第63話 優しい嘘
「お願いします匿ってください」
仁王立ちする蓮を前に、晴翔は床に額をつけて懇願する。蓮は既視感を覚えながら、眉間に深いしわを刻む。
先ほど回収を終え別れた沙斗琉に、晴翔への言伝を頼んだばかりだった。蓮は半ば呆れた様子で晴翔を見下ろす。
「なんで家の中にいるんだ」
「ぼく、すり抜け得意なの」
「本部にいたんじゃなかったのか」
「逃げた」
「俺のこと、土下座したら何でも言うこと聞いてくれる人だと思ってないか?」
「うん」
蓮は深いため息をつき、のそのそとベッドに座る。今から沙斗琉を追いかけて呼び止めることもできるが、走りたくないのでやめた。
「とりあえず顔上げろ。なんで逃げた」
晴翔はすっと顔を上げ、蓮に体を向け正座に座り直す。
「仕事が嫌になったから」
「何が嫌なんだ?」
「隣に座ってるやつが人の悪口ばっかり言う。あと、毎日おんなじことするの疲れた」
「その年で社畜みたいなこと言うんだな」
「生きてたらもう十九だよ」
「まだ十九だろ」
「まだ……。そっか。まだか」
晴翔は目を伏せてうつむく。蓮は晴翔に“ずっと子ども扱いされてきた人”という印象を持っていたが、もしかしたら霊魂管理局ではそうではないのかもしれない。
蓮はスマートフォンを取り出し、霊魂管理局本部と繋がるチャットを開く。蓮から本部に連絡する手段は、古くさいシンプルなデザインのこのチャットしかない。
「ここにいるのは構わない。が、本部に連絡はする」
「えぇー? 連絡しないでよぉ」
「見つかったときが面倒だからな。本部に戻らなくていいようにはしてやる。ストレスは休む理由として正当だからな」
蓮はスマートフォンの親指を滑らせる。晴翔は頬を膨らませ、膝の上の拳をぎゅっと握りしめる。
「蓮は、会社が嫌になったことない?」
「ない。嫌ならルール変える」
「そういえば社長さんだっけ……。就職したこととかないの?」
「ないな。バイトくらいはあるけど」
「えっ、あるんだ!」
「雇われる側のことも知っておこうと思って。二週間で辞めたけど」
「はや……」
「上司の非合理的な指示はやる気出ないし、組織内だけの常識を振りかざしてくるやつも面倒だし、稼げる額にも天井があるから」
「自分で成功しちゃうとそうかもね……」
蓮はチャットの送信ボタンを押し、スマートフォンをポケットにしまう。少し前のめりに座り直し、晴翔と視線を合わせた。
「お前の兄貴のことだけど」
その一言に、晴翔の表情がぎゅっと固くなる。期待と不安で満ちた様子に、蓮は言いづらくなり目を逸らす。
「連れて帰れなかった。悪いな」
晴翔の表情がしぼんでいく。それを振り払うように、晴翔は首をぶんぶんと横に振る。
「ううん。いいの。なんとなく帰ってこない気がしてたから。あと……」
晴翔は目を伏せ、再び拳を握る。
「……みんなが『天道事件』って呼んでる事件の犯人が、お兄ちゃんなのも聞いた」
「……そうか」
晴翔の心境を思いつつ、蓮は気の利いたセリフの一つも思いつかない。そういったことは、今まで葵や沙斗琉に任せてきた。むしろ、コミュニケーションが苦手だから葵を雇ったと言っても過言ではない。
何か言えたらと思うことはある。けれどやはり、今回も蓮には何も思いつかなかった。
蓮は諦め、話題を変えようと立ち上がる。
「伝言は伝えてきた」
晴翔はぱっと顔を上げる。その表情に先ほどまでの影はなく、晴翔も切り替えようとしているのだと伝わった。
「ありがと! お兄ちゃん、なんか言ってた?」
「『もう少しだけ待って』だと」
晴翔の表情が少し明るくなる。見捨てられていないと感じたのかもしれない。
しかし蓮は、夕樹の言葉を好意的に捉えてはいなかった。
(……何を待つんだろうな)
夕樹が話した「地獄の裁判を変える」という動機は、おそらく嘘ではない。実際に対面して、夕樹が周りの言うように優しい人物だというのは蓮も理解した。
しかしだとしたら、なぜ晴翔を置いて失踪したのだろうか。自分の行動が正しいと思っているなら、初めから晴翔を連れて行けばいいだろう。
(何か計画があるのか。もしくは反逆行為の自覚があるから、晴翔を巻き込みたくないのか……)
『もう少しだけ待って』は優しい嘘かもしれない。本当は帰れないが、晴翔が「見捨てられた」と思わないように。
蓮はほのかに喜ぶ晴翔を見ながら、眉間のしわを深くする。
(そっちのほうが残酷だと思うけどな)
叶わない期待を続ける苦しさを、蓮はよく知っている。蓮は晴翔の笑顔から目を逸らし、スマートフォンを机に置いた。




