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時の楔 ~死ねない底辺鍛冶師、セーブ&ロードで運命を覆す~  作者: あくす


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第77話:基礎からの一打

朝の工房で、鉄の楔を打った。


いつもの手順を終えたあとも、今日は作業台の前を離れられなかった。


短剣と鉄杭二本を袋へ入れ、調整中の留め具へ目を向ける。

指で押すと、昨日より軽く外れた。

まだ人に見せる段階ではない。


「全部運んでくるんじゃねえぞ、か」


もう一つ持つなら、セレナの剣がいい。

自分用の短剣とは違うことを考えて作った武器だ。

何と言われるか気になったが、それ以上に、見てもらいたかった。


寮へ戻り、レティスと朝食へ行くと、セレナが俺の袋を見た。


「今日、あの先生のところへ行くのよね」


「ああ。セレナ、剣を借りてもいいか?」


「私の?」


「誰かに作ったものも、見てもらおうと思って」


セレナは腰の剣へ手を添え、それから頷いた。


「いいわよ。鍛冶の先生だったのよね」


「昨日の動きだけ見たら、そうは思わないけどな」


「レイン様の作られた武器を、見ていただけるのですね」


リリアは嬉しそうだった。

俺より先に褒められるつもりでいるようで、少し落ち着かなくなる。


「駄目なところも、言われると思うぞ」


「それで、もっとよくなるのでしょう?」


セレナに返され、俺はパンを飲み込んでから頷いた。

レティスも向かいで笑う。


「帰ったら、どんなことを教わったか聞かせてよ」


「覚えて帰れたらな」


「そこは覚えてきなさいよ」


食後、セレナが鞘ごと剣を渡してくれた。

柄に触れると、使い始めた頃より革が手に馴染んでいる。


「昼には返す」


「急いで話を切り上げなくていいわ。終わったら、で大丈夫」


俺は礼を言って受け取り、袋と一緒に抱えた。

椅子の下で待っていたコハクも立ち上がり、隣へつく。


学校の鍛冶場には、開いた入口から既に熱が流れていた。


中へ入ると、金床がいくつも並んでいる。

その向こうでは、奥行きのある炉に火が入っていた。

故郷の工房より広い。

借りた工房と比べれば、俺がいつも立っている場所など、一つの作業台の周りへ収まってしまいそうだった。


「来たか。そこに置け」


グレンは台の端を顎で示した。

コハクに目を留めると、炉から離れた壁際を指す。


「その子は、あっちで待たせろ。熱いものを運ぶところへ出すなよ」


「はい。コハク、ここで待っててくれ」


白い身体が壁際へ収まるのを見届け、剣と袋を台へ置いた。

その隣には、大きさの違うやっとこが何本も掛かっている。


一つに手を伸ばしかけて、止めた。


「それ、幅の広いものも掴めるんですか?」


「口の形を見りゃ分かるだろ。使う時に選べ」


「あっちの金床は?」


「先に自分のものを出せ」


言われて袋を開く。

短剣と杭を並べると、グレンは杭を一本取り、先端から頭まで指で確かめた。


「昨日のやつか」


「はい。地面へ固定するのに使っています」


「こっちは、何度か打ち直してるな」


頭の潰れ方を指され、頷いた。

抜いてまた使えるよう、曲がりを戻したものだ。グレンは二本を並べ、今度は先端を揃える。


並べられると、片方の胴がわずかに太かった。


「同じつもりで作ったか?」


「使えればいいと思って……少し違います」


「それでも用は足りる。だが、同じものを頼まれた時も、それで済ませるか」


俺は首を振った。

相手に合わせることばかり考えて、同じ条件を揃えて作れるかとは、あまり考えたことがなかった。


グレンは杭を戻し、短剣を抜いた。

昨日と同じように柄を握り、今度は光へ刃を向ける。


「この厚みは?」


「前のものだと、使ったあとに歪んだので。そこを残しました」


「薄くした部分は?」


「重くすると、手元へ戻すのが遅くなります」


「どれだけ残せば足りる」


答えようとして、口が止まった。


前より少し厚くする。

使ってみる。

足りなければ、また変える。

それを繰り返して、今の形になった。


「……今のものは、使っていて困っていません」


「それは結果だ。そうなる理由を聞いてる」


短剣が台へ置かれた。

使えていると答えれば済むと思っていた自分が、急に見えてくる。


「そこまでは、分かりません」


「だろうな。こっちもお前が作ったのか」


セレナの剣を示され、はいと答えた。

グレンは鞘から抜き、俺たちの周りに十分な空間があることを確かめてから構える。


軽く振り、引き戻す。

次は少し角度を変えた。

二度の動きだけで、昨日見たセレナの打ち込みが頭へ浮かんだ。


「こいつを使うのは、昨日の剣の娘だな」


「分かるんですか?」


「剣を見る時のお前の顔でな」


俺が黙ると、グレンは口の端を上げ、柄をこちらへ向けた。


「握りは細め。重さも手元へ戻しやすくしてある。打ち込んだあと、続けて動く奴に合わせたんだろ」


「はい。重いものだと、次へ移る時に腕が遅れるので」


「作る前から知ってたのか」


「昔から、剣を振るところは見ていました。作ってからも、握ってもらって直しました」


手の大きさ、握り直す位置、刃を戻す時の癖。

話しているうちに、グレンが剣を持ち替えた。

俺が手元の戻しやすさを説明したところで、振りを止める。


「形だけ真似した剣じゃねえな」


その言葉に、胸の奥が少し軽くなった。

グレンは剣を鞘へ戻さず、台に用意した布の上へ置く。


「ただ、ここの削り方は揃ってねえ」


示されたのは、刃の根元から少し先だった。

光を横から受けると、左右で削った面の幅が違う。


「研いだ時、片側が残ったので……」


「もう片側も削って合わせたか」


「はい」


「目の前のずれを直して、別のずれを作ってる。出来上がりの厚みを、途中で確かめたか?」


覚えがあった。

刃の線が気になって、その部分だけを何度も見た。

きれいに揃った時には、そこで満足していた。


「最後に、振って確かめました」


「最後だけじゃ遅え。使える形にはなってるが、同じものをもう一本作れと言ったら、また探りながらになるぞ」


グレンは剣を俺へ返した。

傷みを責める声ではなかったが、次も同じように作れるかと聞かれれば、自信はなかった。


「誰に習った?」


「ほとんど独学です。ばぁちゃんの工房で、仕事をしながら」


「やっぱりな」


「そんなに分かりますか」


「使ったあとの直し方は考えてる。そのくせ、作る途中で何を揃えるかが抜けてる」


故郷で何度も作り直したことを話した。

失敗した品を前に悩み、次には使えるようにした。

その経験はある。

だが、どうして失敗したのか、分からないまま別の形へ変えたものも多かった。


グレンはそれ以上、昔のことを尋ねなかった。


「使う奴を見てるのはいい。そこは捨てるな」


「でも、基礎が足りない」


「足りねえまま、先へ行ってる」


その言い方には、少し笑ってしまった。

止まっているのではないらしい。

ただ、自分では飛び越したとも知らなかったところがある。


グレンは棚から、札のついた細い材料を二本持ってきた。

どちらも灰色の金属で、手渡された重さにも大きな違いは感じない。


「鉄と鋼だ。見た目だけで、同じに扱うなよ」


「材料店にも、鋼は置いてありました」


「なら、何に使うつもりだった」


レティスの槍のことが頭に浮かんだ。

だが、軽くしても押し込む時の感触は変わる。

まず材料を変えればいいと、簡単には言えなかった。


「武器に使うなら、どこを変えられるか考えていました。でも、まだ決めていません」


「決める前に知れ。硬くできるからと、全部同じ厚さで作ればいいわけじゃねえ」


グレンは、棚にあった加工済みの小さな見本も置いた。

刃をつけたものと、細長く延ばしたものがある。俺が後者へ指を伸ばすと、どこまで曲げてよいかを先に示された。


指でゆっくり力をかける。

しなった先が、放すと戻った。


「素材だけでなく、熱の入れ方と冷まし方でも変わる。刃へ欲しい硬さと、折れずに受ける部分へ欲しい性質は、同じじゃねえ」


「同じ材料でも?」


「だから、仕上がった形だけ見ても足りねえんだよ」


いつも火の色は見ていたし、打ちやすくなる頃合いも、手で覚えていた。それがどの材料でも通じるのかと聞かれれば、答えられない。


「今までより硬いものなら、薄くできると思っていました」


「それで何を受ける? どこへ力がかかる?」


短剣の背を残した理由へ、話が戻ってきた。

重さ、厚さ、材料。

俺は別々に直していたが、どれかを変えれば、ほかも同じではいられない。


台の脇にあった紙へ目を向けると、グレンが一枚を押し出した。


「書いとけ。持って帰って悩め」


「ありがとうございます」


控えようとした俺の手元へ、今度は薄い鉄片が置かれた。

刃も穴もなく、ただ四角く整えられたものだった。


「鍛冶の授業は、俺のところへ来い。まず基礎からだ」


「基礎から、やり直すんですか?」


「基礎を知らねえ奴が、応用だけやってんだよ、お前は」


昨日の短剣の評価より、ずっと身近なところへ言葉が届いた。

俺ができると思っていたことにも、知らない部分があった。

それを目の前の品から指されたのに、不思議と嫌ではない。


「その見本と、同じものを三枚作れ」


「鉄片ですか」


「長さ、幅、厚さ、重さを揃える。刃はつけるな」


掌へ載せて、裏返した。

罠の部品にも、武器にもならない。

だが、角へ指を当てると、どこも同じように整っている。


「……こんなものから?」


「それを毎回同じに作れるようになってから言え」


グレンは先ほどの杭を二本、俺の前へ寄せた。

思わず鉄片と見比べる。

黙った俺を見て、面倒そうな顔のまま、わずかに笑った。


「分かりやすいだろ」


「はい。かなり」


使う人間に合わせて作るなら、合わせたい場所を、狙ったとおりに作れなければならない。

たまたま握りやすくできた一つを渡して終わるのでは、次に同じものを求められた時に困る。


俺は見本を台へ戻し、炉を見た。


「ここで、始めてもいいですか」


「そのつもりで火を入れてる。まず、何を使うか選べ」


掛けてあるやっとこへ歩いた。

広い口のもの、細い先のもの。

さっきは珍しい道具としか見ていなかったが、今は見本の鉄片を掴むところを考えている。


一つ取って差し出すと、グレンは首を横へ振った。


「それじゃ厚みが合わねえ。隣だ」


「これですか」


「掴んでみろ」


冷たい見本を挟むと、先ほどのものより安定して収まった。

柄へ入れる力も少なくて済む。


俺がもう一度持ち替えていると、壁際でコハクが顔を上げた。

こちらを見る目へ笑い返し、見本を放して、用意された鉄の材料を取る。


覚えて帰ったことを、ばぁちゃんに話すことはもうできない。

それでも、ここで知るものを持って故郷の工房へ帰る約束は、俺の中に残っていた。


炉へ材料を入れ、やっとこの柄を握り直す。


「火を見る時、こっちへ寄れ。明るさで見え方も変わるぞ」


グレンの隣へ立つと、赤くなり始めた材料がよく見えた。今まで自分で決めていた頃合いを、今日は一緒に確かめてもらえる。


鉄片を三枚。同じ形、同じ厚み、同じ重さ。


作りたいものは、もっと先にいくつもある。

まず、この三枚を揃えられるようになろう。


グレンの頷きを待って材料を取り出し、金床へ運んだ。俺は槌を握り、最初の一打を落とした。

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