第88話 勝ち組のつもり
『しばらく会うのはやめよう』
チャットに送られてきたメッセージに、麗奈は小さく舌打ちする。共に週刊誌に撮られた若手俳優は、どうやら熱愛報道で仕事が減ることを恐れているらしい。
(熱愛報道なんかすぐ冷めるのに。なにビビってんだか)
麗奈は仏頂面でため息をつく。コツコツと爪の音を鳴らしながら、『お仕事に響いたら大変だもんね(>_<) れいにゃ我慢する』と返信する。
(あいつ顔も金払いもいいんだけど、ビビりなんだよなぁ……。そろそろ乗り換えるか)
麗奈はスマートフォンの画面を閉じ、かばんの中に放り投げる。スマートフォンにつけたキャラクターのストラップは、流行っているからつけただけで、本当はよく知らない。メンバーカラーに合わせた紫色のケースも、卒業したらピンクに変えようかとぼんやりと考える。
麗奈の卒業が決まったのは、ほんの数日前。世間に公表される前日のことだ。熱愛報道が流れ、マネージャーから呼び出しを受けた。
事実関係を問われ、麗奈は流出した写真が自分であることを認めた。だが熱愛は認めず、「仲のいい友達として一緒に出かけた」と説明した。当然嘘だ。
マネージャーは麗奈の言葉を信じなかった。もう長い付き合いだ。麗奈の嘘くらい見抜けるだろう。麗奈も、本気で信じてもらえるとは思っていない。その上で、いつものようにもみ消してくれると麗奈は思っていたのだ。
しかし、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「もう庇いきれないよ」
そうして、麗奈は半ば強制的に卒業することになった。それらしい言葉で包んだだけで、事実上の契約解除だ。
けれど麗奈は、特に悲観的にはならなかった。むしろ清々しい気持ちでいる。十六歳から十年も続けてきたアイドルだったが、自分でも驚くほど未練はない。
最近の麗奈は、アイドルの窮屈さに辟易していた。恋愛禁止、SNSの制限、質の低いファン、使えないマネージャー、夢だけは大きいメンバー。色々なものが麗奈を苛立たせた。
そしてタイミングよく、大手芸能事務所に声をかけられた。麗奈は二つ返事で承諾し、卒業後からはその事務所に所属することになっている。麗奈は自分が勝ち組に入ったのだと確信していた。
麗奈は伸びをしてストレッチをはじめる。散々周りを蹴落として一位になった麗奈だが、練習を怠ったことはない。
センターは圧倒的でなければいけない。自分だけが褒められる空間こそが、麗奈にとって何よりも至福だった。
(菜奈のダンスが上がってきたから追い出そうと思ったけど、卒業するなら関係ないし。自分のことに時間使えるっていいわ~)
麗奈は今まで、出る杭を打つのに必死だった。時には練習時間や睡眠時間を削ってまで、目障りなメンバーを追い出すことに精を出した。
死なせてしまったときはさすがに焦ったが、周りの協力で事故として処理された。とはいえ麗奈は指示をしただけで、手を下してはいないのだが。
その窮屈な生活が終わることに、麗奈は清々しさを感じている。今麗奈は、卒業後のことしか考えていない。
そのとき、ガチャリと稽古場の扉が開く。入ってきたのは演出家で、麗奈は可愛らしい上目遣いであいさつをする。
「おはようございま~す♡」
「うん。おはよう」
強面のスキンヘッドの演出家は、麗奈を見るとふわりと表情を緩める。
「アイシャドウ変えた? オレンジも可愛いね」
「気づいてくれたんですかぁ? うれしい~! ありがとうございます♡」
(どんだけ細かいとこ見てんだよ。キモッ)
麗奈は内心悪態をつきながらも、笑顔で塗り固めている。今回のライブを担当するこの演出家は、最初こそ厳しかったが、少しすり寄っただけですぐに甘くなった。
男はみんなちょろい。芸能界を生きるのなんて簡単。スキャンダルも知名度を上げる手段。麗奈はこれから、もっと輝かしい世界が自分を待っているのだと信じている。
その後ろ姿をじっと見つめる幽霊がいるなど、考えてもみなかった。




