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時の楔 ~死ねない底辺鍛冶師、セーブ&ロードで運命を覆す~  作者: あくす


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第45話:一本を打つ

翌朝。


いつものように工房の土間へ鉄の楔を打ち込み、炉に火を入れる。

最初に手をつけたのは、セレナの剣ではなかった。


作業台の端には、武具屋へ納めるための短剣が置いてある。昨日のうちに途中まで仕上げていたもので、残っている工程を考えれば、それほど時間はかからない。


俺は火床へ鉄を入れ、ふいごを動かした。


黒かった鉄が赤く染まり、やがて橙色へ変わっていく。十分に熱が入ったところで取り出して金床へ置き、そのまま槌を振り下ろす。


甲高い音が工房に響いた。


裏返して、また叩く。


どこを伸ばし、どこに厚みを残すのかを一つ一つ考えなくても、槌を持つ手は自然に動いた。親父の工房にいた頃から何度も繰り返してきた作業だからだ。


俺に特別な鍛冶のスキルはない。

それでも、何年も鉄を叩き続けていれば身につくものはある。


刃の厚みを確かめ、僅かな歪みを直し、冷めてきたところでもう一度火床へ戻す。再び熱した鉄を叩いて形を整えていけば、最初はただの鉄だったものが、少しずつ一本の短剣へ変わっていく。


特別なものを作っているわけではない。


冒険者が腰に差して使う、ごく普通の短剣だ。


けれど普通だからといって、適当に作っていいわけではなかった。


刃が簡単に欠けないだけの厚みを残し、それでいて持ち歩く邪魔にならない重さにする。


柄も誰か一人の手に合わせるのではなく、なるべく多くの人間が違和感なく握れる太さにしてある。


この短剣を誰が買うのか、俺は知らない。


だからこそ、誰が買ったとしても困らないものを作る。


それが売り物を作る時の、俺なりのやり方だった。


最後に歪みが残っていないことを確認してから、俺は仕上がった短剣を作業台へ置いた。


「……よし」


これで納品分は終わりだ。

そこでようやく、作業台の反対側へ視線を移す。

昨日引いた設計図と、その横に用意した鉄材が置いてある。


セレナの剣だ。


同じ刃物を作るのだから、使う道具が変わるわけではない。基本的な工程だって、さっきまで作っていた短剣と大きく違うわけではなかった。


それなのに、鉄材を手に取ったところで、さっきまで迷いなく動いていた手が止まった。


「……なんで緊張してんだ、俺」


誰も聞いていない工房で、自分でも呆れながら呟く。

失敗するのが怖いわけではない。


鉄材ならまだあるし、途中で形がおかしいと気づけば修正することもできる。それでも炉へ入れる前から何度も設計図を見てしまうのは、今から作る剣を誰が使うのか、あまりにもよく知っているからなのかもしれなかった。


昨日見たセレナの動きを思い返す。


地面を強く蹴って一気に距離を詰め、その勢いを殺さずに腰を回して横薙ぎへ繋げる。剣を振り抜いた後もそこで動きを止めず、すぐに足を運んで次の一撃へ移っていた。


柄を握る位置も、いつも僅かに鍔側へ寄っている。

何度も一緒に戦ってきたはずなのに、剣を作るつもりで見なければ気づかなかったことがいくつもあった。


今度は、それを鉄の形へ変えなければならない。


俺は一度息を吐いてから、鉄材を火床へ入れた。


考えているだけでは剣にはならない。


まずは打ってみる。


そこから考えればいい。


◇


昼前になると、工房の外から聞き慣れた足音が近づいてきた。


「レイー! できた?」


入ってくるなり、セレナがそんなことを言う。


「そんな早くできるか」

「昨日から作ってるじゃない」

「昨日は設計してただけだ」

「じゃあ今日は朝から作ってるんでしょ?」

「作ってるよ」


俺が金床の方を顎で示すと、セレナはすぐにそちらへ駆け寄った。


金床の上には、剣と呼ぶにはまだ不格好な鉄が置かれている。刃は研いでおらず、表面も荒いままで、柄もついていない。剣身のおおまかな形がようやく見えてきた程度だった。


「……これ?」

「これ」

「私の剣?」

「だからそうだって」


セレナはしばらく黙って眺めたあと、少しだけ首を傾げた。


「なんか……剣っぽくない」

「まだ途中だからな」

「昨日の絵の方が剣っぽかった」

「絵と比べるな」


後ろから小さな笑い声が聞こえた。


振り返ると、母屋からリリアがこちらへ歩いてくるところだった。胸元には、完成してからすっかり見慣れてきた自分の杖を抱えている。


「レナさん、おはようございます」

「おはよ、リリア。ねえ見て。私の剣なんだって」

「はい。朝からずっと作っておられました」

「ずっと?」

「はい」


余計なことを言う。

案の定、セレナがこっちを見た。


「そんなに時間かかるの?」

「普通だよ」

「でも、あっちの短剣はもうできてるじゃない」


作業台に置いてある納品用の短剣を見つけたらしい。


「あれは昨日から作ってたやつだ。それに、形もいつも作ってるのと同じだからな」

「私のは?」

「お前のは同じにしたら意味ないだろ」


言ってから、昨日も似たような話をしたことを思い出した。


これ以上同じ説明を繰り返す必要もない。

俺は金床に置いていた剣身を持ち上げた。


「ちょうどいい。握ってみてくれ」

「え?」

「もう熱くないから大丈夫だ」


刃になる部分へ念のため布を巻き、セレナへ差し出す。


当然ながら、まだ柄はついていない。握る場所も鉄が剥き出しのままだ。

セレナは少し戸惑いながら受け取ると、剣身を片手で持ち上げた。


「どうだ?」

「どうって……」

「重さとか、持った感じ」


セレナが軽く振ろうとしたので、慌てて止める。


「待て待て。まだ振るな」

「なんで?」

「刃はついてないけど、人に当たったら普通に痛い」

「分かってるわよ」


本当に分かっているのか怪しい。


それでもセレナは言われた通り大きく振るのをやめ、腕を伸ばしたり剣身を立てたりしながら感触を確かめ始めた。


しばらくすると、僅かに眉を寄せる。


「レナ?」

「昨日のより軽い」

「今使ってる剣よりは軽くするつもりだからな」

「でも……なんか変」

「どこが?」


セレナは答えを探すように、もう一度剣身を構えた。


「軽いんだけど……先だけ残る感じがする」


鍛冶師同士の会話なら、それだけでは何を指しているのか分からない。

けれど今回は、それで十分だった。


俺はセレナから剣身を受け取り、同じように構えてみる。


全体の重量は確かに今の剣より軽くなっている。ただ、まだ刃の厚みをかなり残しているせいで、重心が設計した時に想定していたよりも前へ寄っていた。


完成までに削る分を考えれば多少は手元へ戻る。

それでも、セレナが感じた違和感を無視する理由はない。


「もう少し後ろに寄せるか……」


昨日決めた設計より、さらに僅かに重心を手元へ寄せた方がいいのかもしれない。

数字の上では問題ないと思っていた。


実際、俺が持っただけなら大きな違和感もない。

けれど、セレナが握った時には違った。


「レイ?」

「少し直す」

「え、私変なこと言った?」

「逆だよ。言ってくれて助かった」

「そうなの?」

「ああ」


俺が剣身を金床へ戻すと、セレナはまだ不思議そうにこちらを見ていた。

その隣では、リリアがどこか嬉しそうに笑っている。


「何だよ」

「いえ。杖を作っていただいた時と同じだと思いまして」

「杖?」

「はい」


リリアが胸元の杖へ手を添えた。


「私にも、何度も聞いてくださいましたから。長さはどうか、握りにくくないか、魔力を流した時に違和感はないか、と」


そう言われると、確かにそうだった。


最初は俺だけで答えを出そうとしていた。自分が作るのだから、自分が正しい形を決めなければならないと思っていたからだ。


けれど実際には、俺には分からないことがいくつもあった。


杖を使うのはリリアだった。


なら、今回も同じなのだろう。


剣についてなら杖よりずっと詳しいし、作り方だって分かっている。それでも、セレナの手の中でどう感じるのかまでは、俺が代わりに決められるものではない。


「じゃあ、もっと言ってくれ」


俺が言うと、セレナが目を瞬いた。


「何を?」

「気になるところ。重いとか軽いとか、握りにくいとか。何でもいい」

「レイが決めるんじゃないの?」

「俺も決める。でも使うのはお前だろ」


セレナは金床に置かれた剣身へ視線を落とした。


「私、剣のことそんなに詳しくないよ?」

「知ってる」

「ちょっと!」

「作り方の話だよ」


思わず笑ってから、俺は続ける。


「どう作るかは俺が考える。お前は使った感じを言ってくれればいい。それなら分かるだろ?」


しばらく俺を見ていたセレナが、やがて小さく頷いた。


「……うん。それなら分かる」


俺はもう一度、金床の上の剣身へ目を向けた。

最初から俺一人で完成させるつもりだった剣が、少しずつ違うものになっている気がした。


作るのは俺だ。

けれど、答えを決めるのは俺だけじゃない。


セレナが使い、俺が直す。


それを繰り返していけば、いつか本当にこいつのための一本になるのかもしれない。


「じゃあ、もう少し付き合ってくれ」


「もちろん!」


迷いなく返ってきた声を聞きながら、俺は再び炉へ向かった。


さっきよりも少しだけ、次に槌を落とす場所が見えていた。

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