第87話 うっかりこぼした真相
暖房の効いた六畳の部屋の中。蓮と沙斗琉は床に座り、正面でどっしりと構える岳の答えを待つ。岳はあぐらをかき、静かに太い腕を組んでいる。
東京ドームシティを遊びつくした後、回収のために沙斗琉と合流した蓮は、ひなの様子を沙斗琉に話した。沙斗琉もひなに悩みがあることは知っていて、「普段の様子は相棒が一番よく知ってるから」と岳に話を聞くことにした。
岳は沙斗琉からの突然の誘いに快く応じた。蓮は自分がひなに抱いた違和感を岳に話し、沙斗琉もひなが抱いている悩みについて話した。
少しして、岳はゆっくりと、力強く首を縦に振る。
「俺も、ひなの様子がおかしいとは思っていた。だが理由を聞いても「大丈夫」と言うばかりで、何も教えてはくれない」
「強がりだからねぇ」
沙斗琉が相槌を打ち、岳は深くうなずく。蓮は答えを聞きながら、暗い目をしていたひなの様子を思い出す。
「俺が見たのと沙斗琉が聞いた話を合わせると、原因は田場 麗奈の卒業ライブだよな?」
「そうだろうね。ひなちゃんの“嫌いなやつ”がれいにゃだとは知らなかったけど」
「ずっと思ってたんだが、“にゃ”ってどこからきたんだ……?」
「なんとなく可愛いからじゃない?」
沙斗琉の言葉に共感できず、蓮は眉間にしわを寄せる。沙斗琉はその蓮の顔に小さく吹き出す。
「顔に全部出てるよ……っ」
「いや、だって、可愛いか……?」
「猫みたいで可愛くない?」
「猫なら可愛い」
「人間は可愛くないと」
「人に“にゃ”をつけたところで猫にはならないから」
蓮の意見に、沙斗琉は大きく笑い声を上げる。蓮は何が面白いのかわからず、異物でも見るように沙斗琉を睨む。岳は無表情のまま、ただその様子を見守っている。
沙斗琉は少し落ち着くと、楽しげだった笑みを不敵なものに変える。
「でも、猫かぶりには似合ってると思わない? よく本人を表してると思うな~」
蓮は眉間のしわをさらに深くする。どうやら麗奈が可愛く見せていることは、ファン以外にも有名らしい。
岳は落ち込むように視線を下げる。
「俺は相棒なのに、相談もされていない。かける言葉もわからない。二人は信頼されているんだな」
「いや、俺も相談されてませんから……」
蓮が否定するように手を振る。沙斗琉は「うーん」と考える素振りを見せる。
「親しい人ほど言いにくいことってない? 心配させたくないとか、迷惑かけたくないとかってさ。オレは知り合い以上友達未満だから、逆に言いやすかったのかも」
蓮は納得してうなずく。確かに蓮にも、母には言えないが他人には言えることがたくさんあった。
岳は膝の上で拳をぎゅっと握る。
「お節介だと思うが、俺はひなのわだかまりを取ってやりたい。だが、方法がわからない」
「難しいよねー」
沙斗琉は頭の後ろで手を組み、天井を見上げる。
「れいにゃに危害を加えてライブを中止にするのは、さすがに身勝手だしね。そもそも、オレたちは生者に干渉しちゃいけないし」
「仕返しでしかないしな……」
蓮がぽろりとつぶやくと、沙斗琉と岳がきょとんとした顔で蓮を見る。蓮は自分がドームシティの話しかしておらず、ひなを殺した犯人が麗奈だと話していないことを、完全に忘れていた。
「ひなちゃんの死因の話?」
「あー……」
蓮は片手で頭を抱える。ひなから話していいと許可を得ていないのに、口を滑らせるとは迂闊だったと反省する。
沙斗琉は膝にひじを立て、頬杖をついて蓮を見る。
「まあ、察してはいたよ。ひなちゃんが人を「嫌い」って言い切るのは珍しいから、単なる嫉妬じゃないんだろうなーって。表向きは事故死だけど、まあ違うんだろうとは思ってたし」
「悪い……。聞かなかったことにしてくれ……」
「わかった。オレが勝手に気づいたことにするね」
「お前は普通に気づけそうだもんな」
沙斗琉はふふっと微笑み、岳はどっしりとうなずく。蓮ははーっと大きくため息をつく。
「……回収課に選ばれるのは、『未練のある若い幽霊』らしい。黒木が田場 麗奈の卒業ライブを気にしてるのは、そこに黒木の未練があるからだと思う」
「そうなると、オレたちができることって何だろうね。ひなちゃんの未練を解消できるのはひなちゃんだけだし」
三人の間に沈黙が流れる。しばらくして、岳がぽつりと言葉をこぼす。
「……見守るしかないのだろうか」
「そうかもねぇ……。見守りつつ、危ないことは止めてあげるのがいいんじゃないかな」
沙斗琉の言葉に、岳がどっしりとうなずく。蓮もそれしかないように思い、眉間にしわを寄せてうなずく。
(俺は生きてんのに、やれることはないのか……)
ままならない歯がゆさに、蓮は拳を強く握りしめた。




