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時空のMRI(仮題)  作者: 紺知起翔


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Episode 3:闇の治療と絆

シーン1:

【場所:玄庵の自宅兼診療所】

江戸の町に蔓延する脚気。玄庵は古典的な漢方で手を尽くすが、患者は減るどころか増える一方だ。

玄庵「また一人……足が腫れ上がり、呼吸が弱まった。打つ手がない」

長屋の住人・太助が震える足を引きずってやってくる。その足は象のように浮腫み、赤黒く変色している。

太助「先生……もう足がむくんで歩くこともできない。最近ではしびれてきて、まるで自分の足じゃないみたいなんです」

玄庵は表情を硬くし、手慣れた手つきで太助を床に寝かせる。

玄庵「……うむ、またしても『江戸患い』か。熱がこもっているな。志乃や、準備を頼む」

志乃「はい、お父様」

志乃が手早く灸の道具と針を用意する。玄庵は迷いなく、太助の足のツボに針を打ち、灸をすえる。しかし――。

太助「ああっ……! 先生、熱い! 痛い!」

太助の叫び声が狭い診療所に響く。玄庵は眉間に深い皺を刻み、何度もツボを変えて灸をすえる。

玄庵「灸の治療ももうこれで何日になるか……」

太助の足の浮腫みは引くどころか、むしろ熱を帯びてパンパンに腫れ上がっている。玄庵の額から脂汗が流れる。医師としてのプライドと、目の前で苦しむ患者への責任感の間で、彼の手が微かに震えている。

玄庵(低く呻くように)「……どうしたことだ。気の流れは滞っていないはずだ。なぜ、毒が抜けない……!」

志乃「お父様、もうその辺で……。太助さんの足が、これ以上は耐えられません!」

玄庵は無言で首を振り、なおも無理やり針を深く刺そうとする。太助は痛みに耐えかねて失神するように倒れ込み、診療所には重苦しい静寂が漂う。玄庵は力なく針を置き、自分の両手を見つめる。その手は、長年積み上げてきた「江戸の医術」の限界を悟り、震えが止まらない。

玄庵「……お手上げだ。このままでは、太助の足は腐り落ちるかもしれん。私の医術では……これが限界なのか」

玄庵は床に崩れ落ちるように座り込む。いつも冷静な志乃も、父のその姿を見て言葉を失う。診療所の薄暗い灯火が、二人の影を長く、細く伸ばしている。

功一郎は、その陰惨な光景を少し離れた場所から黙って見ていた。現代の経営者として数々の危機を乗り越えてきた功一郎にとって、この光景は「最適解を失い、闇雲に突き進むマネジメントの失敗」と映る。しかし同時に、針の先に宿る職人の執念を、功一郎は知っていた。間違った方向に向いているだけで、あの手は本物だ、と。

功一郎はテレビの情報番組で聞きかじった知識を思い出していた。

功一郎「これは脚気じゃないのか……近隣の農村部と違い江戸では白米を食うことが粋とされてきた。ろくなおかずもとらないのに白飯だけはたらふく食う。これではビタミン欠乏症になってもおかしくない」

功一郎は、震える玄庵の肩に手を置こうとして、一度躊躇する。ここで口を出すことは、この時代の医術の「権威」を否定することになるからだ。だが、このままでは太助は本当に足を失う。

功一郎が玄庵の背後にゆっくりと歩み寄る。

功一郎「……玄庵先生、この病気は針だけではなおらない。その治療法では、この男は一生歩けなくなる」

診療所の空気が凍りつく。玄庵が鋭い眼光で功一郎を振り返る。

玄庵「医者でもない貴様が、我が医術を愚弄するのか! 太助の足は、湿気が溜まって腐っておるのだ。だから灸で湿気を飛ばしておる!」

功一郎「玄庵先生、俺はあんたの腕を疑っていない。むしろ、これほど精密にツボを捉えられるあんたの手を、俺は尊敬している。……だが、原因が『湿気』ではなく『栄養の偏り』だとしたら?」

志乃「栄養……? 功一郎様、それは以前も仰っていた、異国の考え方ですか?」

功一郎は落ち着いた口調で、太助の赤黒く腫れた足元を指差す。

功一郎「いいか。この病は食生活が症状を広げているんだ。粋がってうまい白い米ばかり食うから、体に必要な『何か』が足りなくなっている。針でツボを刺激するのは血流を促すためだが、血そのものが枯れていては……いくら川の流れを変えても、田畑は潤わない」

玄庵「血が、枯れている……?」

功一郎「ああ。……玄庵先生、あんたの針と灸は江戸随一だ。俺はあんたの技術を否定するつもりはない。ただ、その技術を『補うもの』が必要だ。それが何か俺は知っている。それを治療に加えれば、この男はきっと歩けるようにできるはずだ」

志乃(食い入るように)「……お父様、聞いてあげてください。あの日、功一郎様が倒れた父を蘇生させたあの手際……ただ者ではないはずです」

玄庵は苦悶の表情を浮かべる。プライドか、それとも救いか。玄庵はゆっくりと、震える手から銀針を置いた。

玄庵「……言ってみろ。貴様の言う『補うもの』とは何だ」

功一郎「まずは入院だ。このまま家に帰ったらまた同じものを食う。まずはその白い米を玄米に変えさせることだ。そして、ぬか床の菌を使った発酵食を毎食添える。志乃、今朝いただいたあの最高にうまいぬか漬け、それを『入院食』として毎食こいつに食わせてやってくれ。玄庵、あんたはそれを、漢方の力で吸収しやすくするように整えてくれ。……三人で作る新しい医術だ」

志乃「お父様、功一郎様の言う通りです。米の研ぎ汁と、この『ぬか』を使った食養生……試す価値はあります」

玄庵は黙り込み、やがて太助の顔を見つめる。太助は朦朧としながらも、功一郎の言葉に微かに頷いたように見えた。

玄庵「……やってみるか。貴様のその、奇妙な『道理』とやらを」

功一郎「ああ。必ず治る。……いや、治すんだ。三人で」

功一郎は玄庵の隣に並び、太助の足元を見る。彼の瞳には、かつて経営者として抱いていた「成功」への確信と、それ以上に重い「命への責任」が宿っている。志乃はそんな二人の背中を眩しそうに見つめていた。


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