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時の楔 ~死ねない底辺鍛冶師、セーブ&ロードで運命を覆す~  作者: あくす


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第3話 : 冷や汗

「レイ? どうしたの、そんな顔して」



いつもの広場。

夕暮れの空の下で、セレナは不思議そうに小首を傾げた。


その瞳には、今日の昼間に俺が経験した絶望の影は微塵もない。


「いや……なんでもない。ただ、お前が無事でよかったなって」


「変なの。私に何かあるわけないじゃない。……あ、お父さん今日いいお肉買ってきてくれるんだって! レイも後で食べに来るよね?」


「ああ。楽しみにしとくよ」


無邪気に笑うセレナを見送りながら、俺は胸の奥で小さく息を吐いた。


おじさんは無事に帰ってくる。

あの悲惨な崩落事故は、確かに起こったというのに。


セレナにとっては、ただの『いつも通りの日常』だ。


だが、俺だけは違う。俺は1人、いつも通りの日常を送れずにいた。


時間が巻き戻っている感覚。

そして、絶望的な未来をこの手で変えたという明確な自覚。



夜。

俺はばぁちゃんの目を盗んで、1人工房に籠っていた。


炉の火は落としてある。


静まり返った薄暗い部屋の中で、俺は今日起こった異常な事象を必死に思い返していた。



(落ち着け。冷静になれ)



偶然、奇跡が起きて時間が戻った?

いや、そんなおとぎ話みたいな話があるわけない。



トリガーとなった『何か』が必ずあるはずだ。



俺の行動。



巻き戻る直前の記憶。



「……あれしかない」



視線を落とす。


工房の土間の隅。


いつも、無力な自分への戒めのように打ち付け続けていた鉄の楔。


それを怒りに任せて引き抜いた瞬間、世界は白い光に包まれたのだ。


仮説は立った。


あとは、自分で解き明かすだけだ。


「よし、誰もいないな」


俺はハンマーを手に取り、いつものように新しく作った鉄の楔を、力強く土間に打ち込んだ。


カンッ!


これでよし、と。


次に俺は、作業台の端に置いてあった古い小瓶を手に取った。



「……おらよっと」



手首のスナップを利かせて、土間の反対側へ放り投げる。

ガシャンッ! という派手な音と共に小瓶は粉々に砕け散り、破片が床一面に撒き散らされた。


「よし、これでいい」


取り返しのつかない事象を、意図的に作り出した。

俺はゆっくりと歩み寄り、先ほど打ち込んだばかりの鉄の楔の前に立つ。


「……ちょっと怖いけど、やってみるか」


ごくり、と唾を飲み込む。伸ばした手が、微かに震えていた。


これがただの勘違いなら、俺は備品を無駄に壊したただの馬鹿だ。


だが、もし本当にこの楔が、時間を操る引き金なのだとしたら。


「……っ!」


俺はビクビクしながらも意を決して、刺さった楔を一気に引き抜いた。


ぅぅ……っ。


視界が、強烈な白い光に包まれる。


奇妙な浮遊感。内臓がふわりと浮き上がるような感覚。


そして光が収まると――そこは今と変わらず、薄暗い工房の中だった。


「……あれ? やっぱり気のせいだった、のか……?」


何も変わっていない。

そう思い、何気なく壁に掛けられた古時計を見上げた瞬間、俺の心臓がドクンと大きく跳ねた。


針が、戻っている。


楔を引き抜く直前に確認した時間から、きっちり『2分ほど前』に。


俺は弾かれたように振り返り、工房の土間を見た。


「…………マジかよ」


さっきまで床一面に散らばっていたはずの小瓶の破片が、跡形もなく消え去っている。


いや、消えたんじゃない。


小瓶は、俺が放り投げる前と全く同じ姿で、作業台の端に元通りにちょこんと置かれていた。


紛れもない事実が、目の前にある。


俺は、自分の中に『やばすぎる能力』が宿っていることに気づいてしまった。


気温が冷え込んでいる夜だというのに、額から、背中から、嫌な汗がじわりと吹き出して止まらなかった。

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