第13話:王都の絶望
王都の大通り。
豪華な馬車を護衛する高ランク冒険者の男は、下卑た笑みを浮かべて俺の後ろにいるセレナとコハクを見下ろしていた。
「おいそこの男。その女と獣を、そこに置いていけ」
周囲の客たちは関わり合いを恐れて一斉に目を逸らす。
俺の頭の中で、冷たい汗とともに絶望的な計算が駆け巡っていた。
(今ここで俺が奴らに捕まれば、戻ってやり直す猶予は完全に消滅する……!)
工房のセーブデータを守るか、目の前のセレナを守るか。
答えは決まっていた。
「……くそっ」
俺は懐から新しい鉄の楔を取り出すと、背中に隠して死角を作り、足元の石畳の隙間へと素早くハンマーを振り下ろした。
カンッ。
微かな金属音が鳴り、今この瞬間、王都の路地裏が新たなセーブポイントとして上書きされた。今朝の平和な日常には、もう二度と戻れない。
だが、今の俺には相手の正確な戦力も、この後の展開もまったくわからない。
情報を集めるため、まずはあえて動かず、状況を静観することにした。
その時だった。
「ワンッ!」
「えっ? コハク!?」
俺の足元にいたコハクが突如として飛び出し、王都の雑踏の中へ猛スピードで駆け出していってしまったのだ。
「おい、コハク! どこに……!」
追いかけようと足を踏み出すが、すぐに踏みとどまる。
いや、今はコハクにかまっている場合じゃない。目の前の男が、セレナに手を伸ばそうとしている。
「チッ……逃げ足の速い犬め。一緒に連れて行こうと思ったが……まあいい、上玉の女だけで十分だ。よし、お前こっちへ来い」
「嫌! 触らないで!」
男が無理やりセレナの細い腕を乱暴に引っ張る。
セレナは必死に身をよじって抵抗した。
「離して! 街の中で、こんなことが許されるっていうの!?」
「許されるさ。俺たちは高ランクで、お前たちは低ランクの底辺。それがこの国のルールだ」
「貴様、やめろぉぉっ!!」
怒りで目の前が真っ赤に染まった。
俺は無我夢中で駆け出し、セレナを掴んでいる男に向かって拳を振り上げる。
「お前はどいてろ」
ドゴォッ!
男が煩わしそうに放った右足の蹴りが、俺の腹に深々と突き刺さった。
「ごほっ……!?」
肺から空気が弾き出され、俺の身体は紙くずのように吹き飛ばされて石畳を転がった。
「レイ!!」
セレナの悲鳴が響く。
男は冷たい目で蹲る俺を見下ろした。
「やめて! わかったから……ついていくから……だから、レイにはもう手を出さないで!」
涙ぐみながら叫ぶセレナの姿に、俺は視界を滲ませながら手を伸ばした。
「セレナ……だめだ、行くな……っ」
「レイ、私は大丈夫だから、ね」
セレナは無理に笑みを浮かべ、男に腕を引かれて歩き出してしまう。
「くそぉぉぉっ!!」
俺は残った力を振り絞り、這うようにして再び男へ飛びかかった。
だが。
ドガッ!!
「がっ、はっ……」
次は重い拳による強烈なボディブロー。
俺はたまらず胃液を吐き出し、その場に崩れ落ちた。
圧倒的な暴力の差。知略も罠もない正面衝突では、高ランクの冒険者に触れることすらできない。
「ふん、お前はそこで蹲ってろ。よし、行くぞ女」
男は振り返ることもなく、セレナを連れて豪華な馬車へと乗り込んでいく。
「くそっ、くそっ……なんで俺は、こんなに無力なんだ……!」
血の味がする口の中で、俺はギリッと唇を噛み破った。
力がない。才能がない。このままでは、一番大切な幼なじみすら守れない。
「……くそくそくそくそぉぉぉっ!!」
魂からの咆哮とともに、俺は血だらけの手で足元の地面を探り当て、先ほど打ち込んだばかりの鉄の楔を、力任せに引き抜いた。




