第23話:Eランクの特権
翌朝、澄み切った青空から降り注ぐ初夏の陽光が街の石畳を白く照らし出していた。
吹き抜ける風にはどこか甘い花の香りが混じり、俺たちを苦しめ続けた陰鬱な季節の終わりを告げているかのようだった。
俺とセレナは、喧騒に包まれた冒険者ギルドの巨大な木製掲示板の前に立っていた。
ギルドの中は相変わらず、荒くれ者たちの汗と安酒、そして油と鉄の匂いが入り混じっている。
だが、今の俺たちの目に映る景色は、昨日までとはまるで違っていた。
「本当に、Eランクの依頼板の前に立っても、誰にも怒鳴られないのね……」
セレナが自分の胸元を触りながら、感慨深げに呟く。
彼女の軽装の胸当てと、俺の革鎧の胸元には、鈍い銀色に光るEランクの鉄級プレートが誇らしげに下がっていた。
昨日までなら、高ランクの冒険者やギルド職員から邪魔者扱いされ、「そこをどけ、底辺」と蹴り飛ばされていた特等席だ。
だが今、すれ違う冒険者たちは俺たちのプレートを一瞥すると、同業者として自然に道を譲ってくれる。
Eランクへの昇格。
それは単なる名誉や強さの証明ではない。
隣街や別階層への関所を通る権利。
まともな報酬が支払われる正規の依頼を受ける権利。
この腐敗した階級社会において、人間としての基本的な権利をようやく取り戻したことを意味していた。
「あったわ、レイ。王立学校の特設掲示板よ」
セレナの指差す先には、真新しい羊皮紙に書かれた王立学校の入学試験要項が張り出されていた。
受験資格は、Eランク以上の『ファミリア』に属する者であること。
試験内容は大きく分けて二つ。
基礎教養を問う「筆記試験」と、実際の戦闘能力を測る「実技試験」だ。
そして、その下には小さくファミリアの結成条件が記されていた。
『新規ファミリアの登記には、最低三名のパーティーメンバーを必要とする』
「先にファミリアを結成しないといけないの……しかも三人……」
俺とセレナは顔を見合わせた。
今の俺たちは二人だけだ。
このままでは学校の受験どころか、ファミリアを作ることすらできない。
「それに、筆記試験かぁ……」
セレナが目に見えて肩を落とし、うめき声を上げた。
「私、剣の振り方は知ってるけど、勉強なんて全然してこなかったわ。レイは親父さんに仕込まれて読み書きや計算はできるけど、学校の難しい歴史や魔法理論なんて教わったことないでしょ? 今からじゃ絶対に間に合わないかも……」
不安そうに眉を下げるセレナ。
確かに、スラム同然の環境で育った底辺の俺たちにとって、貴族や裕福な平民と同じ土俵で筆記試験を戦うのは、本来なら無謀極まりない挑戦だ。
だが、俺は顎に手を当て、真剣な顔を作りながらも、内心では全く別のことを考えていた。
(筆記試験……いや、これに関しては完全に俺の独壇場じゃないか)
答えは簡単だ。
「時の楔」を使えばいい。
試験当日の朝に工房で楔を打ち込み、問題用紙を見て出題内容をひたすら丸暗記する。
終わったら工房に戻って楔を引き抜き、時間を巻き戻して正解を調べ上げればいい。
オークの群れと殺し合う命がけの防衛戦に比べれば、怪我をするリスクがゼロの筆記試験など、この上なく都合の良い作業でしかない。
だが、そんなチート紛いの裏技を真っ直ぐなセレナに教えるわけにはいかない。
「レナ。筆記試験の対策は、全部俺に任せてくれないか?」
「え? レイ、何かいい方法があるの?」
「ああ。出題の傾向と対策を俺が徹底的に調べて、要点だけをまとめる。だからレナは、筆記の不安は捨てて、実技試験の剣術訓練に集中してくれ」
俺の言葉に、セレナは心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「でも、レイだって実技試験を受けるんでしょ? 自分の訓練もあるのに、私の分の勉強まで背負うなんて……」
「俺の実技は、純粋な剣の腕を競うものじゃない。戦場の地形把握と罠の構築、立ち回りの技術だ。それはお前の剣術訓練に付き合いながらでも十分に鍛えられるさ」
俺が力強く頷くと、セレナの顔から一瞬で不安が吹き飛び、パァッと明るい笑顔が咲いた。
「わかった! レイがそういうなら信じる。私、今日から倒れるまで剣を振るわ! 絶対に二人で合格してみせるんだから!」
両手で拳を握りしめ、気合を入れるセレナ。
筆記試験という不確定要素は俺の能力で完全に潰す。
実技に向けて彼女の長所を限界まで伸ばすのが、最も確実な合格への道だ。
「ああ。だがその前に、まずはファミリアを結成するための『三人目』を探さないといけない。それと、結成のための登録費用もな」
俺の言葉に、セレナがハッとしたように頷く。
「三人目かぁ……私たち、ギルドに知り合いなんて一人もいないわよね。まさか、あの試験で一緒だったザグとリムを誘うわけにもいかないし」
「全くだな。だが、適当に誰でもいいってわけじゃない。命を預け合う仲間になるんだ、慎重に探す必要がある。それに、登録費用だって今の俺たちには大金だ。焦らずにいこう」
今はまだ、誰を誘うべきか全く見当もつかない。
まずはEランクの正規依頼を受けて、資金を稼ぎながら三人目の当てを探すしかないだろう。
俺たちは依頼用の掲示板を見上げ、張り出されていた一枚の羊皮紙を引き剥がした。
『依頼:街道沿いのゴブリン小集落の討伐』
報酬は銀貨五枚。
スライムの体液集めのようなFランク時代の雑用とは、桁違いの額だ。
「行こう、レナ。ここからが俺たちの本当のスタートだ」
「うんっ!」
俺たちは真新しい銀色のプレートを鳴らし、最初の討伐任務へと向けてギルドの扉を勢いよく開け放った。




