第16話:腐敗の壁
翌日、俺とセレナは薄暗い曇り空の下、街の冒険者ギルドを訪れていた。
目的はただ一つ、FランクからEランクへの昇格試験に申し込むことだ。
ギルドの壁に張り出された昇格試験の要項を見て、俺は思わず顔をしかめた。
「……試験の参加条件、最低4人以上のパーティーを組むこと。さらに受験料として銀貨5枚、か」
銀貨5枚といえば、Fランクの依頼を何日もこなしてようやく稼げる額だ。
ばぁちゃんの治療費の残りでなんとか払えるが、問題は人数のほうだった。
「どうする、レイ? 私たちとコハクだけじゃ人数が足りないわ」
「コハクは人間じゃないからカウントされないだろうな。誰か、残り二枠に入ってくれる奴を探さないと」
俺たちがギルド内を見渡していると、掲示板の隅で、自分の背丈ほどもある大きな杖を抱え、不安げに依頼書を見つめている小柄な少女が目に入った。
灰色のローブを目深に被っているが、隙間から銀色の髪が覗いている。
どこか怯えたような様子だが、その杖の装飾からして魔法が使える後衛職のようだ。
「あの、すみません。今、Eランクへの昇格試験を受けようと思っているんですが、パーティーを探していませんか?」
俺が声をかけると、少女はビクッと肩を震わせて振り返った。
その首元に、鈍く光る鉄の輪がはめられているのが見えた。
借金や犯罪で身分を落とした者に刻まれる、奴隷の証だ。
「あ……ご、ごめんなさい! わたしは、その……ご主人様に、薬草採取のノルマを課されていて……試験なんて、受けられません……っ」
少女は怯えた小動物のように後ずさりすると、抱えていた杖を強く握りしめ、逃げるようにギルドの奥へと走り去ってしまった。
「……あの子、首に奴隷の輪がついていたわね」
「ああ。事情はありそうだが、無理に誘うわけにもいかないな」
後衛職がいれば戦略の幅が広がったのだが、縁がなかったと諦めるしかない。
「おやおや、底辺のドブネズミどもが、随分と高望みをしているじゃないか」
不意に、背後から油っこい嘲笑が聞こえた。
振り返ると、立派な革鎧を着込んだ太った男が立っていた。
胸にはCランクの証である青銅のプレートが輝き、ギルドの腕章をつけている。
今回の昇格試験を担当する試験官のゴードンだ。
「お前らみたいなFランクがEに上がったところで、ギルドの恥になるだけだ。だが、銀貨5枚の受験料さえ払うなら、俺が特別にパーティーを組ませてやろう」
ゴードンは意地悪く口角を上げ、ギルドの隅で昼間から酒を飲んで管を巻いている柄の悪い男と、ひどく怯えた顔で震えている貧相な男の二人を指差した。
「素行不良でどこのパーティーからもつまみ出されたクズと、魔物を見ただけで逃げ出す腰抜けだ。お前ら底辺にはお似合いの仲間だろう? こいつらと一緒に、明日の試験である『第三廃砦の防衛任務』をこなしてこい」
「第三廃砦だと……? あそこは、凶暴なオークの群れが頻出する危険地帯じゃないか。Eランクの昇格試験でやらされる任務じゃない!」
俺が抗議すると、ゴードンは鼻で笑った。
「嫌ならやめろ。お前らのような底辺が上に這い上がろうとするから、こういう厳しい試練が必要になるんだよ。身の程を知れ」
完全に、俺たちを潰すための悪意ある配置だった。
試験官という権力を使い、不当な難易度を押し付けて受験料だけをかすめ取る。
これが、この国のギルドの腐敗した現実だ。
◇
その日の夕方。
俺は工房に戻り、揺り椅子に座るばぁちゃんに今日ギルドで起きたことをすべて話した。
「……なるほどね。ギルドの試験官が、意図的に底辺を潰しにかかっているというわけかい」
ばぁちゃんは温かいお茶をすすりながら、静かに息を吐いた。
「この国のシステムは、強者が弱者から搾取し続けるために最適化されているんだよ。下から這い上がろうとする者は、ああやって見えない壁で叩き落とされる」
「わかってる。だからこそ、俺はあいつらの思い通りにはさせない」
俺は足元の土間を見つめた。
そこには、今朝打ち込んだばかりの冷たい鉄の楔が刺さっている。
「俺の能力は死んだらそこですべて終わりだ。だから明日の試験で、もし少しでも全滅の危険を感じたら……俺は全力でこの楔を引き抜く」
何度でも情報を持ち帰り、あの理不尽な試験を盤上のゲームに変えてやる。
「ああ、それでいい。意地を張らず、危なくなったら迷わず逃げておいで。お前の命が何より一番大事なんだからね」
ばぁちゃんの力強い言葉に背中を押され、俺はハンマーを手に取った。
試験は明日。
俺は新しい楔を取り出し、工房の土間に、明日への起点となる強固なセーブポイントを打ち込んだ。




