第73話 不器用な感謝
冬の強い風が、蓮の体に遮られながら通り過ぎていく。日付が変わる直前の代々木公園は、虫の声もなくしんと静まり返っている。
蓮はベンチに座り、パーカーの上に着たブルゾンのポケットに手を入れる。スマートフォンを見ると気温は一桁で、蓮は手袋を持ってこなかったことを後悔する。
蓮の隣に腰かける守は、そわそわした様子で体をゆすっていた。
「ゆ、夕樹さん、ちゃんとスカイツリーに来ましたかね……」
「こっちに来ないってことは、たぶんそうだろ。優等生が待ち合わせ場所を間違えるとも思わないしな」
「そもそも来ていないということは……」
「それはあり得る。まあ、そんときは帰って別の作戦考えるだけだから」
「それもそうですね……!」
蓮たちは、万が一夕樹が待ち合わせ場所を間違えたときの保険だ。メモの内容を確認せず、以前と同じ場所だと勘違いする可能性を考慮した。しかし、どうやら杞憂に終わったようだ。
一応日付が変わるまでは待つことにして、蓮はベンチの背もたれに体をあずける。守は異国の神の像を見ていたが、ふと思いついたように蓮に目を向ける。
「そういえば、どうしてスカイツリーなんですか? 前と同じ集合場所のほうが、間違える心配も少なかったと思うんですけど……」
「決めたのは沙斗琉と晴翔だから、詳しい理由は知らないが……」
蓮は遠い空を見上げる。吐いた息が一瞬視界を白く染め上げ、風に流されて消えていく。
「思い入れみたいなことだと思う。沙斗琉はスカイツリーから夕樹を見てるし、晴翔は……死んだ場所が見えるのかもな」
「なるほど……」
「それに、異国の神の前ってのもな」
「確かに、ばち当たりですね!」
蓮はこくりと一つうなずく。沙斗琉が夕樹を殴ると宣言していたし、平和の神でもある像の前ですることではないだろう。
会話が途切れ、風の音だけが耳を刺す。守が話題を探す気配を感じながら、蓮は小さく目を伏せる。
「悪いな。中途半端に巻き込んで」
「え?」
守がきょとんとした顔で蓮を見る。蓮は守に目を向けず、視線を足元に注いでいる。
「守が夕樹に関わる理由はなかったろ。ただ教育係の俺たちが夕樹を追って、それに巻き込んだだけだ」
「いえいえ! 僕こそ、まったくお役に立てずすみません!」
守が何度も頭を下げる。その想定外の行動に蓮は一瞬ぎょっとして、守に顔を上げるよう促す。
動きを止めた守は、少し照れくさそうに頬を掻く。
「お役には立てませんでしたが……頼ってもらえて嬉しかったです」
蓮が再び驚きに目を開く。蓮は「迷惑をかけた」と思っていて、「嬉しい」と言われるなど微塵も思っていなかった。
蓮の表情に、今度は守が驚き慌てふためく。
「す、すみません! なにか変なこと言いましたか!?」
「ああ、いや、全然」
「そ、そうですか」
守がほっと胸をなでおろす。蓮がスマートフォンを見ると、時刻は零時を過ぎていた。
「日付変わったな。帰るか」
「沙斗琉さんたちの応援は行かなくていいんですか? お二人に門を開ける力はありませんし……」
「夕樹が開けられるから、大丈夫だろ」
守は一瞬きょとんとした顔をする。しかしすぐに理解したようで、ふわりと優しく微笑んだ。
「そうですね。帰りましょう!」
蓮は立ち上がり、守に目を向け小さく微笑む。
「守。……ありがとな。付き合ってくれて」
「……! はい!」
守も元気よく立ち上がり、蓮の後に続く。風は落ち着き、蓮は先ほどまではなかった暖かさを感じていた。
「あ! 蓮さん終電大丈夫ですか!?」
「扉で帰れる」
「あ、そうでした……」




