第51話:坑道の先
「兄ちゃん」
後ろから声をかけられ、振り返ると、採掘班の責任者がこちらへ歩いてきた。
「助かったよ。思ってたより随分出てきやがった」
「全員無事ですか?」
「ああ。こっちは怪我人なしだ」
「良かった……」
「嬢ちゃんの腕は?」
「浅いです。血も止まりそうです」
「そうか」
責任者が安堵したように息を吐き、それからセレナの剣へ視線を移した。
「それにしても、いい剣だな。あれだけ爪とぶつけても持ってやがる」
「レイが作ったの!」
俺が答えるより先に、セレナが胸を張る。
「お前が自慢するのかよ」
「私の剣なんだからいいでしょ」
「へえ、兄ちゃんが?」
「一応、鍛冶師なんで」
「なるほどな。さっき鉱石見て目の色変えてたのも納得だ」
「そんなに変わってました?」
「変わってた」
「変わってたよ」
責任者とセレナの声が重なった。
何となくリリアを見ると、彼女まで小さく頷いている。
「……リリアまで頷くなよ」
「す、すみません」
謝りながらも、リリアは少し笑っていた。
戦闘の緊張が抜けたせいか、俺もようやく大きく息を吐くことができた。
怖かった。
セレナが傷を負った瞬間には身体が勝手に動きそうになったし、リリアが襲われた時も同じだった。
それでも二人は戦い切った。
俺が前へ出なくても、俺が全部何とかしなくても、セレナとリリアは自分たちで考えて動き、互いを助けながら戦える。
それはきっと、二人が俺の知らないところでも少しずつ積み重ねてきた結果なのだろう。
「少し休んだら作業を再開する。ただ、さっきみたいな数がもう一度出たら今日は撤収だ」
責任者がそう告げる。
「分かりました」
俺も異論はなかった。
報酬のために無理をして、誰かが大怪我をしたら意味がない。
鉱夫たちが休憩を始める中、俺はセレナから剣を借り、ランプの近くで刃の状態を細かく確認することにした。
大きな問題はない。
魔物の爪と何度も打ち合った跡は残っているものの、致命的な欠けや歪みは見当たらなかった。炎と氷、二種類の付与を繰り返した影響についても、少なくともこの場で確認できる範囲では異常はない。
「どう?」
隣からセレナが覗き込んでくる。
「今のところ問題ない。でも帰ったらちゃんと見る」
「まだ調整するの?」
「必要ならな」
「えー、もうこれでいいのに」
「使って分かることもあるんだよ。今日みたいな戦いを工房で再現するのは無理だろ」
「それはそうだけど……」
不満そうではあるが、剣を大切にしたい気持ちは同じなのだろう。それ以上は文句を言わず、俺から返された剣を受け取ると、汚れを丁寧に拭い始めた。
その隣ではリリアも自分の杖を確認している。
「リリア、そっちは?」
「問題ないと思います。以前のように、魔力が急に流れすぎる感覚もありませんでした」
「疲れは?」
「あります。ただ……以前よりも、自分で魔力を止める場所が分かりやすいです」
「なら良かった」
杖を作る時、一番怖かったのはそこだった。
魔力を通せるだけなら意味がない。リリア自身が扱える範囲で安定して使えなければ、また同じことが起きる可能性がある。
今日の戦闘では何度も付与を使った。
それでも暴走しなかった。
まだ一度の実戦で安心しきるつもりはないが、少なくとも方向は間違っていなかったらしい。
「……レイン様」
「ん?」
「ありがとうございます」
「急にどうした?」
「この杖がなければ、私は先ほどのようには動けなかったと思います」
「避けたのはリリア自身だぞ」
「それは……レナさんに教えていただいたからです」
「じゃあ俺の出番ないじゃん」
「そんなことはありません」
珍しく即答された。
思わずリリアを見ると、本人も少し恥ずかしくなったのか視線を落とす。
「この杖があるから、私は付与を使うことだけに集中できます。ですから……レイン様にも、レナさんにも、感謝しております」
「そっか」
「はい」
その横で聞いていたセレナが、なぜか満足そうに頷いていた。
「じゃあ三人のおかげだね」
「お前がまとめるのかよ」
「いいじゃん。ほんとのことでしょ?」
否定する理由はなかった。
セレナの剣を作ったのは俺だ。
リリアの杖を作ったのも俺だ。
けれど、武器だけでは魔物は倒せない。
リリアの付与があって、それをセレナが使いこなし、二人が互いを見ながら動いたからこそ、今回の戦いを切り抜けることができた。
そう考えると工房で仕上げた二つの武器が、今日ようやく本当の意味で二人のものになったような気がした。
「ワン」
足元から声がする。
見ると、コハクが俺の足へ前脚を乗せていた。
「何だよ」
「ワン」
「お前も何かしたみたいな顔するな」
しゃがんで頭を撫でてやる。
戦闘中は俺に抱えられていただけなのに、本人は妙に得意そうだった。
「コハクも大人しくしてて偉かったよ」
セレナがそう言うと、コハクは尻尾を大きく振る。
「セレナが言うと喜ぶのかよ」
「レイより私の方が好きなんじゃない?」
「それはない」
「どうかなー?」
そんなやり取りをしているうちに、張り詰めていた空気も少しずつ薄れていった。
やがて鉱夫たちは作業を再開し、再びつるはしが岩を叩く音が坑道に響き始める。
俺たちも警戒を続けたが、今度は魔物が現れることはなかった。
その代わり、どうしても俺の目は鉱夫たちの作業へ向いてしまう。
つるはしが岩を砕き、そこから取り出された石が選り分けられていく。
普段工房で買っている鉄とはまるで違う姿だ。
当然のことなのに、不思議な感じがした。
「そんなに気になるか?」
いつの間にか、責任者がこちらを見ていた。
「……やっぱり分かります?」
「ずっと見てりゃな」
責任者は笑いながら、足元に転がっていた石を一つ拾い上げた。表面の一部には、鈍い金属の色が覗いている。
「鉄鉱石だよ。この辺じゃ珍しくもねえ」
差し出されたので受け取ってみる。
ずしりとした重さが掌に乗った。
工房で扱っている鉄とは当然ながらまるで違う。これが砕かれ、選別され、精錬され、いくつもの工程を経て、やがて俺のところまでやって来る。
「同じ鉄でも、場所によって質は違うんですか?」
「そりゃ違うさ。ここらのは普通だが、奥へ行けばもっといい鉱脈もある」
「第二採掘区?」
「その先もな」
責任者が坑道の奥へ顎を向ける。
ランプの光が届かなくなった先に、さらに暗い道が続いていた。
「ただし、そこから先はお前らのランクじゃ入れねえ」
「Dランク……」
「ああ。腕上げてから来るんだな」
手の中の鉱石へ目を落とす。
今の俺が使っているものより質のいい鉄。
さらに奥には、特殊な性質を持った鉱石だってあるのかもしれない。
それを使えば、どんな剣が打てるのだろう。
セレナの剣はもっと良くできるのか。
リリアの付与と相性のいい素材もあるのか。
考え始めると、次々に知りたいことが出てくる。
昨日までなら、ランクを上げる理由として真っ先に考えていたのは王立学校や受けられる依頼のことだった。
けれど今は、もう一つある。
あの先へ行ってみたい。
どんな鉱石があるのか、自分の目で見て、触ってみたい。
そして、それを自分の手で武器にしてみたい。
「レイ」
「ん?」
「また顔変わってる」
セレナが呆れたように笑っていた。
「だから変わってないって」
「変わってます」
今度はリリアまで同意する。
「お前まで言うのかよ」
二人が笑う。
その足元では、いつの間にか近づいてきたコハクが、俺の持っている鉱石の匂いを嗅いでいた。
「お前まで興味あるのか?」
「ワン」
「食い物じゃないぞ」
コハクは当然答えず、何事もなかったように俺の足元へ座り込む。
俺は手の中の鉱石を握りながら、もう一度坑道の奥を見た。
怖くないと言えば嘘になる。
ここがどれだけ管理されていても、鉱山という場所そのものへの警戒が消えることは、おそらくない。
それでも、怖いから近づかないのではなく、危険を知った上で進めるようになりたい。
今日のリリアがそうだったように。
そして、傷を負っても前に立ち続けたセレナのように。
俺たちには、まだ先がある。
暗い坑道のさらに奥。
今はまだ入ることのできない場所へ続く道を見つめながら、俺は手の中の鉱石を強く握った。




