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時空のMRI(仮題)  作者: 紺知起翔


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Episode 1:無力なる支配者

【場所:江戸・火災跡地の路地】

半鐘の音:「カン、カン、カン、カン!」とせわしなく鳴り響く。

煙が立ち込め、人々が逃げ惑う中、功一郎が目を開ける。

まず気づいたのは、痛みがないことだった。

腰も、膝も、左肩の古傷も――何も痛くない。七十年かけて積み重ねた不調が、根こそぎ消えている。

そしてすぐに気づく。着物の袖から突き出た、自分の手に。

功一郎「……なんだ。これは」

シワがない。老斑もない。力を込めると、忘れていた感覚で指が動く。まるで三十代の、あの頃の自分の手だ。功一郎は無意識に顔へ手をやる。煤の触感はあるが、昨日までのように顔に刻まれていた深いシワの感触がない。

功一郎「……俺は、若くなっている? まるでこの体に憑依でもしたのか……」

その疑問を咀嚼する間もなく、鼻腔を焦げ臭い匂いが満たす。


シーン1:焦熱の迷宮

【場所:江戸・火災の現場】

「カン、カン、カン、カン!」鳴り止まぬ半鐘の音が、頭蓋骨を直接叩くようだ。功一郎が地面に這いつくばると、視界は一面のオレンジ色に染まっている。鼻を衝くのは、木材と畳が焼け焦げる刺激臭。

功一郎「ここはどこだ……撮影所? いや、違う。俺はいったい何を……なんだ、この熱は。空気が……肌を刺すほどに熱い!」

功一郎が立ち上がろうとすると、周囲で怒号が飛び交う。

男たちの声「火消しだ! 水を回せ! 延焼を止めるぞ!」

功一郎は、先ほどまで自分がいたMRI室の白く清潔な空間が、嘘のように遠い記憶になっていくのを感じる。

功一郎「呼吸が苦しい……。一酸化炭素中毒か? いや、それ以前の問題だ。酸素濃度が、この辺りは低い」

功一郎は、江戸の住人たちがパニックで逃げ惑う中、逆に燃え盛る火の方へ向かう集団がいることに気づく。火消したちだ。彼らは巨大なかぎを使い、燃え広がる手前の家屋を破壊しようとしている。「破壊消防」だ。

功一郎「家を……壊すのか? 延焼を防ぐために、あえて壊して火の道を遮断する……論理的には正しい。だが、この風向きと火勢の強さでは、手遅れになる!」

功一郎は一人の火消しの男が、倒れてきた柱の下敷きになりかけているのを見る。かつての自分なら、部下に命じていただろう。だが、今は自分しかいない。

功一郎「くそっ……!」

功一郎は周囲に散乱していた天水桶の水を、自分の着物に浴びせ、体を濡らす。会社の防災訓練で何度も聞いた「濡れ布巾で口を覆う」という防災知識。だが実際に行動するのははじめてだ。着物の袖を口に当て、低い姿勢で煙を潜り、柱の下敷きになった男の元へ。

功一郎「しっかりしろ! 鉤を外せ! 今、この家を落とさないと、火は裏の長屋に飛び火する!」

男は唖然として功一郎を見る。功一郎は男の鉤を奪い取り、「建築構造なんてみんな同じだろう」という直感で、最も負荷のかかっている箇所をテコの原理で押し上げる。柱がずれる。男が這い出す。

功一郎「行くぞ! 次の家を壊せ!」

激しい熱風の中、功一郎はただの「無力な裕福な老人」ではなかった。いや、老人ですらなかった。三十年ぶりに戻ってきた身体の力が、彼を火消したちの中心へと押し出していく。

「カン……カン……」

やがて、延焼が止まった。炎が力尽き、あちこちでパチパチと薪がはぜる音だけが残る。半鐘の音も、激しい連打から、ゆっくりとした「鎮火」を告げる二度打ちへと変わる。

功一郎は焼け跡の地面に崩れ落ち、荒い息を吐く。煤だらけの顔で、彼は空を見上げる。そこには、MRI室の天井ではなく、少しだけ晴れ渡った、けれど煤にけぶる江戸の空があった。


シーン2:玄庵との出会い

功一郎「……火は消えた。だが、ここはいったいどこだ。俺はいったいここで何をしているのだ」

辺りを見回し呆然と佇む。ふと気づくと足元に倒れている男がいる。衣服は焼け焦げ、全身すすで汚れている。息もしていない。

功一郎「いかん! 呼吸が止まっている!」

功一郎は迷わず頭を反らせ、心臓マッサージを行う。

玄庵「グフ……!」

嘔吐とともに玄庵が息を吹き返す。駆け寄る娘・志乃。

志乃「命を吹き込むような独特の仕草……あなたは、どちらの医者様ですか?」

功一郎「医者? いや、私は……医者ではない。だが、この傷は感染症を起こす。清潔な布と蒸留水を用意しろ!」

志乃「ジョウリュウ……? なんですかそれは」

火消し装束の男「どいたどいた」

火消し装束の男は、天水桶の汚れた水を玄庵にぶちまける。

功一郎「そんな乱暴な……!」

功一郎はあまりの光景に絶句する。

火消し装束の男「先生! しっかりしておくんなさい」

火消し装束の男たちは玄庵をそのまま戸板に乗せ、どこかへ運んでゆく。志乃も慌てて後を追う。

功一郎は一人、焼け跡の中に取り残された。

遠くで鳶口を担いだ若い火消しが、仲間と笑い合っている。

功一郎「……おい、今年はいつだ? 元号は?」

若い火消し(怪訝な顔で)「はあ? 兄さん、頭でも焼いたか? 文化三年だよ、文化三年」

功一郎(心の声)「文化三年……1806年か。俺が生まれる、170年前だ」

功一郎は、自分の若い手をもう一度見る。

功一郎(心の声)「戻れるのか。戻り方すらわからない。だが……この体と、この時代が俺に何かを求めているとしたら」

半鐘の余韻が、遠い空に溶けていく。


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