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霊魂管理局 地縛霊回収課  作者: わしお
2章 - 天に溺れる罪

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第66話 正しさの定義

 夕樹の常識のすべては、親と教師の言葉で構成されていた。

 父は大企業の社員、母は専業主婦の天野家は、都内の富裕層が集まる地域で暮らしていた。夕樹は親の教育に疑問を持たず育ったが、自分の家と周りの家の教育が違うことには、薄々気づいていた。


 小学校の帰り道、夕樹の目に自分と同じくらいの歳の子供たちがキックボードをしている姿が映った。楽しげにはしゃぐ彼らの様子を、夕樹はどこか冷めた感情で眺めていた。

 夕樹は子供たちの中にクラスメイトがいることに気づいていた。先生の手伝いをしてから下校した夕樹と違い、彼はキックボードを取りにすぐに家に帰ったのだろう。

 その子供は教室で、親に物を買ってもらったことをよく自慢している。キックボードの話も、つい最近していた。


(あの子はあそんでるから、べんきょうができないんだ)


 夕樹にとって彼は、声が大きいだけの存在だった。たまにちらりと見える彼のテストの結果は、いつも半分すら正解していない。

 夕樹はいつも満点を取る自分に自信を持っていた。親にも教師にも褒められ、近所でも賢い子として評判だ。それが夕樹の“正解”で、それ以外は“悪”だった。


「ゆうきー! おまえもどうだ?」


 夕樹が声の方に目を向けると、例のクラスメイトがにこにこと手を振っている。夕樹はいかにも申し訳なさそうに眉を下げる。


「ごめんね。おかあさんとやくそくがあるんだ」


 嘘ではない。夕樹は帰ったらいつも最初に宿題をするが、それは母親との約束だ。宿題をして授業の予習、復習をするまでは、他のことは一切しない。しかしそれは建前で、本音は彼と遊びたくないだけだった。

 彼が気のいい人間であることは理解している。けれど夕樹は、頭の悪い人間と付き合うつもりはない。両親は「頭のいい子と友だちになりなさい」と言うからだ。


 家に帰った夕樹は、約束通り宿題をして、予習も復習も内容を理解できるまで続ける。その後は読書をすることが多いが、母に頼まれて歳の離れた弟、晴翔の面倒を見ることもある。

 遊び道具に見える晴翔のおもちゃは、決して遊ぶためのものではない。晴翔が将来、頭のいい子になるための布石だ。積み木、パズル、絵本、少し大きくなるとクレヨンや粘土、楽器など、想像力を養うものに触れさせた。キャラクターものや、子供だましのようなおもちゃは、天野家には存在しなかった。


 中学生になっても高校生になっても、夕樹の基本的な考えは変わらなかった。勉強ができて人当たりがいいことが正義、遊んでばかりで頭が悪いことが悪。

 遊びたがりな晴翔も、夕樹と共にいると自然に勉強をし始める。それを親が褒めるたび、夕樹の“正しい”認識はさらに固まっていった。

 正しさを知る自分は恵まれていて、この家は()()()家だと夕樹は思っていた。将来は父のように大企業に勤め、安定した幸せを得るのだと、夕樹は疑わなかった。


 晴翔は夕樹とは反対に、自分の家は()()()()と思っていた。

 勉強が悪いことだとは思っていない。けれど勉強が全てではなく、遊びから得る発見もあると晴翔は思っている。そもそも晴翔は、机に向かうより体を動かす方が好きだった。


 晴翔は授業が終わると、家に帰らず学校で友だちと遊んでいた。親には「学校で勉強してる」と嘘をつき、散々遊んで夕食前に帰る。食後に宿題をして、授業の復習をして、予習はせずに眠りにつく。テストはいつも満点だから、それでいいと晴翔は思っていた。

 しかしある日、放課後に遊んでいることが母親にばれた。母親は鬼の形相(ぎょうそう)で晴翔に近づき、晴翔の腕を強くつかむ。


「なにしてるの!! 早く帰って勉強しなさい!! 遊んでると馬鹿になるでしょ!!!」


 ヒステリックに叫ぶ母に、晴翔の友人たちは驚いて固まっている。晴翔は母の手を振り払おうと必死に暴れた。


「ならないよ! ぼくテストまんてんだもん!」

「小学校のテストなんて、できて当たり前でしょ!! 大体、お友達は勉強できるの!? 頭の悪い子といるとあんたも馬鹿になるよ!!」

「バカっていうやつがバカなんだよ! おかあさんのバーカ!!」

「親に向かってなんてこと言うの!!」


 晴翔はずるずると引きずられ、家に連れていかれた。そのまま部屋に放り込まれ、「宿題を終わらせるまで出てくるな」と閉じ込められた。食事も与えられず、晴翔は大声で泣き続けた。


「おかぁさんのばぁかぁぁぁ!!!」


 泣くだけで宿題をする様子のない晴翔に、両親、特に母親は頭を抱えた。


「夕樹はこんなにいい子なのに、なんで晴翔はああなの?」

「多少は遊んでもいいが、さぼり癖がついたらよくないな」

「それもそうだけど、親に向かって馬鹿なんて……。そんな風に育てた覚えはないのに」


 扉越しに(かす)かに聞こえたこの言葉を、晴翔は死んでも忘れなかった。あれだけ子供に「馬鹿」と言っておきながら、「そんな風に育てた覚えはない」とは。死んでから思い出すと笑ってしまう。

 それから晴翔は、まっすぐ家に帰ることを強制された。帰ってこないと、母親が学校まで迎えに来る。友人たちもあの鬼の形相を覚えていて、誰も晴翔を引き留めようとはしなかった。

 そのうちに「付き合いが悪い」と認定された晴翔からは、友人が減っていった。晴翔はこのことを、母親のせいだとずっと思っている。

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