第7話:幼なじみの剣
「……悪かった、レナ。最近、ちょっと行動がおかしかったこと」
昼下がりの広場。
俺は、ばぁちゃんの看病の合間に外へ出てきていたセレナを呼び止め、深く頭を下げた。
「あの馬車が突っ込んできた時も、俺は何もできなかった。一番大変な時に逃げ出すような真似をして……本当に、ごめん」
俺が頭を下げたままそう言うと、頭上から小さく息を吐く音が聞こえた。
「もう……あんたがいきなり走っていった時は、本当に信じられないって思ったけど。レイだって、ばぁちゃんが怪我してパニックになってたんでしょ? 私だって余裕がなくて、ひどいこと言っちゃったし」
ゆっくりと顔を上げると、セレナは少しだけバツの悪そうな顔をして、ぽりぽりと頬を掻いていた。
根がまっすぐで優しい彼女は、俺の不自然な行動もパニックになっていたからだと好意的に解釈してくれたらしい。
「それに、レイがずっと一人で工房に籠もって何か悩んでたの、知ってるから。……で? 私に手伝ってほしいことって、なに?」
「ああ。……ばぁちゃんの足を治すための治療費、金貨30枚。それを稼ぎたい」
俺がはっきりと告げると、セレナのエメラルドグリーンの瞳が大きく見開かれた。
「金貨30枚……必要なのは知ってるけど……でも そんな大金、どうやって……」
「ギルドの危険なクエストを受けるか、あるいは直接ダンジョンに潜る。ばぁちゃんの足は、そんなに長くは待ってくれない。悠長に安全な仕事をしている猶予はないんだ」
「本気で言ってるの? 私たちはまだFランクなのよ。そんな危険なことしたら、死ぬわよ!」
「わかってる。だから、レナに頼みたいんだ。俺一人の力じゃ、絶対に無理だから」
俺は真っ直ぐに彼女の目を見つめた。
戦闘能力皆無の俺にとって、幼い頃から剣を振り続け、前衛として確かな素質を持っている彼女の剣技は絶対に不可欠だ。
俺の『時間を巻き戻して最適解を探す』という泥臭い戦術も、彼女という強力な矛があって初めて成立する。
「レナの剣が必要なんだ。頼む、この通りだ」
再び深く頭を下げた俺に、セレナはしばらく沈黙した後、大きなため息をついた。
「……はぁ。本当に、無茶苦茶なんだから」
「レナ……」
「あんたがそこまで言うなら……仕方ないわね。付き合ってあげる」
呆れたように言いながらも、彼女の口元には微かな笑みが浮かんでいた。
「ありがとう、レナ。絶対に無茶はさせないって約束する」
「ふふん、足手まといにならないでよね。それじゃ、善は急げって言うし、早速ギルドに向かいましょ。どんな依頼があるか見てみないと」
俺たちは並んで歩き出し、冒険者や労働者が集まるギルドへと向かった。
だが、広場を抜けて裏路地に差し掛かった時のことだ。
「キャンッ! クゥゥ……」
「ははっ! 汚ぇ犬だな! こっち来んなよ!」
薄暗い路地の奥から、甲高い鳴き声と、下品な男たちの笑い声が聞こえてきた。
足を止めて視線を向けると、柄の悪い数人のチンピラが、真っ白な毛並みをした小さな犬を路地の壁際に追い詰め、面白半分に蹴りを入れたり石を投げたりしていた。
「なっ……あいつら!」
セレナが腰の剣に手をかけようとするより早く、俺は無意識のうちに駆け出していた。
脳裏をよぎったのは、馬車に轢かれて痛みに呻くばぁちゃんの姿だ。
理不尽な暴力で弱者をいたぶるクズどもを、これ以上見過ごすことなんてできなかった。
「おい! 何やってんだお前ら!」
俺が怒鳴り声を上げながら路地へ飛び込むと、チンピラたちは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに俺の貧相な装備を見て鼻で笑った。
「あぁ? なんだお前、底辺のガキが……ひっ!?」
男の言葉は、最後まで続かなかった。
俺の背後から静かに歩み出たセレナが、抜刀こそしないものの、剣の柄に手をかけたまま鋭い殺気を放って男たちを睨みつけたからだ。
「うちの幼なじみが、やめろって言ってるんだけど? まだ続ける気?」
ドスの効いたセレナの低い声と、その洗練された構えに、チンピラたちは顔を引きつらせた。
「チッ……なんだよ、ただ遊んでただけじゃねぇか。行くぞ!」
捨て台詞を吐き、男たちは逃げるように路地の奥へと消えていった。
「もう、レイったら急に飛び出すんだから。怪我はない?」
「ああ、悪い。……ほら、もう大丈夫だぞ」
俺はしゃがみ込み、壁際で震えている白い小さな犬に手を伸ばした。
「あら、可愛いワンちゃん。おいで?」
セレナも屈み込んで優しく声をかけるが、その白い犬はセレナには目もくれず、真っ直ぐに俺の方へと歩み寄ってきた。
そして、俺の足元でちょこんとお座りをすると、ルビーのように綺麗な赤い瞳で、じっと俺の顔を見上げてきたのだ。
「……おまえ、まさかあの時の犬か?」
「ふふっ、レイが助けてくれたこと、ちゃんと分かってるのよ。賢い子ね」
小さく尻尾を振るその姿は、先ほどまで怯えていたのが嘘のように人懐っこい。
「仕方ない。ほら、少しだけだぞ……」
俺がそっと頭を撫でてやると、白い犬は気持ちよさそうに目を細め、俺の手に擦り寄ってきた。
この時の俺はまだ、この小さな出会いが、後の俺の運命を大きく変えることになるとは知る由もなかった。




