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時の楔 ~死ねない底辺鍛冶師、セーブ&ロードで運命を覆す~  作者: あくす


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第76話 : 剣士の物差し


朝の工房で鉄の楔を打ち、持っていく道具を袋へ入れた。


短剣、細い縄、鉄杭。

調整中の留め具は作業台へ残す。

肝心な時に外れるかも分からないものを、今日の実技へ持っていく気にはなれなかった。


昨夜の保存は、今朝の保存に置き換わった。

朝晩の習慣を済ませてから、俺は寮へ戻った。


レティスと食堂へ行くと、セレナとリリアはもう席にいた。

セレナの腰には俺の作った剣があり、リリアは昨日の案内を開いている。


「早いな。そんなに楽しみか?」


「少しね。何を見てもらえるのか、気になるでしょう?」


セレナが答える横で、リリアは紙から顔を上げた。


「私は、集合時刻を間違えていないかと思って……」


「昨日も確かめたわよ」


「はい。ですが、念のため」


「お前も見とけよ、セレナ」


そう言うと、セレナは自分の案内も取り出した。レティスが向かいの席に座り、俺の袋へ目を向ける。


「道具、使えるといいね」


「そこが一番気になる。短剣だけなら、お前らを見る方が面白いだろうしな」


「僕は、君が何をするかも見たいけど」


「まず使っていいか聞かないとな」


朝食を終えて立つと、コハクも椅子の下から出てきた。

レティスが長槍の布を巻き直すのを待ち、四人で訓練場へ向かった。


そこには、既に新入生が集まっていた。

足運びを見る目印の横で、教員が木剣を揃えている。

俺は土の区画を見てから、端の硬い床へ目を移した。


「レイ、何を探してるの?」


「杭を打てる場所」


「来て早々、地面を見るんだね」


レティスに言われ、俺は袋を持ち上げた。


「こいつが使えなかったら、持ってきた意味がないだろ」


説明を始めた教員は、今日の確認について、授業や指導の参考にするためだと話した。


「今できることと、得意なものを見ます。勝った順に順位をつける場ではありません」


その言葉で、隣のリリアが少し肩を下げた。

俺も手を上げ、袋の中身を見せる。


「自分で作った道具も、使えますか」


「先に申告してください。危険な罠や、施設を壊す使い方は禁止です」


「杭は?」


「土の区画なら、浅く固定する程度は構いません。仕掛けも置く前に見せてください」


短剣には刃を覆う処置が必要だと言われたが、使えないわけではなかった。袋を閉じると、レティスがよかったねと笑った。


コハクは訓練区画から離れた見学場所へ伏せさせた。リリアが許可札の紐を直し、白い頭を撫でる。


「ここで待っていてくださいね」


コハクは鼻先をその手へ寄せたあと、動き始めた生徒の方へ顔を向けた。


先に呼ばれた新入生は、木剣で強い打ち込みを見せた。いい音がしたが、戻る時に足が揃い、次の動きが遅れる。


「打ったあとも見ています。構えへ戻るまで、気を抜かないように」


教員の注意を聞いて、セレナが小さく頷いた。

その次に名前を呼ばれ、持参した剣を見せてから、訓練剣へ持ち替える。


初めの打ち込みから足が止まらなかった。

受ける位置を変えられても、無理に追わず、距離を取り直して次へ繋ぐ。

俺の声を聞きながら魔物へ向かっていた時の動きだった。


「実戦に出ているな」


「はい。ファミリアで」


「それでか。打ち込んだ先だけでなく、相手の手元も見ている」


短い注意を受けて構えを確かめ直し、セレナが戻ってきた。


「どうだった?」


「足の位置を少し直されたわ。自分では気づかなかったところ」


「今度、俺にも教えてくれよ」


「いいわよ。ちゃんと聞くならね」


俺が返事をする前に、今度はリリアが呼ばれた。


「得意な魔法は?」


「付与です。地面や、武器へかけられます」


「では、ここへ。範囲は自分で決めていい」


リリアは地面を見て、必要な範囲へ手を向けた。教員が足を置いて滑り具合を確かめ、次に木剣を示す。対象を変えても、リリアの手は止まらなかった。


「続けて変えられるか」


「はい。もう一度、地面へ戻します」


指定された別の場所へ、先ほどより狭く術をかける。教員はその切り替わりを見て、紙へ書き込んだ。


戻ってきたリリアは、座ってからようやく息を吐いた。


「よかったじゃない」


「はい……途中で手が震えないか、心配でした」


「ちゃんとできてたぞ。狭くかけ直したところも」


俺が言うと、リリアは胸元へ置いていた手を膝へ下ろした。


「ありがとうございます、レイン様」


レティスの番は、構えるまで静かだった。布を外した穂先がほとんど揺れず、的の位置が変わるたびに握りを調整する。


「もう少し速く」


教員の声で、槍の動きが鋭くなった。

突いた柄を引き戻すのも速い。

工房で見た肩の動きはわずかに残っていたが、それを含めても、短い確認では崩れそうになかった。


「よく扱えている。どこで習った?」


「以前から、教わる機会がありました」


礼をして戻ってきたレティスへ、セレナが声をかけた。


「引き戻す時も、速いのね」


「戻せなければ、次が出せないからね」


槍の話が続きそうになったところで、俺の名前が呼ばれた。


まずは足運びと短剣だった。目印に沿って動き、合図で向きを変える。

ついていけたが、特別速くはない。

訓練用の短剣で的を打つと、教員の声が飛んだ。


「上体が先に出ている。足がつく前に手を伸ばすな」


「こうですか?」


「もう一度」


直して動くと、今度は身体が流れなかった。

その代わり、打つまでに間ができた。

見学場所へ目を向けかけ、やめる。

セレナなら迷わないところで、俺は迷っていた。


次は土の区画で、教員の持つ小さな盾へ触れるよう言われた。

向こうは木剣で俺を止める。


「道具を使うなら、先に準備していい」


「少し、お待ちください」


杭を二本、浅く固定し、低い位置へ細い縄を渡した。

見えていれば容易に避けられるが、大きく踏み出す足には邪魔になる。


「これで、いいですか」


位置を確かめた教員が頷いた。俺は刃を覆った短剣を握り、合図を待った。


正面から入ると、木剣が手元を追ってきた。

届く前に引き、右へ回る。

横打ちを避けた俺を、教員は右足から追ってきた。

向き直る時も足を揃えず、いつでも踏み込める幅を残している。


次も同じように外へ逃げる振りをした。

相手が右足を出しかけたところで向きを変え、縄の向こうへ抜ける。


追ってきた足が、手前で止まった。


盾がわずかに外へ開く。

そこへ短剣を伸ばしたが、木剣の先が手首の下へ回った。

腕を押し上げられ、盾へ届く前に刃の向きが逸れる。


引いて次へ繋ごうとした時、木剣が胸の前へ止まった。


「そこまで」


息を吐き、短剣を下げた。

思った方へは動いてもらえた。

それでも、最後の一手が届かなかった。


杭を抜いていると、教員同士の声が聞こえた。


「判断は悪くない。道具も扱えている。ただ、決定力は足りないな」


「短剣の技量だけなら、新入生の平均には少し届かないでしょう」


縄を巻く手に、少し力が入った。

間違ってはいない。

届かなかったことは、誰より俺が分かっている。


見学場所の端で、レオルドが取り巻きへ顔を寄せた。笑い声が聞こえたが、そちらは見なかった。


「最初から、打ち合う気はなかっただろ」


すぐ横から声をかけられ、顔を上げた。


昨日、入学式で柱のそばにいた教師だった。

俺より頭一つ分ほど高く、くすんだ赤茶の短髪が少し乱れている。

顎には薄い無精髭があり、襟元も無造作に開いていた。

気だるそうな顔つきとは裏腹に、灰色の目は俺の持つ縄をよく見ていた。


「二度、同じ方へ逃げたのは?」


「縄の方へ足を出させたかったんです。最初に、右から追ってきたので」


「一度見て、次に使ったか」


頷くと、教師は土の区画へ目を向けた。

眠そうだった目が、その時だけ少し鋭くなる。


「バルガス先生。何か気になることが?」


記録をつけていた教員に呼ばれ、その人は顔を戻した。


「剣士じゃねえ奴の記録が、剣術の出来だけで終わりそうだったんでな」


「道具と判断も記録しています。攻め切れない点は、本人の課題です」


「そりゃそうだ。だが、足を止めたあとに仲間がいりゃ、話は変わる」


教員は抜いた杭を見て、紙へ目を落とした。


「今日の単独の動きでは、分からない部分もありますね」


バルガスと呼ばれた教師は、俺へ向き直った。


「お前、何が得意だ」


「鍛冶です」


「ここは鍛冶の試験じゃねえぞ」


「はい。でも、一番できるのはそれです」


言い終えてから、答え方を間違えたかと思った。だが、教師は袋を指した。


「そいつらも、自分で作ったのか」


「はい。短剣も」


「見せろ」


覆いを外して渡すと、教師は柄を握り、持つ角度を変えた。

刃の傷を見るより先に、重さと握り心地を確かめている。


「剣は、やりたいのか」


「使えるようにはなりたいです。でも、剣士と打ち合って勝てるとは思っていません」


「だから、道具か」


「それと、仲間です。相手を止められれば、その間に」


「なるほどな」


短剣が返ってきた。

教師は教員から木剣を借り、俺にも訓練用の短剣を取らせる。


「さっき、手首を上げられたところ。もう一度、ゆっくりやれ」


言われた位置へ刃を伸ばした。


木剣が下へ入り、腕が押し上がる。

ほとんど力は感じないのに、短剣の向きはもう変わっていた。

教師の足は動かず、片手だけで俺の狙いを外している。


「届かせたい場所ばかり見て、手元が空く」


「足を止めただけじゃ、駄目なんですね」


「腕まで止まるわけじゃねえからな」


木剣を戻す動きにも、余計な力がなかった。

俺が自分の手首を見ていると、別の教員が声をかけた。


「続きは鍛冶場で見てやったらどうです、バルガス先生」


「鍛冶の先生なんですか?」


思わず尋ねると、教師は面倒そうに頭を掻いた。


「グレン・バルガスだ。お前が鍛冶も習うなら、そのうち顔は合わせる」


「剣の先生かと思いました」


「作るもんの使い方くらいは知っとくさ」


くらい、で済ませる動きには見えなかった。

けれどグレンは木剣を返し、俺が袋へ短剣を収めるのを待っていた。


「明日、鍛冶場に来い。自分で作ったものも持ってこいよ」


「これだけでいいですか?」


「何を作れるか分かるものならな。全部運んでくるんじゃねえぞ」


「分かりました」


返事をすると、グレンは次の生徒へ目を向けた。俺も見学場所へ戻ろうとして、自分の手に目を落とす。


昨日、この人が見ていたのは、鍛冶で硬くなった指や火傷の跡だった。名前を名乗る前から、そこに気づいていたのだ。


戻ってきた俺を見て、リリアが立ち上がった。


「レイン様、お怪我はありませんか?」


「ないよ。あの先生、力を入れてなかった」


「それでも、腕がすぐに上がりましたね」


「俺も驚いた」


セレナは教員の方を見てから、俺の袋へ目を戻した。何か言いたそうだったので、俺から口を開く。


「剣だけなら、お前の方が上だって、俺も知ってる」


「そういう話じゃないわよ」


「違うのか?」


「あの縄で止まったところ。私が入れたらって思ったの」


俺は袋から手を離した。レティスも頷き、土の区画を指す。


「狙っていたのは、あの足跡の位置?」


「ああ。もう一歩出てくれれば、もっと止められたんだけどな」


「手前でも、一度は止まったわ」


セレナの言葉に、俺も頷いた。二人は、相手の足を止めたところを見てくれていた。


コハクが足元へ寄ってきたので、白い頭を撫でた。リリアも腰を下ろし、俺の袋を見る。


「明日は、何をお持ちになるのですか?」


「短剣と、道具をいくつか。留め具はまだ駄目だな」


「全部運ぶなって言われていたものね」


「運ばないって」


セレナに答えながら、袋の口を締めた。


短剣の技量が足りないことは、変わらない。

それでも明日は、俺の作ったものを見てもらえる。


次の生徒の名前が呼ばれた。

俺は席へ戻り、工房にある道具の中から、何を選んで持っていくか考え始めた。

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