第18話:絶望の螺旋
視界が光に包まれ、俺は再び試験当日の朝、工房の土間に立っていた。
荒くなった呼吸を整え、必死に状況を整理する。
1周目の失敗の原因は明確だ。
俺がセレナのピンチに駆けつけたせいで、陣形に穴が開き、リムが死んだ。
ならば、俺は絶対に自分の持ち場を離れてはいけない。セレナの剣術を信じ、自分の前線だけを死守するんだ。
そう心に決めて挑んだ、2回目の第三廃砦防衛戦。
「俺はザグだ。武器は剣だが、面倒なのはごめんだぜ」
「ひぃっ……ぼ、僕はリム。一応、弓が使えます……」
何も変わらない自己紹介。
何も変わらないオークの襲撃。
背後で怯えるリムと、野次を飛ばすだけのザグ。
俺は歯を食いしばりながら、自分の目の前にいるオークを捌き続けた。
そして、再びその時が訪れる。
「きゃあっ!」
セレナの死角からオークが突進し、彼女の体勢が大きく崩壊した。
「レナ! 持ちこたえてくれ!」
俺は持ち場を離れず、叫びながらオークを斬り捨てた。
背後のザグとリムを横目に、遠くで崩れ落ちるセレナの状況を確認する。
「あ、ぁぁ……こ、こないで!」
尻もちをついたセレナが、複数のオークに囲まれていた。
鼻息を荒くしたオークが、無慈悲に斧を振り回す。
回避できないセレナの身体を、鈍い刃がかすめた。
「いやぁぁぁッ!」
オークの斧がセレナの軽装を切り裂き、その豊満な胸と白い肌が無残に露わになる。
「うひょー、ねーちゃんいい身体してんな」
後ろで見ていたザグが、下卑た笑い声を上げた。
俺はギリッと血が出るほど唇を噛み締めながら、前線のオークを必死で食い止める。
(レナ……レナ! 持ちこたえてくれ!)
「レイ……たすけて……お願い」
涙声で助けを求めるセレナの声が響く。
くそっ!
動けない。
俺が動けばリムが死ぬ。
全員が生き残らなければ試験は失敗なんだ。
助けに行けない俺の目の前で、セレナはそのままオークたちの圧倒的な暴力の波に飲まれ、無残に蹂躙されていった。
「おいおい、ねーちゃんやべーんじゃねーか? こんなのやってられるか、俺は逃げるぞ」
「う、うわぁぁ! 僕も逃げます!」
恐れをなした二人が戦闘領域から逃げ出していく。
もはや試験どころではない。
「レナぁぁぁぁぁぁッ!!」
俺は持ち場を捨て、慌ててセレナの元へ駆けつけた。
しかし、時は既に遅かった。
服は全て引き裂かれ、無数の傷と汚れに塗れたセレナは、光を失った虚ろな目で宙を見つめている。
複数のオークに嬲られ、心身ともに破壊された幼なじみの姿。
それを目の当たりにした瞬間、俺の頭の中で何かが決定的に壊れる音がした。
「ああああああああああああッ!!」
俺は泣き叫びながら、目の前のオークたちを半狂乱で蹴散らした。
血塗れの剣を振り回し、ただひたすらに、工房へと走る。
くそ、くそ、くそ、くそおおおお!
なんでこんなことに……!
うううううわぁぁぁぁッ!
慟哭しながら土間に転がり込み、俺はすがるように鉄の楔を引き抜いた。
光が弾ける。
3周目の朝。
「えっ、どうしたの? レイ」
時間が巻き戻った直後、俺は目の前にいた五体満足なセレナを、力任せに抱きしめていた。
「今から試験でしょ? びっくりした……」
顔を真っ赤にして、セレナが俺の胸をそっと押し返す。
「ぁ、ぁぁ……ごめん。ちょっと、不安になっちゃって」
「変なレイ。試験、がんばろうね」
微笑む彼女を見て、俺は吐き気を必死に飲み込んだ。
そして向かった3回目の試験。
結果は同じだった。
セレナを助ければ、リムの首が飛ぶ。
リムを守れば、セレナがオークに犯され、壊れる。
4回目も、5回目も、6回目も。
何をどう変えても、全員を救うルートに辿り着けない。
何度やっても。
何度時間を巻き戻しても。
大好きな幼なじみが蹂躙される姿と、無力な男の首が飛ぶ光景が、交互に俺の脳髄を焼き切っていく。
そして訪れた、7回目のループの朝。
「……ねぇ、レイ? 顔色悪いけど、大丈夫?」
工房の土間に立ち尽くす俺を見て、セレナが心配そうに覗き込んできた。
俺の顔は、ひどくやつれきっていた。
「レナ……ごめん。ちょっと、どうしたらいいか分からなくて」
「? どうしたの? なんでも話して?」
「……なんか、どうにもならなくて……」
俺の絞り出すような声に、セレナは首を傾げた。
「どうにもならないの? 何が?」
「くそぉ……いや、なんでもない。……なぁ、レナ」
「なぁに?」
「試験、やめたらダメかな」
セレナの瞳が丸くなる。
「え? 銀貨払ったのに?」
「あぁ……ごめん。やっぱり、俺たちには早い気がする」
「どうしたの? レイ。何か怖い夢でも見たの?」
「あぁ……そうだなぁ。怖い現実を見てる感じだ」
乾いた声で笑う俺を見て、セレナは少しだけ困ったように眉を下げる。
「ちょっと何言ってるかわかんないけど……なんかレイがおかしいのはわかるわ。私は、別にやめてもいいよ」
「レナ……ありがと。ちょっと、1人にさせてくれないか」
「わかった。無理せず、何かあったら呼んでよね」
セレナが部屋を出て行き、静寂に包まれた工房で、俺は力なくその場に崩れ落ちた。
タイムリープ。
時間を巻き戻す能力。
俺はいつの間にか、この力があればやり直し続けて絶対に勝てるんだと過信していた。
だが現実は違う。
たかだか10時間程度の巻き戻しでは、覆せない絶望がある。
あんな惨劇を一人で繰り返し見ていたら、未来を変える前に、俺の精神が確実におかしくなってしまう。
この国を変えたい。
ランク制度をぶち壊したい。
そんな大それたことを息巻いていたのに、現実ではEランクの昇格試験にすら通らない。
冷たい土間の上で、俺はただ一人、深すぎる絶望に打ちひしがれていた。




