第2話 : 救済
「どうした、鳩が豆鉄砲食ったような顔して。……ああ、今日は稼ぎのいい現場だからな。帰ったら、レナの好きな肉でも買ってやるよ」
その言葉を聞いた瞬間、全身の血が逆流するような感覚に襲われた。
同じだ。
今日の昼間、俺が経験したあの悲劇の朝に、おじさんが言っていた言葉と....
時間が、戻っている。
あのガラクタの楔が、俺を過去へ引き戻したのか?
(止めなきゃ……でも、どうやって!?)
『これから鉱山が崩落して、あんたは死ぬんだ』
そんなこと、口が裂けても言えない。
何もない晴れた朝に未来の悲劇を語ったところで、頭がおかしくなったと思われるだけだ。
笑って聞き流されて、そのまま仕事へ向かってしまうだろう。
「あのっ、おじさん! 今日は……その、駄目だ! 仕事には行かないでくれ!」
俺は必死におじさんの腕にしがみついた。
「おいおい、急にどうしたんだ? 確かにキツい現場だが、今回は上位ファミリア様直々の依頼だぞ。こんな割のいい仕事、フイにするわけにはいかねえよ」
「お願いだ、今日だけは家にいてくれ! 嫌な予感がするんだ!」
「馬鹿言え。お前、疲れて悪い夢でも見たんじゃねえのか?」
おじさんは笑って、俺の手を優しく、だが力強く振り解こうとする。
駄目だ。言葉じゃ止められない。
俺は、親父と兄貴のいる優秀なファミリアから「無能」の烙印を押されて追放された身だ。
今はばぁちゃんと二人、このボロボロの工房でその日暮らしをしている。
そんな底辺の俺が「嫌な予感がする」と言ったところで、大人を引き留められるほどの説得力なんてあるはずがなかった。
このままじゃ、またおじさんは死ぬ。
セレナが泣き叫ぶ、あの絶望の夕暮れが繰り返される。
(どうする……どうすれば……!)
焦りがピークに達したその時、俺の脳裏に一つの強引な手段が閃いた。
言葉で説得できないなら、物理的に足止めするしかない。
「うっ……あ……っ」
俺はわざとらしく呻き声を上げ、胸を強く押さえて、その場にぐらりと崩れ落ちた。
「おい!? レイン! どうした、おいしっかりしろ!」
地面に倒れ伏した俺を、おじさんが慌てて抱き起こす。
「うぅ……胸が……息が……っ」
「顔面蒼白じゃねえか! クソッ、仕事どころじゃねえ、ばぁさんを呼んでくる! いや、まずは家の中へ運ぶぞ!」
大慌てで俺を担ぎ上げ、家の中へと運び込むおじさん。
「ばぁさん! レインが倒れた!」という切羽詰まった叫び声に、奥の部屋からばぁちゃんが血相を変えて飛び出してきた。
心苦しさはあったが、俺はベッドに寝かされてからも、必死に苦しむふりを続けた。
おじさんは仕事の出発時間をとうに過ぎても俺の側を離れず、ばぁちゃんと一緒に何度も水を飲ませて看病を続けてくれた。
◇
やがて、昼下がり。
俺がようやく「落ち着いた」と嘘をつき、看病疲れのおじさんが安堵の息をついていた時のことだった。
「おい! 鉱山が崩落したらしいぞ!」
外の広場から、あの叫び声が響き渡った。
おじさんが弾かれたように立ち上がり、窓の外を見る。
「なっ……崩落、だと……?」
外の騒ぎを聞きつけ、おじさんの顔からさぁっと血の気が引いていく。
「今日の現場……俺が、行くはずだった場所だ……」
震える声で呟いたおじさんは、ゆっくりとベッドの俺の方を振り返った。
俺はベッドの上で、静かに目を伏せた。
真実は話せない。
だが、結果として俺はおじさんの命を、セレナの笑顔を、確かに救い出したのだ。




