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霊魂管理局 地縛霊回収課  作者: わしお
3章 - 星を落とした悪魔

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第82話 約束は破らない

 灰色の無機質な廊下を、蓮はポケットに手を入れてペタペタと歩く。目の前を歩く案内役の獄卒は、蓮がついてきているかを確認する様子もなく、左右に体を揺らしながら黙々と歩いている。

 一つの扉の前で獄卒が立ち止まり、重い音を立てて扉を開く。蓮は先に中へ入り、後に続く獄卒が扉を閉める。部屋を二つに割る透明な仕切りは、アニメで見た拘置所の面会室とほぼ同じだ。


 蓮はパイプ椅子に座り、仕切りに開けられた丸い穴の集まりを眺める。少しして、仕切りの向こうの扉がゆっくりと開かれる。強面(こわもて)の獄卒に連れられて来たのは、白いシャツを着た白髪の青年だった。

 青年は穏やかな笑みを浮かべて蓮の正面に座る。獄卒の厳しい視線に動じることなく、蓮はいつもの調子で口を開く。


「久しぶりだな、夕樹」

「久しぶり……っていう感じはあんまりしないかな。蓮くんが一番会いに来てくれるから」

「沙斗琉と晴翔は?」

「晴翔はいいことがあったときだけ。沙斗琉は来ないよ。そのあたりの情緒は死んでるからね」

「あー……。近い関係ほど雑なんだよな、あいつ」


 夕樹がふふっと笑いをこぼす。楽しげな夕樹とは裏腹に、蓮の眉間にぐっとしわが寄る。


「……お前はまだ、天道の力を与えたやつのことを吐かないんだな」


 夕樹は笑みを浮かべたまま、穏やかに目を伏せる。


「何回聞かれても言わないよ。内緒にするって約束だからね」

「言った方が罪が軽くなるんじゃないか?」

「残念だけど、冥界に司法取引は無いみたいなんだ。あったとしても、約束は破らないけどね」


 夕樹の強情(ごうじょう)さに、蓮は小さくため息をつく。蓮は夕樹の元に幾度か足を運んでいるが、何度聞いても返ってくる返事は同じだ。

 夕樹はすっと目を細め、いたずらっぽく首をかたむける。


「蓮くんは、僕に力を与えた人のことを何度も聞くよね。それはどうして? 霊魂管理局に命令されたわけでもなさそうだけど」


 蓮は夕樹を(にら)み沈黙する。答える気はないと言わんばかりの態度に、夕樹は外国人のように大げさに肩をすくめる。


「人には聞くのに、自分は何にも言わないんだから。情報は先に出したほうが、信頼を得られるんじゃない?」

「お前のその外国人っぽい動きなんだ? あいさつも握手だよな」

「祖母が海外経験が長い人でね。かっこいいから真似してる」

「ああ、そういう……」


 蓮はくだらない会話をしながら、どうにか話を戻せないかと考える。しかし蓮は会話が上手い方ではなく、むしろ苦手分野だ。そもそも会話が得意だったら、こんなに何度も同じことを聞かないだろう。

 蓮が夕樹に天道の門を与えた人物について知りたがるのは、心当たりがあるからだ。しかし確証はなく、夕樹の証言以外に証明する方法も思いついていない。

 蓮が会話の切り口を探していると、不意に夕樹が真面目な顔で「ねえ」と言う。


「蓮くんは、どうして地縛霊を回収してるの?」

「は?」


 脈絡(みゃくらく)のない質問に、蓮の口から間抜けな声が出る。夕樹は表情を変えることなく、じっと蓮を見つめている。


「閻魔様は回収課所属になる幽霊の基準を、『未練のある若い幽霊』って言っていた。終わってしまった人生の代わりになればいいって」


 夕樹の言葉に、蓮はなるほどと納得する。確かに回収課には若者が多く、確認したわけではないが生前の心残りもありそうだ。


(閻魔の考えそうなことだ……)


 閻魔は神に近い存在でありながら、人に近い考えを持っていると蓮は思っている。へらへらとした閻魔の顔が浮かび、蓮は首を振って無理やり頭から追い出す。


「なにしてるの?」

「いや、なんでも。続けてくれ」


 夕樹は挙動不審な蓮に言及することなく話を続ける。


「蓮くんはまだ生きてるよね。閻魔様の血が流れていても、生者なんだから霊魂管理局に従う義務はない。局は蓮くんを監視下に置きたいだろうけど、それは冥界側の都合であって蓮くんには関係ない。なにか目的があるの? 脅されてるの? それとも見返りがあるの?」


 白い見た目に反し黒々とした夕樹の瞳は、吸い込まれてしまいそうなほどまっすぐに蓮を映す。蓮はその目をじっと見つめ返し、やがて呆れるように息をつく。


「お前に言って何になる」

「それを聞かれると困るなぁ……。好奇心?」

「なら、答える義理は無いな」

「ちぇっ」


 夕樹は大して何とも思っていなさそうに、いたずらっぽく笑う。蓮はガラガラとパイプ椅子を鳴らして立ち上がる。


「もう帰るの? まだ時間あるのに」

「ああ」

「もう少し雑談しようよ~」

「断る。油断すると情報抜かれそうだ」

「油断してくれていいのに」

「じゃあな」


 蓮はパイプ椅子を入室前の位置に直し、あいさつもそこそこに出入口に向かう。獄卒が先導して扉を開くが、出ようとした足は夕樹の声に遮られる。


「遠慮しなくていいから」


 蓮は振り向いて夕樹を見る。夕樹は囚われの身とは思えない笑顔で、ひらひらと片手を振る。


「また来てね」


 夕樹の意図を察し、蓮は一瞬大きく目を開く。しかしすぐに表情を消し、夕樹に背を向ける。

 蓮は振り向くことなく部屋から足を踏み出す。扉が閉じる無機質な音が、無情な鐘のように蓮の背中に響いた。

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