第48話:私の剣
「見せて!」
完成したと聞いた途端、セレナは椅子から飛び上がるように立ち、待ちきれない様子で作業台まで駆け寄ってきた。
「ほら」
完成した剣を差し出すと、セレナは両手で大事そうに受け取った。
さっきまであれほど騒いでいたのに、柄を握った途端に口を閉じる。
何度か指を動かして感触を確かめ、それからゆっくりと鞘を払って剣身を眺める横顔は、普段のセレナには珍しいくらい真剣だった。
「どうだ?」
しばらく待っても何も言わないので声をかけると、セレナは剣を見つめたまま小さく口を開いた。
「……これ、本当に私の?」
「今さら何言ってるんだ。お前のために作ったんだから、お前のに決まってるだろ」
「そっか……私の剣か」
嬉しそうに呟いて、また柄を握り直す。
その表情を見ただけで、何度も作り直した意味はあったような気がした。
「振ってきていい?」
「ああ。そのために作ったんだからな。ただし、まだ完成したばっかりだから無茶はするなよ」
「分かってるって!」
絶対に分かっていない返事をしながら、セレナは外へ飛び出していった。
俺とリリアもその後を追う。
工房から少し離れたところで、セレナは鞘から剣を抜いて構えた。握った手に余計な力が入っていないことを確認していると、次の瞬間には地面を強く蹴り、いつもの鋭い踏み込みから腰を回して剣を横薙ぎに振り抜いていた。
昨日までと違ったのは、その後だった。
振り抜いた剣を無理に引き戻すのではなく、身体を返す動きに合わせて自然に軌道を変え、そのまま次の一撃へ繋げていく。
俺がずっと気にしていた僅かな遅れは消え、剣の方がセレナの動きについていっているように見えた。
「……ああ、これだ」
思わず声が漏れた。
俺が作りたかったのは、たぶんこういう剣だった。
ただ軽いだけでも、ただ丈夫なだけでもない。セレナが普段通りに動いた時、その邪魔をせず、あいつの速さをそのまま剣へ伝えられる一本。
セレナ自身も違いを感じたらしく、一度止まって剣を眺めると、今度は先ほどよりも速く地面を蹴った。踏み込みから横薙ぎへ繋ぎ、身体を返しながら二撃目を振るったあと、さらに一歩踏み込んで三撃目まで繋げる。
何度か同じ動きを試したあと、セレナはようやく満足したのか、剣を手にしたままこちらへ振り返った。
「レイ!」
その顔には、隠す気もないほど大きな笑みが浮かんでいた。
「すごい! これ、すっごく使いやすい!」
「そうか?」
「軽いんだけど、軽すぎる感じもしないし、振ったあとに次へ動くのがすごく楽なの。それに握ってても全然変な感じがしない!」
「なら良かった。そこが一番気になってたんだ」
「ほんとにすごいよ!」
興奮したまま駆け寄ってきたセレナを見て、俺もようやく安心した。
狙ったものは作れたらしい。
「レイ、ありがとう!」
「おう。大事に――」
最後まで言い切るより早く、セレナが勢いのまま俺に抱きついてきた。
「うおっ!?」
完全に不意を突かれて一歩後ろへよろめいたものの、どうにか踏みとどまる。首に腕を回され、身体までぴったりと密着しているせいで、胸元には嫌でも柔らかな感触が伝わってきた。
近い――いや、近すぎる。
昔から知っているセレナだし、子供の頃にはもっと無遠慮にじゃれ合ったことだってある。
それなのに、今こうして身体を押しつけられると、あの頃と同じように考えるのはどう考えても無理だった。
柔らかいし、髪からなのか何なのか、妙にいい匂いまでしてくる。
……まずい。
「セ、セレナ」
「何?」
「いや、その……」
離れてくれと言えば済む話なのに、その一言がなぜかすぐには出てこない。
むしろ、もう少しくらいならこのままでも――などと考えかけて、俺は慌てて頭の中から追い払った。
何を考えてるんだ、俺は。
そんな時、ふとセレナの肩越しに視線を感じた。
少し離れたところで、リリアがこちらをじっと見ている。
目が合った。
「……」
「……」
なぜだろう。
何も悪いことをしていないはずなのに、ものすごく気まずい。
「レナさん」
「ん?」
リリアに呼ばれ、セレナがようやく俺から身体を離した。
ほっとしたような、それでいて少しだけ惜しいような気がしてしまい、そんな自分にまた嫌気が差す。
「どうしたの、リリア?」
「いえ……」
リリアは一度言葉を止めると、手にしていた杖を両手で抱え直した。
「私の杖も、レイン様に作っていただきました」
「ん? そうだな」
「……私だけの杖です」
「ああ。お前に合わせて作ったんだからな」
「大切にしております」
「知ってるよ。完成した時にも言ってくれただろ」
「……はい」
それで話は終わったと思ったのだが、なぜかリリアは僅かに頬を膨らませた。
普段のリリアではあまり見ない表情だったので気になったものの、理由まではさっぱり分からない。
「どうした?」
「何でもありません」
「でも――」
「何でもありません」
二度言われてしまった。
横にいるセレナも何かに気づいたらしく、リリアの顔をじっと見ている。
「リリア、もしかして――」
「レナさん」
「な、何?」
「剣、とてもお似合いです」
リリアはいつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「……ありがと」
セレナも笑って返したものの、二人の間には俺には分からない何かが流れているような気がする。
仲が悪いわけではないはずだ。
むしろ最近は随分仲良くなったと思っていたのだが、女同士というのはよく分からない。
「そうだ、リリア。せっかくだから付与も試してみないか?」
「私が、ですか?」
「ああ。あの剣は最初から、お前の付与を受けて使うことも考えて作ってるからな」
「やる!」
リリアより先にセレナが答えた。
「お前に聞いてない」
「私の剣なんだからいいでしょ」
「無茶だけはするなよ」
「分かってるって」
さっきも聞いた気がする返事だった。
リリアが小さく笑いながら前へ出ると、セレナの剣へ杖を向ける。今回は火を選んだらしく、短い詠唱のあと、剣身を淡い炎が包み込んだ。
以前にも同じ付与は試している。
それでも、完成した剣を構えるセレナを見ていると、あの時とは少し違って見えた。
セレナが地面を蹴り、炎を纏った剣を横薙ぎに振るうと、赤い軌跡が夕暮れの中を走った。その勢いのまま二撃目へ移っても剣は身体の動きから遅れず、リリアの付与も途切れることなく刃に乗っている。
俺が打った剣にリリアが力を与え、それをセレナが振るう。
俺一人ではあんなふうには戦えないし、リリアも前に出て剣を振るうわけではない。
セレナだって、自分で剣を打ったり付与を施したりすることはできない。
それでも三人がそれぞれできることを重ねれば、一人では作れない力になる。
まだ俺たちはファミリアですらない。
結成に必要な金貨一枚だって、まだ貯め切れていない。
それなのに、三人で戦う形だけは少しずつ出来始めているような気がした。
「どうですか、レナさん?」
付与を解いたリリアが尋ねると、セレナは剣を何度か眺めてから満足そうに鞘へ戻した。
「最高!」
「それは良かったです」
「リリアの付与もすごく使いやすかった。これなら前よりもっと速く動けそう」
「無理をなさらないでくださいね」
「大丈夫だって」
「俺も同じこと言ったぞ」
「二人とも心配しすぎ!」
セレナはそう言いながらも嬉しそうに笑い、腰へ下げたばかりの剣の柄を何度も確かめるように触っている。
よほど気に入ってくれたらしい。
「レイ」
「何だ?」
「これ、ずっと使うから」
「壊すなよ」
「そこは『大事にしろ』とかじゃないの!?」
「お前の戦い方を何日見たと思ってるんだ。そっちの方が心配なんだよ」
「壊さないって!」
セレナが抗議し、その隣でリリアが声を抑えて笑う。
俺もつられて笑いながら、セレナの腰に収まった剣を眺めた。
一本の剣を作っただけだ。
これで金が増えたわけでもなければ、俺たちのランクが上がったわけでもない。
それでも、リリアの手にはあいつのために作った杖があり、今はセレナの腰にも、あいつのために作った剣がある。
俺が鍛冶師として二人にできることは、こういうことなのかもしれない。
そして、二人が俺の作ったものを使ってくれるなら、次はもっといいものを作りたいとも思う。
そのためには腕も必要だが、材料だって必要になる。
今使える鉄よりもっと質のいい鉱石があれば、同じ形でもさらに丈夫で軽い剣を作れるかもしれない。魔力との相性がいい鉱石なら、リリアの付与にも何か違いが出る可能性だってある。
もっとも、そんな鉱石を好きに買えるほど金があるわけではないし、採れる場所に自由に入れるほど俺たちのランクも高くない。
まずは目の前のことからだ。
「次は金貨一枚だな」
俺がそう言うと、セレナとリリアが同時にこちらを向いた。
ファミリアを結成するために必要な登録費用。
人数はもう揃っている。
リリア自身も、一緒に入りたいと言ってくれた。
残っているのは金だけだ。
セレナは腰に下げたばかりの剣の柄を握ると、待ってましたと言わんばかりに笑った。
「じゃあ、これで稼ぎに行こうよ」
「完成したその日に使い潰す気か?」
「だから壊さないって言ってるでしょ!」
「レイン様」
リリアも自分の杖を抱えながら、一歩こちらへ近づいた。
「私も行きます。三人のファミリアですから、私も一緒に稼ぎたいです」
その言葉を聞いて、少しだけ嬉しくなる。
以前のリリアなら、きっと「レイン様がお望みでしたら」と言っていただろう。
今は違う。
自分から行きたいと言ってくれる。
「ああ。三人で稼ごう」
工房へ戻ったら、まず手元に残っている金を数え直す。それからギルドへ行って、今の俺たち三人で受けられる依頼を探せばいい。
金貨一枚を稼ぎ切れば、ようやく始められる。
セレナが新しい剣を腰に下げ、リリアが自分の杖を抱えている。その二人を見ながら、俺は自分たちのファミリアが少しずつ形になり始めていることを、今までよりはっきりと感じていた。




