Episode 2:文明の断絶と邂逅
シーン1:食卓の落差と「価値」の喪失
【場所:焼け残った寺院の庭】
火災で焼け出された人々が、すすり泣きながら炊き出しの粥をすすっている。功一郎も椀を受け取り一口含むが、思わず顔をしかめる。濁った水に米粒が浮いているだけの、無味無臭の流動食だった。
功一郎「……なんだこれは。とても食えたものではないな」
功一郎は無意識に、いつも食べていたホテルの朝食や、シェフが作るコンソメスープを思い出す。その記憶があまりに鮮明すぎて、目の前の粥が砂のように感じる。功一郎が椀を置こうとすると、隣にいた老人が、まるで宝物でも扱うようにそれを両手で受け取り、一粒も残さず飲み干した。
老人「ありがたい……これでまた、明日まで生きられる」
その光景を見て、功一郎は言葉を失う。ここでは、料理の味や栄養バランスなどという贅沢な概念は存在しない。あるのは「ただ生き延びるためのカロリー」だけだ。
功一郎がフラフラと立ち上がると、一人の強面の男が近寄ってくる。寺院の境内を仕切る「元締」のような男だ。
元締「おい、おまえ。食い終わったんなら、火事のあとかたずけをしな。ここは、食い逃げするような無宿人が長居する場所じゃねえ」
功一郎「……私はただ、昨日までの自分が誰だったのかを思い出そうとしているだけだ」
元締「御託はいい。お前みたいな、腰の据わったやつには使い道がある。……おい、その指の綺麗さ。商家の手代か何かか? 軟弱な手だな。そんな軟弱な手じゃ、この先の石運びもできやしねえ」
元締が功一郎の肩を乱暴に叩く。功一郎はよろめき、持っていた椀を落としてしまう。地面に広がる粥。それは、この時代における「命の価値」が、いかに軽く、脆いかを象徴していた。
功一郎「……そうか。俺という人間は、ここでは『何者でもない』どころか、ただの『邪魔な若造』としてしかカウントされないのか」
功一郎は自分の手を一瞥し、かすかに笑う。
功一郎(苦笑して)「……もっとも、年寄りでもないらしいが」
その笑みには、置かれた状況の不条理への苦味と、それでも折れない何かが混じっていた。
その時だった。
志乃「……あ、やはりこんな所にいらっしゃった!」
人混みをかき分けて、志乃が駆け寄ってくる。彼女の顔には、安堵の笑みが浮かんでいた。しかし、それは周囲の殺伐とした空気とはあまりに不釣り合いで、功一郎にとっては眩しすぎるものだった。
元締「……お嬢様、なぜこんな場所へ。お嬢様がいらっしゃるようなとこじゃございやせん」
志乃「あのかたはお父様の命の恩人なのです。お父様が……父が、どうしてももう一度お礼を言いたいと。それに、あんな風に火事場を駆け回った方ですもの。今のまま放置しておくわけには参りません」
志乃の言葉に、周囲の元締のような男たちが冷ややかな視線を送る。志乃は気に留める様子もなく、功一郎の手を引く。その手は、冷え切った功一郎の心に触れるほどに温かかった。
引かれながら、功一郎は志乃の横顔を見る。
功一郎「……なぜ、俺を信じる? どこの誰かも知らんだろう」
志乃は少しだけ歩みを緩め、振り返らずに答えた。
志乃「父が生きています。それだけで十分です」
その一言の重さに、功一郎は黙って歩いた。




