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時の楔 ~死ねない底辺鍛冶師、セーブ&ロードで運命を覆す~  作者: あくす


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第43話:三人で始めるために

翌朝。


工房の戸を開けると、先に外で待っていたセレナが大きく手を振った。


「おはよ、レイ!」


「おはよう。今日は早いな」


「昨日、リリアの杖が完成しそうだって言ってたでしょ? 気になってたのよ」


どうやらそれを見に来たらしい。


俺が振り返ると、少し遅れて工房から出てきたリリアの手には、昨日完成したばかりの杖が握られていた。何度も試して安全を確認したとはいえ、まだ傷一つない新品だ。


けれどリリアは壊さないよう恐る恐る持つのではなく、もう自分の手に馴染ませようとしているのか、自然に身体の横へ添えている。


セレナもすぐに気づいた。


「それ! 完成したの?」


「はい」


リリアは杖を両手で持ち直すと、ほんの少しだけ誇らしそうに頷いた。


「レイン様が、私のために作ってくださいました」


「へえ……ちょっと見せて」


セレナが近づく。

するとリリアは一瞬だけ杖を差し出しかけたものの、なぜか途中で胸元へ引き戻した。


「……リリア?」


「す、すみません」


「取らないわよ!」


「そういうつもりでは……」


慌てて杖を差し出すリリアを見て、俺は思わず笑ってしまった。

昨日も大切にすると言っていたが、どうやら俺が思っていた以上に気に入ってくれたらしい。


セレナはそんなリリアから杖を受け取ると、重さを確かめるように何度か持ち替えた。


「思ったより軽い」


「リリアに合わせたからな。重すぎても使いにくいだろ」


「ふーん」


今度は柄を眺める。


「ここ、ちょっと細くなってる?」


「そこもリリアの手に合わせて削った」


「ふぅん……」


さっきより返事が低い。

嫌な予感がしてセレナを見ると、杖ではなく俺をじっと見ていた。


「何だよ」


「……私のは?」


「何が?」


「剣」


あまりにも当然のように言われて、意味を理解するまで少しかかった。


「なんでそうなるんだよ」


「だってリリアには専用の杖を作ったんでしょ?」


「必要だったからだよ。リリア、まともな杖を持ってなかっただろ」


「私だってレイが作った剣なんて持ってないもん」


セレナは腰に差していた剣の柄を軽く叩いた。

確かに、それは俺が作ったものではない。


昇格試験より前から使っている、ごく普通の冒険者向けの剣だ。粗悪品ではないし、これまで何度もセレナの命を守ってきた以上、悪い剣だとも思わない。


けれど昨日、リリアのためだけに一本の杖を作ったことで、以前なら気にもしなかった部分が目につくようになっていた。


柄の長さ。


重心。


刃の幅。


セレナは力もあるが、重い一撃で押し切るだけの剣士ではない。踏み込みが速く、身体ごと相手の懐へ飛び込んでから次の動作へ繋げる。その戦い方を考えると、今の剣が本当にセレナに合っているのかと聞かれれば、もっと良くできる部分はある気がした。


「……作ってみるか」


「ほんと!?」


さっきまで不満そうだった顔が一瞬で明るくなる。


「ただし、すぐには無理だぞ」


「なんで?」


「今度はちゃんと、お前がどう剣を使ってるのか見てから作りたい。長さも重さも、適当に決めたくないんだ」


リリアの杖を作った時、俺は何度も彼女の手に合わせて柄を削った。魔力の流し方も本人に聞き、一緒に考えたからこそ、最後にはリリアが自然に使える一本になった。


剣だって同じはずだ。


納品用なら、多くの人間が問題なく使える形に仕上げればいい。だがセレナのために作るなら、誰にでも使いやすい剣ではなく、セレナが使いやすい剣にしたかった。


「分かった。じゃあ今日からいっぱい見ててね、レイ」


「いや、そういう言い方されると変な感じするな」


「何よ。見るって言ったのレイでしょ」


「戦い方をだよ」


横で聞いていたリリアが、小さく笑った。


◇


結局、その日の午前中は剣作りではなく、工房に溜まっていた仕事を片付けることになった。


「自分たちの物を作るのもいいけどねぇ」


ばぁちゃんが作業台の端へ、短剣や農具の束をどさりと置く。


「こっちも金をもらってる仕事なんだから、忘れるんじゃないよ」


「……分かってるよ」


忘れていたわけではない。


ただ、ここ数日はリリアの杖のことで頭がいっぱいになっていたのは事実だった。


依頼されていたのは、刃こぼれした短剣の研ぎ直しが二本、農作業用の鎌が三本、それに武具屋へ納める予定の短剣が四本。一本一本は特別難しい仕事ではないが、だからといって雑に済ませていいものでもない。


俺は炉に火を入れ、まず納品用の短剣から取りかかった。


赤く熱した鉄を叩き、形を整え、温度を見ながら再び炉へ戻す。


何度も繰り返してきた作業だ。


リリアの杖を作っていた時のように、使う人間の指の位置を一つずつ確認することはない。誰が買うのかも分からない以上、癖を強くするより、多くの人間が扱いやすい長さと重さに仕上げる方が商品としては正しい。


だからといって、気持ちを入れていないわけではなかった。


金を受け取って渡す以上、刃がすぐ欠けるような物を作るつもりはないし、握った瞬間に不安を感じるような仕上がりにもしたくない。俺の名前が知られていようがいまいが、作った物を誰かが実際に使うことに変わりはない。


ただ――。


作業台の横に立てかけられたセレナの剣へ、ふと視線が向いた。


あれを作る時は、たぶん同じではない。


売るための剣なら、値段に見合った品質へきちんと仕上げる。


セレナに渡す剣なら、その先まで考える。


どんな握り方をするのか。どこへ踏み込むのか。振り抜いたあと、次にどう身体を動かすのか。


幼い頃から何度となく見てきたセレナの動きと、冒険者になってから隣で見てきた戦い方。その全部を一本の剣の形に落とし込んでみたい。


売り物だから手を抜くわけじゃない。


でも、セレナのために作る一本には、きっとそれだけでは足りない。


そんなことを考えている自分に気づき、俺は少しだけ可笑しくなった。


「レイン様?」


「ん?」


「手が止まっています」


「ああ、悪い」


俺は再び槌を振り上げた。

今はまず、目の前の仕事だ。


◇


昼過ぎ。


仕上げた短剣を武具屋へ納め、代金を受け取った俺たちは、その足でギルドへ向かった。


セレナとリリアも一緒だ。


目的は、ファミリアの登録について改めて確認するためだった。

三人目が必要だということは以前から分かっていた。

そして今は、俺、セレナ、リリアの三人がいる。


人数だけなら、もう条件を満たしている。

それでも今まで申請しなかったのは、リリアが三人目になったからといって、そのままファミリアへ入れるつもりがなかったからだ。


リリアを自由にした直後、一度だけファミリアの話をした。


あの時リリアが口にしたのは、自分が入りたいという言葉ではなかった。


俺が望むなら。


必要なら。


命じるなら。


言い方こそ違っても、その根にあるものは同じだった。

だから俺は待つことにした。

ファミリアに入ることくらい、せめて自分で選んでほしかった。


受付へ向かい、以前聞いた登録条件に変更がないか確認する。


「新規ファミリアの登録ですね。最低三名から申請可能です」


受付嬢が俺たち三人を見た。


「登録料は金貨一枚となります」


「金貨一枚か……」


思わず繰り返した。

安くはない。


リリアを自由にするために六十枚もの金貨を動かしたせいで感覚がおかしくなりそうになるが、本来、金貨は何枚も気軽に財布から出せるような金じゃない。


まして今は、あの時と同じ方法で大金を用意するつもりもなかった。


自分たちがこれから始めるための金だ。

だったら、自分たちで稼げばいい。


「すぐ登録されますか?」


受付嬢に尋ねられたが、俺は首を横に振った。


「いや、今日は確認だけで」


「かしこまりました。登録される際は、創設される三名でこちらへお越しください」


礼を言って受付を離れる。

ギルドの外へ出たところで、セレナが隣から俺の顔を覗き込んだ。


「金貨一枚だって」


「聞いてたよ」


「結構するね」


「ああ」


とはいえ、無理な金額ではない。


ギルドで依頼を受けてもいいし、今日のように工房で武具を作って納品することもできる。セレナとリリアが一緒なら、以前より受けられる依頼の幅だって広がるはずだ。


どう稼ぐかを考え始めたところで、後ろから小さな声がした。


「レイン様」


振り返る。


リリアが立ち止まっていた。

胸元には、昨日作った杖が抱かれている。


「どうした?」


「先ほどのお話なのですが……」


「ファミリア?」


「はい」


リリアは一度セレナを見て、それから俺を見る。

何かを言おうとしているのは分かった。

けれど、なかなか言葉が出てこない。


「別に急がなくていいぞ」


俺はそう言った。


「前にも言っただろ。俺たちが三人目を必要としてるからって、それでリリアが入らなきゃいけないわけじゃない」


「……はい」


「入りたくなったら入ればいいし、嫌なら断っていい。金のことだって俺たちで――」


「違います」


珍しく、俺の言葉をリリアが遮った。

俺もセレナも黙る。

リリアは杖を握る手に少しだけ力を込めていた。


「私は……」


一度言葉を切る。


それから小さく息を吸った。


「私も、お二人のファミリアに入りたいです」


一瞬、意味を理解するのが遅れた。


「……いいのか?」


聞き返すと、リリアは頷いた。


「はい」


今度の返事には迷いがなかった。


「レイン様がお望みだからではありません」


その言葉に、俺は何も言えなくなった。


以前のリリアなら、きっとそんな言い方はしなかった。


自分が何を望んでいるかより、俺が何を望んでいるかを先に考えていた。


服を選ぶ時も。


報酬を受け取る時も。


杖を作り始めた時でさえ、最初は自分の希望を口にすることを躊躇っていた。


それが今は、自分から入りたいと言った。


「私が……入りたいのです」


もう一度、今度はさっきよりはっきりと言う。

隣でセレナが笑った。


「じゃあ決まりね」


「おい。まだ金貨一枚が――」


「稼げばいいじゃない」


簡単に言う。

けれど、それを聞いたリリアも頷いた。


「私も稼ぎます」


「リリアまで……」


「三人で作るファミリアなのでしたら、私も出したいです」


その言葉を聞いて、また少し驚かされた。

俺が払う。

セレナが払う。

そういう話ではないらしい。


リリアは自分も、その三人の中に入っているつもりで話している。


少し前までなら、きっと「レイン様のお役に立つために働きます」と言っていただろう。


似ているようで、全然違う。


俺は腰に下げた財布へ手を当てた。


今日、短剣を納品して受け取った金が入っている。


これだけでは金貨一枚には届かない。


けれど、急ぐ必要もない。

ギルドの依頼を受ける。

俺は工房でも稼ぐ。

その合間には、セレナの剣も作りたい。


やることは一気に増えたが、不思議と嫌な気分ではなかった。


「分かった」


俺は二人を見る。


「じゃあ金貨一枚、三人で稼ごう」


「うん!」


「はい」


セレナが笑い、リリアも小さく頷いた。


金貨一枚。


決して安くはない。


けれど今度は、誰かを買い戻すための金じゃない。

俺たち三人が、自分たちで選んだ場所を作るための金だ。


少し前まで、ファミリアを作るために必要なのは三人目だと思っていた。


人数だけなら、リリアを連れて帰ってきた時点ですでに揃っていた。


けれど、たぶんそれだけでは足りなかったのだ。


三人いることと、三人で始めたいと思うことは違う。


今日ようやく、その二つが同じになった。


あとは金貨一枚。


俺は工房仕事で硬くなった自分の手を見てから、隣を歩き始めた二人を追いかけた。


冒険者として稼ぐ方法もある。


鍛冶師として稼ぐ方法もある。


俺たちには、どちらもある。


なら――三人で始めるための金くらい、三人で稼いでみよう。

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