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霊魂管理局 地縛霊回収課  作者: わしお
2章 - 天に溺れる罪

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第68話 後悔しない生き方

「霊体で目が覚めたとき、僕の髪は白くなっていました。ストレスなのかわかりませんが、最初は戸惑いましたね」


 夕樹は自分の前髪を一束つまむ。見事なほど白いその髪を見ながら、葵は悲痛に顔を歪める。


「親父さんは生きてるから、親より先に死んだ判定……ってことか」

「はい。後で知ったのですが、父も本当は死ぬつもりだったそうです。ですが怖くなり、自分だけ脱出したと。その後、父がどのような判決を受けたのかはわかりません」

「心中の理由はなんだったんだ? 転職がうまくいかなかったとか?」

「父はそうでしょうね。順風満帆(じゅんぷうまんぱん)な人生を送っていた父には、どうしたらいいのかわからなかったのだと思います。母は……なんでしょう。夫がステータスを失ったことに耐えられなかったか、あるいは金銭的な問題だと思います」


 葵はなんとなく前者な気がしていた。話を聞いた限りの印象では、高収入な夫と賢い息子に酔っていたのかもしれない。当然会ったことはないので、憶測でしかないが。

 夕樹は膝の上の拳をぎゅっと握る。


「僕は両親に殺されたと思っています。実際、無理心中で子供が死んでいる場合は殺人罪に問われます。それなのに、親に望まれて死んだのに、僕らは親より先に死んだ罪に問われた。おかしいとは思いませんか?」

「確かになぁ……」


 葵は腕を組んで考える。確かに理不尽だとは思う。しかし葵はなぜか、夕樹に同情することができない。

 夕樹に共感できないわけではない。理由はおそらく、「かわいそうな子供のために」と言っていた夕樹の動機が、結局「自分のため」でしかないからだろう。


(正義感っていうより、復讐に近いのか?)


 夕樹は真剣な瞳を葵に向け、膝の前に指をそろえる。


「僕はこの理不尽な裁判を変えたいんです。お願いします、力を貸してください!」


 夕樹は勢いよく頭を下げ、(ひたい)を床につける。しかし葵は悩む様子もなく、ゆっくりと首を横に振る。


「ごめん。やっぱりオレには協力できない」

「なぜですか? 報酬は出せませんが、死後に冥界よりいい環境に連れていくくらいは……」

「そうじゃなくて、そこにモチベーション持てないなと思って」


 夕樹が顔を上げると、葵は眉をハの字にして笑う。


「正直さ、今を生きるのに精一杯なんだよ。死んだ後のことなんか考えてられない。死んだ後をよくするより今をよくしたいし、もしあの世で理不尽な判決を受けても、それでも後悔はないって言える生き方をしたい。これは、オレが生きてるから思えることだけどさ」


 夕樹は驚いたように目を丸くしていたが、やがて寂しげに目を伏せる。


「後悔しない生き方、ですか……」

「うん。死んでからこんなこと言われても困ると思うけど」

「いえ……」


 夕樹は再び、膝の上の拳を握る。


「……きっと葵さんが同じ目に遭っても、両親に感謝しながら石を積めるのでしょうね」

「うーん、どうだろ? でも、出てっちゃった本当の母さんのことも、死んじゃった義理の母さんのことも、(うら)んだことはないかな。父子家庭で家事も妹の世話もオレの担当だったけど、楽しい思い出の方が多いよ」

「……」


 しばらく沈黙した夕樹は、ゆっくりと立ち上がり頭を下げる。


「お話を聞いていただき、ありがとうございました。約束通り、もうここには来ません」

「おう。不法侵入は犯罪だかんな。反省しろよ!」

「はい。すみませんでした」


 夕樹は顔を上げ、ふらふらとベランダに足を向ける。


「あ、そうだ夕樹!」


 葵に呼び止められ、夕樹はぼんやりとした瞳を葵に向ける。


「公園で待ち合わせした日、本当は晴翔も来る予定だったんだ。お前に会うのめちゃくちゃ楽しみにしてたんだからな。そのうち会いに行ってやれよ」


 夕樹は目を開き、ぱちぱちと瞬きをする。やがて細めた瞳は穏やかで、夕樹は“お兄ちゃん”の顔をしていた。


「はい。ありがとうございます」


 夕樹は再びベランダに足を向け、今度は確かな足取りで一歩を踏み出す。カーテンをすり抜ける背中は、心なしか入ってきたときよりも大きく見えた。

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