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霊魂管理局 地縛霊回収課  作者: わしお


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第8話 死神じゃないんだけど

 生暖かい風が海を滑り、体を通り過ぎていく。平日でも多くの人で(にぎ)わうお台場は、そのほとんどが外国からの観光客だ。英語、中国語、韓国語――。様々な言語で、楽しげな様子が伝わってくる。

 そんな人々の熱気とは対照的に、沙斗琉はつまらなそうにレインボーブリッジを眺めていた。


 蓮が現世の仕事をする平日の昼、沙斗琉は基本的に暇を持て余している。沙斗琉には地縛霊を解放できても、冥界に送り届けることはできない。沙斗琉一人では、地縛霊を()()する仕事は完遂(かんすい)できないのだ。

 蓮が霊体であれば仕事ができるかというと、そういうことでもない。鎖を切る鎌も冥界の扉も、生死に関わりなく魂に干渉(かんしょう)する。生者(せいじゃ)を巻き込む危険性の高い昼間は、どちらにしても活動できない。


(情報があれば考察もできるのになー……)


 昨日、シロを送り届けた沙斗琉は、地縛霊の増加について課長と話をした。地縛霊発生件数は全国的に緩やかに増加しているものの、「この程度の増加は毎年のこと」と、課長はあまり気にしていなかったらしい。

 ここ半年で地縛霊が急増しているのは東京23区のみ。神奈川・千葉・埼玉でも増加傾向にあることは調べられたが、それが県全体の話なのか、東京周辺だけなのかまでは絞り込めていない。不思議なことに、同じ東京でも23区外は増えていない。

 今は情報待ちで、沙斗琉が一人でできることは何も無い。沙斗琉は(さく)(ひじ)をつき、太陽光に照らされる東京湾をぼんやりと眺めた。


「ねえ、お兄さん」


 右側から女性の声が聞こえたが、沙斗琉は反応しなかった。幽霊が見えやすい子供であれば話しかけてくることはあるが、成人からはほぼ見えていない。きっと自分ではなく、近くの生きた人間に話しかけているのだろうと思った。

 景色に視線を向けていた沙斗琉は、近くに「お兄さん」と呼べそうな人間がいないことに気付いていなかった。


「幽霊のお兄さん。あなた死神?」


 自分が呼ばれていることに気付き、沙斗琉は弾かれたように右を向く。そこにはよれよれの白いブラウスを着た、髪の長い女性が立っていた。

 身長は蓮と同じくらいだろうか。女性としては少し高い。華奢(きゃしゃ)な体格のせいか、声の強さとは裏腹に(はかな)げに見える。声には若々しい印象を受けたが、容姿からすると三十代後半かもしれない。

 女性は上目遣いに、じっとりとした目で沙斗琉を見ていた。


「あ、やっぱり幽霊なんだ。影がないから、変だと思った」

「えーっと……。死神ではないけど?」

「そう。とうとうお迎えが来たのかと思った」


 女性は沙斗琉に背を向け、近くのベンチへつかつかと歩く。紺色のスカートが(しわ)になるのも構わず、女性はすとんと腰を下ろした。


(お迎えって……)


 女性の発言が気になり、今度は沙斗琉から女性に近寄る。女性は沙斗琉が来たことに気付き、ベンチの右に少し寄った。

 沙斗琉は女性の隣に、ロングコートの(すそ)に気を付けながら腰を下ろす。


「お迎えが来るほど体悪いの?」

「うん。元気そうに見えるでしょ? でも余命三か月なんだって」

「……そうなんだ」


 あっけらかんと放たれた言葉に、沙斗琉は眉根を寄せる。女性は景色に顔を向けたまま、眼球だけを動かして沙斗琉を見た。


「私は真白(ましろ)。あんたの名前は?」

「沙斗琉。真白さんはここでなにしてるの?」


 「余命三か月なのに」という言葉は飲み込んだ。余命(いく)ばくもないからこそ、やりたいように行動するのは不思議なことではない。たとえそれが、命を削る選択であっても。

 真白は「んー」と空を見上げた。


「人を待ってるの」

「約束してるの?」

「した。もう二十五年も前だけど」


 強い海風が真白の黒髪を撫でる。快晴の空より晴れやかな横顔は、まるで待ち人が来ないことをわかっているかのようだった。


「……そっか。来るといいね」


 偽善(ぎぜん)だとわかっていながら、沙斗琉はそう返すことしかできなかった。


「幽霊っておやつ食べられる?」


 話の流れも情緒も両断するように、真白は脈絡(みゃくらく)なくそう言った。


「えっ。食べられないけど」

「そっか、残念。クレープでも食べようと思ったんだけど。それとも、クレープ眺めに来る?」

「うーん……やめとこうかな。食べたくなっちゃうから」

「見てるだけとか、地獄だもんね」


 真白は勢いよく立ち上がり、小さく微笑んで沙斗琉を見下ろす。


「私、この時間はだいたいここにいるから。今度は映画とか観に行こ」


 真白は返事も聞かず、沙斗琉に背を向けて歩き出す。ロングスカートが風に揺れる姿は、人混みの中でもなぜだか目立って見えた。

 沙斗琉は真白が完全に見えなくなるまで、その後ろ姿を眺め続けた。

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