第46話:消さない失敗
火床から取り出した鉄を金床へ置き、槌を振るう。
一度作った形を大きく崩さないよう、剣先側の厚みを少しずつ調整しながら、根元側との釣り合いを取り直していく。
変えるのは僅かな部分だけだ。
それでも剣は、その僅かな違いで持った時の感覚が変わる。
何度か熱しては叩き、形を確認して、必要ならまた火へ戻す。
その間、セレナは最初こそ俺のすぐ横で興味深そうに見ていたが、しばらくすると工房の隅に置いてある椅子へ移動した。
リリアもその隣に座り、二人で何か話している。
槌を振るうたびに響く音に邪魔され、会話の内容までは聞こえない。それでも時折セレナの笑い声が混じるのを聞きながら、俺は目の前の鉄へ意識を戻した。
熱した鉄は、槌を落とせば形を変える。
だからといって、ただ強く叩けばいいわけではない。どこへ槌を落とし、どの方向へ鉄を逃がすのかを考えながら形を作り、冷め始めれば無理に叩かず、もう一度火へ戻す。
焦って進めれば歪みが生まれ、その歪みを残したまま先へ進めば、後になって余計な手間がかかる。
何年も繰り返してきた、当たり前の作業だった。
それなのに今日は、一打ごとに昨日見たセレナの姿が頭に浮かぶ。
セレナは一度前へ出ると決めれば迷わない。
相手が自分より大きくても、危険だと分かっていても、一気に距離を詰めて剣を振るう。
第三廃砦でもそうだったし、コボルトと戦った時もそうだった。
俺が罠を作ったり、戦い方を考えたりしている間、実際に一番前へ出て敵の攻撃を受けるのはセレナだ。
だったら、その動きを鈍らせるような剣にはしたくない。
かといって、速く振れることだけを考えて薄く軽くしすぎれば、今度はセレナの無茶についていけなくなる。
振り始めが軽く、振り抜いたあとも次の動作へ繋ぎやすい。それでいて、敵の武器を正面から受けた時には簡単に負けない強さも必要になる。
欲しいものを一つ増やすたび、別のものとの釣り合いを取らなければならなかった。
「……面倒な剣だな」
思わず口から漏れる。
「何か言った?」
工房の隅から、しっかりセレナの声が飛んできた。
「お前が面倒だって言った」
「なんでよ!」
「使い方が荒いから」
「昨日リリアは荒いって意味じゃないって言った!」
昨日の話をまだ覚えていたらしい。
「レイン様。レナさんは、前へ出る力が強いだけです」
リリアまでセレナの味方をする。
「分かったよ。俺が悪かった」
そう答えながら、思わず笑ってしまった。
難しいし、手間もかかる。
いつも作っている剣より何倍も考えなければならないのに、不思議と嫌ではなかった。
むしろ、槌を振るうたびに少しずつ答えへ近づいていくような感覚がある。
俺はもう一度、赤く熱した鉄へ槌を振り下ろした。
◇
「もう一回持ってみてくれ」
日が傾き始めた頃、十分に冷ました剣身をセレナへ渡した。
午前中よりも輪郭が整い、まだ研ぎや焼き入れはしていないものの、形だけを見れば完成した剣を想像できるところまで来ている。
「今度は振っていい?」
「ゆっくりならな」
「分かってるって」
工房の中では危ないので、三人で外へ出る。
周囲に人がいないことを確かめてから、セレナは剣身を構えた。
最初はゆっくり。
次は少し速く。
何度か手首を返しながら振ったあと、セレナは剣身を目の前に立てて眺めた。
「どうだ?」
「うん。さっきより好き」
鍛冶師に伝える感想としては随分曖昧だ。
それでも午前中の「なんか変」よりはずっといい。
「先が残る感じは?」
「ほとんどなくなったと思う」
「ほとんど?」
「だって、まだ柄もついてないでしょ?」
「それはそうだな」
柄をつければ重心はまた変わるし、鍔の重さも加わる。
最終的には、その段階でもう一度調整する必要があるだろう。
それでも方向そのものは間違っていないらしい。
「ちょっと手、貸して」
「え?」
セレナの右手を取る。
「な、何?」
「握るところ決めるから」
「今?」
「今やらないと柄作れないだろ」
昨日使っていた剣より柄を短くすることは決めているが、太さや細かな形まではまだ決めきれていない。
俺はセレナの手を支えながら、普段どの位置に力が入っているのかを確かめていく。
親指から人差し指、中指へと順番に位置を見ていると、やはり鍔に近い側へ力が集まっていた。
ならば柄全体を同じ太さにするより、前側を僅かに調整した方が指は自然に収まりそうだ。
「握って」
「こう?」
「もう少し強く」
「……こう?」
「うん。そのまま」
指の位置を確認していると、さっきまで普通に力を入れていたはずのセレナの手が、なぜか少し柔らかくなった。
「レナ?」
「……何?」
「力抜いた?」
「抜いてない」
「さっきより緩くなってるぞ」
「知らない!」
「いや、それじゃ測れないだろ」
「もういいから早くして!」
急に怒られた。
理由が分からないまま顔を上げると、セレナは俺ではなく横を向いている。
「何なんだよ……」
「レイン様」
少し離れたところからリリアに呼ばれた。
振り返ると、何とも言えない表情でこちらを見ている。
「何?」
「……いえ。そのまま続けてください」
「だから何なんだよ」
結局、答えてはくれなかった。
最近こういうことが多い。
俺だけ何か分かっていないような気がするものの、考えても分からないものは仕方がない。
今は剣だ。
もう一度セレナの手を確認し、必要な寸法を覚えてからようやく離した。
「大体分かった」
「……そ」
セレナは相変わらず俺と目を合わせず、さっきまで俺が触っていた右手を左手で包んでいる。
痛かったのかとも思ったが、そのわりには怒っているようにも見えない。
聞けばまた怒られそうなので、今度は黙っておくことにした。
◇
夕方になり、セレナが自分の家へ帰ったあと、俺は一人で工房へ戻った。
リリアは母屋にいて、ばぁちゃんと一緒に夕食の支度をしている。
少し前までなら、リリアが台所へ立つ理由は「働かなければならないから」だった。
何もしなければ捨てられる。
役に立たなければ、ここにいる資格がない。
そんな考えが、まだ身体の奥深くに残っていた。
今は少し違う。
ばぁちゃんに教えてもらった料理を自分でも作ってみたいと言ったり、三人分の食事を用意する時に自然と手を貸したりするようになった。
もちろん、昔の癖が完全になくなったわけではない。
それでも、本人がやりたいと思って台所へ立つことが少しずつ増えているのなら、それでいいのだと思う。
急に全部が変わる必要なんてない。
俺だって同じだ。
作業台へ視線を戻す。
そこには、今日作った二種類の刃物が並んでいた。
一つは武具屋へ納める短剣で、明日持っていけば金になる。農具の修繕分も合わせれば、まだ金貨一枚には遠くても、ファミリアの登録費用へ確実に近づくことができる。
もう一つは、まだ完成していないセレナの剣だ。
こっちは金にならない。
材料を使い、時間を使い、いつもの剣よりずっと手間をかけているのに、完成したところで一枚の銅貨にもならない。
それでも、無駄なことをしているとは少しも思わなかった。
剣身を手に取り、今日作った輪郭をもう一度確かめる。
朝に比べれば、ずっと剣らしくなった。
セレナ自身も、さっきより好きだと言ってくれた。
このまま焼き入れをして刃を研ぎ、柄をつければ、剣としては十分に完成させられるだろう。
今使っている剣より軽く、セレナにも合っている。
そこまで考えたところで、俺は剣身を作業台へ戻した。
まだ何かが引っかかっていた。
大きな失敗があるわけではない。形がおかしいわけでもなければ、セレナ自身が使いにくいと言ったわけでもない。
それでも今日一日、あいつの動きを思い浮かべながら鉄を叩いていたせいか、ほんの僅かな違和感が残っている。
どこだ。
頭の中でもう一度、セレナが剣を振った時の動きを追ってみる。
構えた時ではない。
振り始めでもない。
踏み込んで剣を振り抜き、そこから次の動作へ移ろうとした瞬間だった。
あの一瞬だけ、剣先がセレナの身体より僅かに遅れているように見えた。
ほんの少しの差だ。
今まで納品用の剣を作っていて、そんなところまで気にしたことはなかった。誰が使うのか分からない剣なら、それで問題ないし、そもそも万人にとって完璧な一本など作れるはずもない。
けれど今回は違う。
誰が使うのか知っている。
どう構え、どう踏み込み、どう振るのかも知っている。
そこまで知っていて気づいた違和感なら、見なかったことにして完成させる理由はなかった。
明日、もう一度調整しよう。
必要なら形を変えて、またセレナに振ってもらえばいい。それでも違うなら、何が違うのかをもう一度考える。
そのために時の楔を使う必要もない。
今日作ったものを消して、朝からやり直す必要なんてなかった。
今日ここまで作ったからこそ、明日直すべき場所が見えている。
失敗しないことだけが、前へ進む方法ではない。
工房の奥から、ばぁちゃんとリリアの話し声が聞こえてきた。
どうやら夕食ができたらしい。
俺は剣身を布の上へ置き、その隣に今日仕上げた短剣を並べる。
ファミリアを作るための金貨一枚には、まだ届いていない。セレナの剣も、完成まではもう少しかかるだろう。
それでも、昨日までは頭の中にしかなかったものが、今日は確かに形になり始めている。
金を貯めることも、剣を作ることも、一日で終わらせる必要はない。
今日できたところまでを明日に繋げ、その続きをまた積み重ねていけばいい。
炉に残った火を消してから、俺は作業台の上の剣をもう一度だけ振り返った。
明日は、もう少しセレナに近い剣にしよう。
そう決めて、夕食の待つ母屋へ向かった。




