第19話:鍛冶師の戦場
暗い工房の片隅で、俺は膝を抱えたまま動けずにいた。
窓の外はすでに日が暮れ始めている。
ギルドへの集合時間はとうに過ぎており、試験は不戦敗の扱いになっているはずだ。
「レイ、ご飯持ってきたよ。……ここ、置いておくね」
扉の向こうから、セレナの心配そうな声が聞こえる。彼女は何も聞かず、ただ静かに寄り添ってくれていた。
その優しさが、今はたまらなく痛かった。
「……情けない顔をしてるねぇ」
不意に、背後からかすれた声がした。
振り返ると、杖をついたばぁちゃんが、静かに俺を見下ろしていた。
「ばぁちゃん……ごめん。俺、ダメだったよ。何回やり直しても、どうにもならなかった。俺に力がないから、あいつらと同じ土俵にすら立てないんだ」
震える声で吐き出した弱音を、ばぁちゃんは否定しなかった。
ただ、ゆっくりと俺の隣に座り、煤で汚れた俺の手を優しく撫でた。
「あのね、レイ。お前は剣の天才じゃないし、魔法も使えない。強大なスキルだって持ってない」
「……わかってる」
「だけど、お前は誰よりも立派な『鍛冶師』だろう?」
ばぁちゃんの言葉に、俺は顔を上げた。
「正面から斬り合って勝てないなら、自分が勝てるように戦場を作り変えてしまえばいい。お前には、そのための技術と……何より『時間』があるじゃないか」
頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。
(時間……そうか!)
俺はこれまで、試験が始まってから、つまりオークの群れが目の前に現れてから「どう戦うか」ばかりを試行錯誤していた。
だが、能力を使えば、試験開始前の「自由な時間」をいくらでも作り出せる。
強者と同じように戦う必要なんてない。
戦場を調べ、罠を張り、敵の動きを誘導し、都合のいい盤面を構築する。
それが、底辺たる俺の戦い方だ。
「ばぁちゃん……俺、馬鹿だった」
俺の目から絶望の濁りが消え、確かな光が宿るのを、ばぁちゃんは満足そうに頷いて見つめた。
「レナ!」
俺は勢いよく立ち上がり、工房の扉を開けた。
そこには、お盆を持ったまま心配そうに立っているセレナがいた。
「レイ? どうしたの、そんな急に……」
「レナ、信じて待っててくれ。俺は絶対に諦めない!」
その言葉だけを残し、俺はセレナの横をすり抜けて土間へと向かった。
視線の先には、今朝打ち込んだ冷たい鉄の楔。
もう迷いはない。
俺はハンマーの柄で力強く楔の頭を叩き、深く深呼吸をした後、両手で一気に引き抜いた。
光が弾け、すべてが巻き戻る。
「……よし」
八回目の、試験当日の朝。
俺は急いで動きやすい革鎧を身にまとい、工房の資材置き場から大量の鉄の杭、太いワイヤー、そして罠に使えそうなガラクタをありったけ袋に詰め込んだ。
「レイ? 今日は試験でしょ、そんな大荷物でどうしたの?」
寝起きのセレナが目をこすりながら尋ねてくる。
俺はニヤリと笑って答えた。
「ちょっと、試験会場の『下見』に行ってくる。レナは時間になったら、ギルドであの二人と合流して、ゆっくり第三廃砦に向かってきてくれ」
「え? ちょっと、レイ!?」
戸惑うセレナをよそに、俺は重い袋を担ぎ上げ、足元で尻尾を振るコハクと共に街を飛び出した。
ギルドでの集合時間まで、あと三時間。
この三時間で、あの第三廃砦を、オークどもを一方的に惨殺するための『俺の要塞』に作り変えてやる




