第25話:希少な出品物
夜明け前。
工房の土間で、俺はいつものように鉄の楔を地面に打ち込んだ。
カンッという硬い音が響き、日常の防衛線が記録される。
「コハク、留守番頼むぞ」
足元で尻尾を振るコハクの頭を撫で、俺は麻袋を肩に担ぎ上げた。
中には、昨日までに丹念に打ち直し、刃こぼれをなくした剣や小太刀が詰まっている。今日はギルドの討伐クエストを休み、Eランクの特権を活かして商店へ武具を卸しに行く日だ。
俺は一人で工房を出て、活気付き始めた街の石畳を歩き出した。
最初に向かったのは、大通りに面した中規模の武器商会だ。
「ほう、これは見事な打ち直しだ。刃の欠けも完全に修復されている。Fランクの素人仕事とは違うな」
店の主人は俺の胸元で光るEランクのプレートと、持ち込んだ剣を交互に見比べて満足げに頷いた。
「全部で銀貨三枚。これでどうだ?」
「助かる。また頼むよ」
適正な価格での取引。
買い叩かれることのない真っ当な商売に少しだけ肩の荷が下りるのを感じながら、俺は次の商店へ向かうため、近道となる細い裏通りへ足を踏み入れた。
華やかな大通りから一歩外れると、そこは日の当たらない湿った空気が溜まるスラムの入り口だ。
足を早めようとした時だった。
「お願いです……もうやめてください」
陰惨で、ひどく震える少女の声が路地の奥から響いてきた。
思わず足を止めて視線を向ける。
そこには、以前ギルドですれ違った、首に重々しい鉄の輪をつけた魔法使いの少女が地面にうずくまっていた。
その前に立つ身なりの良い小太りの男が、容赦なく少女の腹を蹴り上げる。
「けっ、役たたずは俺のストレス発散になってりゃいいんだよ、ぺっ!」
男は少女へ忌々しそうに唾を吐き捨て、歪んだ笑みを浮かべた。
「どうせ今日の昼にはおまえは競りに掛けられまた売り飛ばされるんだよ、大人しくしとけっ、どすっ」
さらに鈍い音が響き、少女の小さな身体がくの字に折れ曲がる。
「うっ……はぁはぁ……おえっ……」
少女は胃液を吐き出し、嗚咽混じりの声を上げながら冷たい石畳を掻きむしった。
破れたローブの隙間から見える痛々しいほどに白い肌には、無数の赤黒い痣が深く刻み込まれている。
俺はとっさに路地の物陰へと身を隠した。
(くそ、毎日毎日……胸糞悪いところに遭遇する……しかし競りか……行ったことないけどちょっと見てみるか)
奴隷の所有権はこの国では絶対だ。
ここで飛び出しても、犯罪者として捕まるだけ。
俺は静かに路地裏を離れ、商店への納品を早々に済ませると、昼過ぎに行われるという競売会場を探ることにした。
◇
昼下がり。
街の歓楽街の奥深く、屈強な傭兵が見張りに立つ地下施設。
そこは、希少な魔物の素材や出所の怪しい古代の遺物などが公然と取引される、一般の目には触れない裏の競売会場だった。
Eランクのプレートを提示し、入場料代わりの銀貨を支払った俺は、薄暗い会場の最後列に陣取った。
円形のすり鉢状になった会場には、金に糸目をつけない貴族や欲にまみれた悪徳商人たちがひしめき合い、強い香水と埃の匂いが充満している。
配られた羊皮紙の目録に静かに目を通す。本日の出品物は、ガラクタ同然の古い武具から始まり、珍しい魔石、魔物の素材と続く。
そして一番最後、本日のメインとして一枠だけ異質な項目が記載されていた。
『奴隷 : 少女』
この裏競売においても、「人」が出品されること自体が極めて希少なのだと、周囲のざわめきが物語っていた。
ふと、前方の席から下品な話し声が耳に飛び込んできた。
見れば、路地裏で少女を蹴り飛ばしていたあの小太りの男が、隣に座る豪奢な服を着た男へ媚びへつらうように話しかけている。
「旦那、最後の女、身体はボロボロですが生娘ですぜ、きっと旦那には満足いただけるかと思いますぜ」
その言葉に、恰幅の良い悪趣味な顔つきの男が、下劣な笑みを浮かべて身を乗り出した。
「本当か!? はぁはぁ……それはいいな、俺の好きに、じゅるじゅる」
男は本当に口元からヨダレを垂らしながら、興奮した様子で舌を舐めずり回し、自分の順番を今か今かと待っている。
(ちっ……これはまずいぞ……あの子こいつに買われたらまた大変なことに……)
今の俺の手持ちは、日々の生活費と先ほどの武具の売上を合わせても銀貨数枚だ。
あんな貴族相手に、真っ当な競り合いで勝てるわけがない。
「次は、古代遺跡より発掘された開かずの鉄箱! 中身は不明、サビに覆われておりますが、歴史的価値はあるやもしれません! 開始価格は銀貨三枚から!」
壇上でオークショニアの甲高い声が響き、舞台には赤茶けた大きな鉄の塊が運び込まれた。
会場の人間たちは興味を失い、しらけた空気が流れる。
「銀貨三枚」
物好きそうな商人が一人だけ札を上げ、あっさりと落札される。
俺はその商人の顔と席の場所を頭の片隅に留めた。
その後も競売は淡々と進行していく。
色鮮やかな飛竜の鱗が金貨五枚で落札され、怪しげな薬草の束が銀貨十枚で取引される。時間がゆっくりと経過し、熱気を帯びた空気が会場に澱んでいく。
俺は椅子の背もたれに深く寄りかかり、腕を組んでただ静かに舞台を眺めていた。
手出しはできない。
金もない。
だから今はただ、誰が何を買い、どれだけの値がつくのかを機械的に観察し続けるだけだ。
やがて、目録に記されていた無機物の品々がすべて捌け、会場の照明が一段階暗く落とされた。
「さあ皆様、お待たせいたしました。本日は大変希少な出品がございます。メインの競売へと移らせていただきます!」
オークショニアの声が一段と高く響き渡り、会場の男たちが一斉に卑しい熱を帯びた視線を壇上へ向ける。
俺はその狂騒の中で一人、無表情のまま盤面を記録し続けていた。




