第20話:希望の光
重く垂れ込めていた灰色の雲が割れ、幾筋もの光が地上に差し込んでいた。
いつもの街並みを抜け、第三廃砦へと向かう道中、俺は大きく深呼吸をした。
冷たくも心地よい朝の空気が俺を満たしていく。
七度も俺を絶望の底に沈めた陰鬱な天候は嘘のように晴れ渡り、透き通るような青空が広がっている。
まるで、迷いを振り切った今の俺の心をそのまま映し出しているようだった。
「さて、やるか」
誰よりも早く第三廃砦に到着した俺は、袋から工具と資材を下ろし、すぐさま地形の改造に取り掛かった。
記憶を探る。
オークの数は十数体。
知能は低く、陣形を組むこともなくただ一直線に突進し、力任せに斧を振り回すのが特徴だ。
次に、こちらの戦力を再評価する。
リムは極度の臆病者だが、弓を射ることはできる。
彼が逃げ出すのは「敵が自分のところまで来る」という恐怖があるからだ。
ザグは面倒くさがりで、絶対に前線には立たない。
だが、腐っても冒険者であり大人の男の腕力はある。
セレナは機動力と剣術に優れているが、囲まれると脆い。
「なら、全員の弱点を消して、長所だけを活かせる盤面を作ればいい」
俺は砦の崩れた石壁や持参した廃材を組み合わせ、複数あったオークの侵入ルートを物理的に塞ぎ、入り口を強制的に『一本道』へと絞り込んだ。
さらに、その一本道の先に深く広い堀を掘り、敵が簡単には突破できないように土壌を調整する。
その堀の奥、オークの斧が絶対に届かない高台に、リムのための狙撃ポイントを構築した。
次に、持ち込んだ鉄の杭を即席で加工し、大量の投げナイフを作り上げる。
ザグとセレナには、危険な接近戦で剣を振るわせるのではなく、堀の上から安全にこのナイフを投げさせればいい。
そして、堀を越えてこようとする少数の敵に対しては、俺、セレナ、ザグの三人で確実に一体を袋叩きにできる狭い『キルゾーン』を用意した。
万が一、前線が押し込まれた時に備え、俺自身を守り、敵の突進を受け止めるための分厚い木の盾も組み上げておく。
汗を拭い、泥だらけの手を見つめる。
俺は剣士じゃない。
だが、鍛冶師として、戦場そのものを俺の武器に変えることはできる。
準備が完全に整った頃、セレナがザグとリムを連れて砦に到着した。
「なんだこりゃ……砦の入り口が、完全に塞がってやがるぞ?」
「レイ、これって……あなたが全部一人でやったの?」
呆然とする三人を前に、俺は不敵に笑って見せた。
そしてさらりと自己紹介を済ませ、俺は言った。
「ああ。ザグ、お前は前線に出なくていい。安全な場所から、この投げナイフをありったけ敵に向かって投げろ」
「はぁ? なんだよそりゃ、楽な仕事じゃねえか」
「リム、お前はあの一番高い足場から弓を撃て。絶対に敵はそこまで登ってこれない。お前が怪我をする確率はゼロだ」
「ぜ、ゼロ……本当ですか? それなら、僕にも……」
厄介者だったはずの二人の顔から、不満と恐怖が消え去っていく。
すべては計算通りだ。
彼らもまた、この防衛戦を制するための立派な歯車となる。
「レナ。オークの数が減るまでは、ザグと一緒にナイフを投げてくれ。敵が消耗して堀を越えてきたら、三人で囲んで確実に一体ずつ仕留めるぞ」
「わかったわ、レイ。……なんだか今日のレイ、すごく頼もしいね」
セレナが嬉しそうに微笑んだその時だった。
ズンッ、ズンッ……!
地響きと共に、木々を揺らしてオークの群れが姿を現した。
血走った目でこちらを睨みつけ、粗末な斧を振りかざして一斉に突進してくる。
今までの俺なら、この圧倒的な暴力の波を前に絶望しかなかっただろう。
だが今は違う。
俺が作り上げた、俺の支配する盤面の上で、奴らはただの哀れな標的に過ぎない。
「持ち場につけ!」
俺の号令と共に、セレナ、ザグ、リムが所定の位置につく。
一本道へと誘導され、密集して押し寄せてくるオークの群れを見据えながら、俺は自作の木の盾を強く構え直した。
さあ、最弱の鍛冶師による、極上の逆転劇の始まりだ。




