第17話:最初の防衛戦
試験当日の早朝。
俺は工房の土間に立ち、新しい鉄の楔を力強く打ち込んだ。
カンッ、という甲高い音が冷たい空気に響く。
(もし誰かが死んだり、どうにもならない状況に陥ったら、迷わずここまで戻ってやり直す)
何度でも死線を越えて情報を持ち帰る。
その覚悟を胸に刻み、俺はセレナと共にギルドの指定した集合場所へ向かった。
ギルドからあてがわれたメンバーは、昨日ゴードンが言っていた通りの二人だった。
俺たちは第三廃砦に向かう道中、最低限の自己紹介だけを済ませた。
「俺はザグだ。武器は剣だが、面倒なのはごめんだぜ」
酒臭い息を吐きながら気怠げに笑う酔っ払いの男。
「ひぃっ……ぼ、僕はリム。一応、弓が使えます……」
ビクビクと周囲を警戒し、今にも逃げ出しそうな貧相な男。
この二人に俺とセレナを加えた四人が、今回の即席パーティーだ。
試験の合格条件は「第三廃砦を防衛しオークを撃退すること」、そして「四人全員が無事でギルドへ報告に戻ること」。
一人でも欠ければ、その時点で試験は失敗となる。
現地である第三廃砦に到着して間もなく、地響きのような足音と共にオークの群れが姿を現した。
「来るぞ! 武器を構えろ!」
俺の叫びと共に、過酷な防衛戦の幕が上がった。
だが、陣形は最初から崩壊していた。
「ひぃぃっ! 無理だ、あんな化け物!」
リムは弓を射るどころか、砦の隅で頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。
ザグに至っては、剣を抜くことすらせず後方に陣取り、完全に高みの見物を決め込んでいた。
「おいお前ら! 早く倒せよ! 俺に近づけさせるなよ!」
背後から飛んでくる身勝手な野次に、俺は苛立ちを噛み殺しながら剣を振るった。
結局、押し寄せるオークの群れを俺とセレナの二人だけで少しずつ捌くしかない。
「くそ、すごい数だ……キリがない。レナ、無理するな! ヤバくなったら引くんだ!」
「レイ、わかってる! でも、下手に下がると前線が崩れるわ!」
セレナの言う通りだった。
俺たちが少しでも後退すれば、背後にいる無防備な二人が即座に狙われる。
その時だった。
「きゃあっ!」
オークの巨体がセレナの死角から突進し、彼女の体勢が大きく崩れた。
もう一体のオークが、倒れかけたセレナに向かって無慈悲に斧を振り上げる。
「レナ!」
俺は思考より先に身体を動かし、自分の持ち場を放棄してセレナの加勢に飛び込んだ。
渾身の力でオークの斧を弾き返し、その隙にセレナの手を引いて体勢を立て直させる。
「あ、ありがとうレイ……助かったわ」
「ああ。怪我がなくてよかった」
息を弾ませながら少しだけ照れたように微笑むセレナに、俺も安堵の息を漏らした。
しかし、その時だった。
俺が持ち場を離れたことによる代償は、あまりにも残酷な形で支払われた。
「……え?」
俺が振り返った先には、持ち場に空いた穴から侵入した一体のオークが、うずくまっていた貧相な男、リムの前に立っていた。
「ぐわあああ……ッ!?」
一瞬の出来事だった。
オークが振り下ろした血塗れの斧によって、リムの首が宙を舞い、地面に転がり落ちた。
「なっ……」
そんな。
俺は唖然とし、剣を握ったままその場に立ち尽くした。
たった一瞬、セレナを助けるために陣形を崩しただけで、命が一つ消えた。
「おい! お前ら何やってる!」
ザグの悲鳴に近い怒声が響く。彼は地面に転がったリムの首を見て、恐怖で顔を青ざめさせていた。
「コイツ死んじまったぞ! けっ、こんなのやってられるか! 俺は逃げるからな!」
合格条件は全員の生還。
リムが死んだ時点で試験は失敗だ。
ザグは完全にパニックに陥り、武器も持たずに砦から一目散に逃げ出していった。
俺の頭は異様なほど冷えていた。
すでに、俺の中で覚悟は決まっている。
「セレナ! 試験は失敗だ! 俺たちも引こう!」
「レイ!?」
「一緒に離脱するぞ!」
俺は戸惑うセレナの手を強く引き、オークの群れが砦になだれ込んでくる前に戦闘領域から全速力で離脱した。
息が切れ、肺が焼け切れるほど走り続け、ようやく俺とセレナは街の工房へと逃げ帰った。
薄暗い土間。
そこには、今朝俺が打ち込んだ鉄の楔が、静かに時を待っていた。
全員生還という理不尽な試験。
バラバラの陣形。
役に立たない仲間。
あの砦を防衛するための正解は、まだ見えていない。
俺はそっと土間へ近づき、冷たい鉄の楔を力強く引き抜いた。




