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霊魂管理局 地縛霊回収課  作者: わしお
3章 - 星を落とした悪魔

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第91話 一番好きだった笑顔

 黄金の金庫扉を抜け、蓮たちはドームの外に出る。ダイヤルを雑に合わせたせいか、多少人目があるところに出てしまった。気づいた人からは、蓮が何もないところから姿を現したように見えるだろう。

 まだ昼前だが、曇り空のせいかどことなく景色が薄暗い。ライブの開演時間は十五時だというのに、すでにI'm a ☆のグッズを携えた人の姿がちらほら目に入る。


 蓮たちはそそくさと敷地の端に移動する。そこも今は人通りがないが、これからどんどん増えていくだろう。座るところもなく、話し込める場所ではない。だがひなを落ち着かせるだけなら十分だと判断し、蓮たちは足を止める。

 岳は抱えたままだったひなを、足からゆっくりと地面に下ろす。ひなはされるがまま、抵抗することも暴れ出すこともない。

 蓮は箱馬が当たった左腕をそっと押さえる。そこは先ほどまでより熱を持ち、痛みも徐々に増しているように思う。


(大丈夫だと思ったんだけどな……。角だったし、仕方ないか)


 当たったのが頭ではなくてよかったと思いつつ、蓮は隣に立つひなの顔を見る。しかし前髪が影になり、その表情はよく見えない。


「多少落ち着いたか?」


 蓮はひなに声をかけつつも、答えは期待していなかった。突然蓮たちが現れたことに、まだ混乱していると思ったからだ。しかしひなは、髪を揺らして小さくうなずいた。


「……ごめんなさい」


 蚊が鳴くほどの小さな声に、いつもの芯の強さはない。ひなは拳を握り、その体は小さく震えている。


「どうしても、麗奈を許せなかったの……。ライブのこと聞いてから今日まで、ずっと麗奈を観察してたけど、麗奈は卒業が楽しみで仕方がないみたいだった。あたしを殺してまで奪った場所は、そんなに簡単に捨てられるものだったんだと思ったら、悔しくて……」


 感情が(あふ)れるように、ひなの声がだんだんと大きくなっていく。


「それだけじゃない。演出家に取り入って、実力のある子を追い出して、自分のためにグループを利用してた。最年長になって、本当は麗奈がグループを引っ張らなきゃいけないのに、周りを蹴落として自分が目立つことだけ考えて……。あたしの大好きな場所を(けが)して、自分だけいい思いして、捨てるみたいにいなくなるなんて、許せるわけないよ……!」


 その悲痛な声色に、蓮と岳は何も言えなくなる。ひなの立場になったとき、麗奈を許せという方が無理があるだろう。


「……でも」


 ひなの声が大人しくなる。蓮がちらりとひなを見ると、大きな薄茶色の瞳が泣きそうに揺れている。


「今日麗奈に何かあったら、ライブは中止になる。あたしが一番好きだったみんなの笑顔を、あたしの手で奪うところだった」


 ひなは顔を上げ、岳と蓮を交互に見つめる。


「止めてくれてありがとう」


 ひなが柔らかく微笑む。すっかり落ち着いた様子に、蓮はほっと息をついた。


「あ、こんなところにいた~」


 聞き慣れた軽い声が聞こえ、蓮は顔を上げる。遠くからでも目立つ金髪の男が、蓮たちに向かってひらひらと手を振っている。

 沙斗琉は誰も手を振り返さないことを気にすることなく、蓮の前で足を止める。


「様子見てたけど、大丈夫そうだから戻ってきた」

「サンキュ。ライブの中止とかはなさそうか?」

「たぶんね。れいにゃはさっきのことを、なかったことにするつもりみたいだよ。悲鳴については「おっきい虫がいてびっくりしちゃった~」って言ってた」

「虫平気なくせに」


 ひなが呆れたように言うと、沙斗琉は安心したようにひなに微笑みかける。


「ひなちゃん落ち着いた?」

「あ……うん。ごめんなさい」

「別に、オレは何にもしてないから。蓮とがっくんがいいならいいよ」

「俺も、何もしていない。体を張ったのは蓮だけだ」

「俺も別に……」

「みんな謙虚だねぇ」


 沙斗琉がケラケラと笑う。一見いつも通りなその様子は、もしかしたら場をなごませようとしているのかもしれない。

 沙斗琉は笑いを止め、蓮の腕に目を向ける。


「んじゃ、解決したところで、蓮は早く病院行きなよ。痛いんでしょ?」


 図星を突かれ、蓮は沙斗琉から目を逸らす。実際、箱馬を受けたところは徐々に熱と痛みが増している。

 ひなは慌てたように蓮の腕に手を伸ばすが、触れることなくその手を止める。


「ごめん! あたし、角で思いっきり……。近くの病院ってどこだろう。救急車……」

「そこまで大怪我じゃない。病院くらい歩いて行ける」

「本当に? 無理しないでね」

「わかってる。子供じゃねぇんだから……」


 蓮はポケットからスマートフォンを取り出し、右手だけで操作する。近くの病院を検索し、ひなに見られないようにタクシーアプリを起動する。歩いて行けるとは言ったが、歩いて行きたいわけではない。

 蓮はスマートフォンをしまい、ひなと岳に軽く手を振る。


「じゃ、病院行ってくるから。もう一人で突っ走るなよ」

「うん。ごめんね。ありがとう」


 ひなが手を振り返す気配を感じながら、蓮は駅に向かって歩き出す。沙斗琉はくすくすと笑いながら、蓮の後ろをついてくる。


「意地っ張り」

「黙れ」

「痛いんでしょ」

「別に」

「強がっちゃって~」


 にやにやとする沙斗琉を、蓮が本気で追い払うことはない。ただ、タクシーには乗せずに置いていってやろうと思った。


 蓮を見送ったひなは、その背中が見えなくなると、振っていた手をゆっくりと下ろす。


「……岳、お願いがあるんだけど」

「ああ」


 岳は内容を聞く前に、ゆっくりとうなずく。ひなはくすりと笑いながら、ドームの屋根をまっすぐに見つめる。


「ライブを見たいの。最後まで。今度は手を出したりしないから。心配だったら、押さえつけてて」

「わかった」


 岳は二つ返事で答える。ひなは岳に目を向け、情けなく微笑む。

 ひなは大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。自分が何をしてしまうのか、怖い気持ちがなくなったわけではない。けれどひなは、覚悟を決めてドームに向かって歩き出した。

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