第77話 サンタの乗ったケーキ
観光名所から少し離れた住宅街。小綺麗な一軒家が並ぶ中、沙斗琉は白く立派な二階建ての家の前で足を止める。レンガのようなタイルを貼ったベランダも、木のぬくもりのある扉も、沙斗琉の記憶と変わっていない。唯一車だけが、白いミニバンから軽自動車に変わっている。
「……でか」
沙斗琉の隣で、蓮が眉間にしわを寄せてつぶやく。沙斗琉はどこか冷めた気持ちで、口元だけ笑みを浮かべる。
「父親が、一軒家を持つのが一人前~みたいな価値観で育った人だからね」
「つか、ここ高級住宅街だよな? 教員ってそんな給料出るか?」
「母親も働いてるし、世帯年収はそこそこあるんじゃないかな。見栄っ張りなんだよね~」
「落ち着かねー……」
「でも両親の世帯年収より、蓮の年収の方が多いと思うよ。普通にここ住めると思う」
「年収が多いのと、高級住宅に耐性があるかは別問題だ」
「年収が多いのは否定しないんだね……」
沙斗琉はくるりとコートを翻し、蓮に笑いかける。
「じゃあ、ちょっと行ってくるよ。すぐ戻るから、適当なところで待っててくれる?」
「おー。けど、こんな平日の昼間で会えるのか?」
「いないかも。てか、あんまり会いたくないからいなさそうな時間に来た」
「趣旨と合ってなくないか? まあいいけど。んじゃ、公園にいるから」
蓮は沙斗琉に背を向け、来た道をずんずんと戻っていく。ここに来るまでに公園があったので、そこに行くのだろう。
沙斗琉は扉の前に立ち、大きく深呼吸する。鍵は閉まっていそうだが、晴翔の力でスカイツリーからすり抜けて以降、沙斗琉はすり抜けができるようになっていた。
沙斗琉は意を決して足を踏み出し、玄関の扉をすり抜ける。目に入った景色は、記憶の中と何も変わっていなかった。
水回りや収納に囲まれた廊下を歩き、沙斗琉は階段を上る。仏壇があるかわからないが、もし置くなら二階のリビングだろうと沙斗琉は思っている。
二階のリビングに足を踏み入れると、奥に予想通りの立派な仏壇が置かれているのが見える。しかし同時に予想外の様子を目にし、思わず足を止める。
仏壇の前に、白髪交じりの女性がケーキを持って座っている。その横顔は、見慣れた姿よりもずいぶんとしわが多い。毎日緩く巻いていた髪は、素朴なショートヘアに変わっていた。
「母さん……」
沙斗琉のつぶやきに、母が答えることはない。フルタイムで働く母は、この時間は家にいないはずだった。沙斗琉の知らないうちに、働き方を変えたのかもしれない。
飾り気のない白いシャツを着た母は、小さめのホールケーキが乗る皿を優しく仏壇に置く。笑顔で手を合わせる姿は、憑き物が落ちたように穏やかだ。
ホールケーキはクリスマスらしく、たっぷりのクリームといちごの上でサンタクロースが手を振っている。かわいらしいそのケーキに、沙斗琉はひどく見覚えがあった。
(毎年ちょっとずつデザイン違うけど、だいたいこのケーキだったな……。誕生日がクリスマスだからって、一緒に祝ってたんだよね)
サンタクロースを眺める沙斗琉の視界が、じわじわとぼやけていく。ケーキに乗るプレートの文字が「Merry Christmas」ではないことに、沙斗琉は気づいていた。
「母さん、甘いもの苦手なのに、ホールケーキなんて買ってどうするの……。オレもう食べられないよ?」
生前の沙斗琉は極度の甘党だった。誕生日を「合法でケーキが食べられる日」だと思っていて、幼いころからホールの半分をぺろりと平らげていた。それは両親と最後に過ごした大学時代まで変わらず、むしろ五号をホール食いするほど悪化していた。
仏壇をよく見ると、飾られている写真はホストになってからのものだった。おそらく、店のホームページに使われていた写真だろう。厳かな仏壇とも、かわいいサンタクロースの砂糖菓子とも全く雰囲気が合っていない。
ふと辺りを見渡すと、リビングの景色が記憶と違うことに気づく。毎年飾っていたクリスマスツリーはなく、見せびらかすように並んでいたトロフィーや賞状は、ずいぶんと控えめになっている。客人に見せびらかすリビングから、夫婦でくつろぐリビングに変わっているように思えた。
仏壇に手を合わせていた母が顔を上げ、沙斗琉の写真に笑みを向けて立ち上がる。テーブルに向かった母は、中央に置かれたデパートの紙袋に手をかける。取り出した黒い折詰は、どう考えても寿司だろう。鬼頭家のクリスマスは、沙斗琉の希望でいつも寿司だった。
(あーあ。幽霊は泣かないって聞いてたのになぁ。まあ知ってたけどね? そんなことないって)
目元の熱さと頬を伝う雫を感じながら、沙斗琉は自嘲気味に笑う。家にいるのに帰りたいと思ったのは、生まれてからも死んでからも初めてだった。
「母さん、ごめんね。全然帰らなくて」
母の真横で発した言葉に、当然返事はない。お茶でも取りに行くのか、母は台所に向かい、息子がそこにいるとも知らずにすり抜けていく。
記念日に浮かれる母の背中を眺め、沙斗琉は大きく息を吐く。これ以上ここにいたら、無意識に心霊現象を起こしかねない。
沙斗琉は目元を手で乱暴にぬぐい、母と同じように穏やかな笑みを浮かべる。
「……またね、母さん。行ってきます」
沙斗琉は母に背を向け、一階へ降りる階段に向かう。不思議そうに振り向く母の様子に、沙斗琉が気づくことはなかった。
2章が終わりました。ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
元々は1章で終わる予定だったこの話ですが、1章を終えた時点で沙斗琉についての深掘りがなく、あまりに不完全燃焼だったので2章を書くことに決めました。本当はもっと短い予定だったのですが、書いているうちに長くなってしまいました。蛇足を入れないよう心掛けたのに、なぜでしょうね。
天道に幽霊を送るという内容になったのは、1章で転生先の話をちらっと入れたからでした。せっかく話題に出したのに、どこにも効いてないのはもったいないなと……。天道を話題にするなら天に近い場所を舞台にしようと思い、冒頭も決戦もスカイツリーになりました。
この話を書く前に、実際にスカイツリーの展望デッキを見に行きました。めちゃくちゃ高いですね。あの高さから落ちるのは、幽霊だとしても正気じゃないと思います。
沙斗琉のことで書きたかったことはある程度書けましたが、本当は歌舞伎町周りをもっと掘りたかったですね。沙斗琉が亡くなったのは夏なので、1章でもっと深掘りするべきだったかなと反省しています。
そして出さなきゃいけない重要ワードが出ていないことに気づいたので、3章に進みます。3章は短めになるかもな、という予想です。うん……たぶん……。




