第11話:秘密の共有と異能の警告
ばぁちゃんの足が完全に治った数日後の夜。
俺はセレナが買い出しで遅くなるのを見計らい、工房の奥にある居間の戸締りを厳重に確認した。
コハクは状況を察したのか、静かに部屋の隅でお座りをしてこちらを見つめている。
「レイ、そんなに真剣な顔をして、どうしたんだい?」
ばぁちゃんはすっかり軽くなった足取りで揺り椅子に腰掛け、不思議そうに俺を見ていた。
「ばぁちゃん。これから、俺の命に関わる重大な話をする。誰にも、レナにさえも絶対に言わないと約束してほしい」
「おや、改まって……。いいよ、約束する。この婆に言ってみなさい」
俺は深く息を吸い込み、意を決して言葉を紡いだ。
「俺は、時間を巻き戻す能力を持っている。この前の馬車の事故の後、ばぁちゃんの足の治療費を稼げたのも、全部その力を使ったからなんだ」
一瞬の静寂の後、ばぁちゃんはぽかんとした顔を浮かべ、それから困ったように笑った。
「レイ、何を馬鹿なことを言ってるんだい。怪我を治してくれて気が張っているのは分かるけど、お伽話の読み聞かせはもう必要ないよ」
当然の反応だった。
まともな人間なら、いきなりそんな話をされて信じるはずがない。
やはり言葉だけで説明しても埒が明かないと考えた俺は、作業着の懐に手を入れ、ずっしりと重い鉄の楔と小さなハンマーを取り出した。
「レイ……? いきなり何を取り出すんだい」
不審がるばぁちゃんの目の前で、俺は床板の継ぎ目に楔の先端をあてがった。
そして、ためらうことなくハンマーを振り下ろす。
カンッ、カンッ、ドンッ!
居間に鋭い金属音が響き渡り、鉄の楔が床深くへと強固に打ち込まれた。
これで今この瞬間が、新たなセーブポイントとして世界に刻まれた。
「ちょっと、レイ! いきなり何をするんだい、床が傷ついてしまうじゃないか」
本気で困惑して声を荒らげるばぁちゃんを真っ直ぐに見つめ、俺は言った。
「……じゃあ、今から証明する。絶対に誰も知り得ない、ばぁちゃんしか知らない秘密を一つ、俺に教えてくれ」
「秘密? 婆の秘密かい? 本当に妙なことを言うねぇ……」
ばぁちゃんはまだ俺の意図が掴めず、呆れ顔のままだったが、俺の真剣な眼差しに圧されたのか、少し考えてから悪戯っぽく目を細めて話し始めた。
「じゃあ、死んだじいさんにも墓場まで持っていくと誓った話をしようかね。若い頃、じいさんから初めて贈られたパールの髪飾りをね、じつは貰ったその日にドブに落として失くしちまったんだ。焦った私は、自分の小遣いを叩いてそっくりな安物を買い直して、死ぬまでじいさんを騙し通したのさ。こればかりは、世界中で私しか知らない秘密だよ」
「わかった。確かに聞いたよ」
俺はばぁちゃんの言葉が終わると同時に、床に打ち込んだばかりの鉄の楔を掴み、力任せに引き抜いた。
◇
視界が白く染まり、時間が逆流する。
目を開けると、俺は厳重に戸締りを確認し、懐からハンマーと楔を取り出し打ち付けた直後の時間へと戻っていた。
部屋の隅では、コハクがじっと俺を見つめている。
「ばぁちゃん。俺は今から5分後の未来を見てきた」
「未来? 何を馬鹿なことを言ってるんだい」
「ばぁちゃんは今から、死んだじいさんに初めて貰ったパールの髪飾りを、貰った初日にドブに落として失くして、安物で誤魔化して死ぬまで騙し通したって話を、俺にする予定だ」
その瞬間、ばぁちゃんの笑顔が完全に凍りついた。
深く刻まれた皺の奥にある目が、これ以上ないほど大きく見開かれ、驚愕に震えている。
「なんという……ことだ……。お前、本当に……」
ガタガタと震える手で椅子の肘掛けを掴み、ばぁちゃんは息を呑んだ。他人が絶対に知り得ない、記憶の奥底に封印していた秘密。
それを孫が完璧に言い当てたのだ。
信じざるを得なかった。
ばぁちゃんはガタリと立ち上がると、俺の肩を強く掴み、かつてないほど鋭い声で囁いた。
「レイ、よくお聞き。その能力のことは、絶対に、絶対に誰にも言うんじゃないよ!」
「ばぁちゃん……」
「そんな力を人が知れば、どうなるか分かるかい? 恐ろしい力だ。もし国や上の連中にバレてごらん。お前は一生監禁されて都合よく利用されるか、最悪の場合、恐怖した者たちに跡形もなく殺されるかもしれない。そしてその力を宿すということは、誰にも理解されない底なしの孤独を背負うということなんだよ」
ばぁちゃんの言葉は、俺がこれまでの検証で薄々感じていた恐怖そのものだった。
だが、俺は怯まなかった。真っ直ぐにばぁちゃんの目を見返す。
「わかってる。だからこそ、俺はこの底辺を虐げる、この歪な国のランク制度をぶち壊したいんだ。この力があれば、きっとそれができる」
俺の途方もない宣言に、ばぁちゃんは息を詰まらせた。
国家への反逆。
あまりにも危険な行為だ。だが、ばぁちゃんはしばらく俺の顔を見つめた後、深く、優しく息を吐き出した。
「……本当に、無茶なことを考える子だ。じいさんにそっくりだよ。危険な行為だとは思うがね……レイがそうしたいと言うなら、私は止めはしないよ」
ばぁちゃんは俺の肩から手を離し、ゆっくりと揺り椅子に戻ると、どこか遠くを見るような目をした。
「それに……お前のその力は、おそらく『異能者』と呼ばれるものの一部なんだろうね」
「異能者?」
「ああ。この世界にはね、常人にはない特殊な力を生まれ持つ者がごく稀にいるんだよ。その能力をひけらかして英雄としてのし上がる者もいれば、お前のように、身を守るために必死に隠して生きている者もいる。お前だけの特権だと思って油断するんじゃないよ」
世界には、他にも特別な力を持つ者がいる。
ばぁちゃんの重みのある言葉が、俺の脳裏に深く刻み込まれた。
「何かあったら、すぐにこの婆に相談しておくれ。一人で抱え込むには、その力はあまりにも重すぎるからね。いいかい?」
「……ああ。ありがとう、ばぁちゃん」
俺は静かに頷いた。
初めて得た理解者。
その存在が、これから始まる果てしない戦いに向かう俺の背中を、強く支えてくれるような気がした。




