少し安心したのを思い出した。
今は、用が足りるところで終わらせる練習ではない。
鉄を炉へ戻し、取り出す頃合いを見た。
槌を落としては幅を確かめ、向きを変える前に厚みも見る。前より手を止める回数が多く、思ったほど作業は進まなかった。
それでも、どこで薄くしすぎたかが、今度は途中で分かった。
「ここ、叩きすぎました」
俺が示すと、グレンは鉄片を見て頷いた。
「じゃあ、次の二枚で同じことをするな」
それだけ言って、隣の金床へ行く。
俺は紙の印を増やし、次の一枚へ取りかかった。
授業を終えて待ち合わせの場所へ行くと、セレナが先に来ていた。
腕を軽く回している。
遅れてレティスとリリアも現れ、コハクが四人の間を歩いた。
「どうだった?」
俺が聞くと、セレナは手を止めた。
「距離を変えて、何度も打ち込んだわ。実技で言われた足の位置、また直された」
「すぐには変わらないか」
「意識すると、剣が少し遅れるのよ。慣れるまで練習しないと」
レティスも、相手との距離に合わせて握る場所を変える練習をしたと言った。
「いつもの位置へ、つい手が戻るんだ。君に見てもらった時もそうだったね」
「リリアは?」
セレナに尋ねられ、リリアは紙の束を胸へ寄せた。
「魔力の扱い方で、知らないお話が多くて……途中から、書くのが追いつきませんでした」
「術を使う練習もしたのか?」
「今日は、説明と確認が中心でした。付与以外の魔法も、これから学べるそうです」
「じゃあ、その紙も見せてくれよ。俺にも分かるところは、一緒に読もう」
「はい。ありがとうございます、レイン様」
リリアの肩が少し下がった。まだ不安はあるのだろうが、紙を抱える手は、大事なものを持つ時の手つきだった。
「それで、レイは?」
「鉄片を打ってきた」
「揃った?」
「いや。今日は、揃わない理由を少し見つけた」
袋から紙を出すと、レティスが覗き込んだ。朝より印が増え、同じ形の図が何度も描いてある。
「ずいぶん細かく見るんだね」
「先生がすぐ隣まで来るからな。人数、少ないんだよ」
「すぐ見てもらえるなら、いいじゃない」
セレナの言葉に頷いた。
広い鍛冶場で、俺が持つ一枚の端まで見てもらえる。これから何を作るにしても、今の三枚を後回しにはできそうになかった。
俺が紙をしまうと、リリアがセレナを見た。
「レナさん。足の位置を直す練習、私も見ていてよろしいですか?」
「もちろん。こっちも、リリアが魔法をかける場所を見ておきたいわ」
「僕も、空いている時なら一緒にできるよ」
レティスが加わり、次に使える訓練場所の話になった。俺も足運びは直したいし、前衛二人の動きを見れば、道具を置く位置も考えられる。
今日だけで強くなったわけではない。だが、四人が持つ紙には、それぞれ違う授業の跡が残っていた。
「まず、荷物を置きに戻るか」
俺が言うと、三人も歩き出した。コハクは少し先へ出て振り返り、俺たちが来るのを待つ。
明日も、午前は同じ教室へ行く。午後になれば、また違う場所で学ぶ。
寮へ向かう道で、セレナが次の練習の時間を確かめ始めた。俺は袋の中の紙を押さえ、グレンに付けられた印を、あとでもう一度見直そうと思った。




