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霊魂管理局 地縛霊回収課  作者: わしお
2章 - 天に溺れる罪

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第62話 正しい人

(巻き込んじゃったな……)


 雲が流れる青い空を、沙斗琉はぼんやりとした瞳で見上げる。周囲から聞こえてくる笑い声は、聞こえてはいるが認識していない。


 沙斗琉は蓮と葵が夕樹探しに協力してくれることを、巻き込んだと感じている。おそらく二人は巻き込まれたつもりはなく、むしろ沙斗琉が一人で行動することを嫌がるだろう。特に蓮は、自分のことは一人で解決しようとするくせに、他人のことは放っておけない性格だ。

 ありがたいとは思う。けれど、沙斗琉は申し訳なさを感じずにはいられなかった。


 沙斗琉は柵に体を預け、眼下(がんか)に広がる海に目を向ける。強い風に(あお)られる東京湾には、白い波が立っていた。数カ月前まで二人で見ていたお台場の景色は、心なしか寒々しく思える。


(真白さんに愚痴(ぐち)ったら、なんて言うかな)


 沙斗琉の脳内に浮かんだ真白は、全く共感することなくクレープを食べていた。「その人たちが好きでおせっかい焼いてるんでしょ。放っておけば」くらいの、実にさっぱりとした答えが返ってくる。幻影に何を言わせているんだと沙斗琉は苦笑した。


 沙斗琉と夕樹が出会ったのは、六年前の二月のこと。死んでから半年ほどで、沙斗琉はまだ裁判中だった。それが突然閻魔王の間に呼び出され、回収課に属するよう命じられた。

 その場で契約書にサインさせられ、妙に中二病臭い大鎌を与えられた。回収課の職員だという獄卒は、沙斗琉を会議室に連れて行き、しばらくして夕樹が獄卒と共に部屋に入ってきた。

 二人で組むように命じられた後、先に名乗ったのは沙斗琉だった。


「鬼頭 沙斗琉です。今日からよろしくね~」


 いつものように軽い調子で名乗ると、夕樹は貼り付けたような笑みで手を差し出す。


「天野 夕樹です。よろしくお願いします、鬼頭さん」


 握手を求めるとは、日本人には珍しい。そう思いながら、沙斗琉はにこやかに夕樹の手を握る。握り返される力は弱く、あまり触りたくないと思っていそうな気配がした。


(嫌なら握手しなければいいのに)


 そう思いつつ、もしかしたら外国で育ったのかもしれないと沙斗琉は解釈する。あまりいい顔をされないことには若干の慣れがあり、沙斗琉は夕樹の態度を気にすることはなかった。

 それからしばらく、沙斗琉と夕樹は冷めた関係が続いた。仕事は共にするものの、それ以上踏み込むことはない。沙斗琉は夕樹のことを「私立高校に通っていて十八歳で死んだ」としか知らず、夕樹は沙斗琉のことを「ホストをしていて客に刺されて死んだ」とだけ把握していた。


 しばらく行動を共にするうちに、沙斗琉は夕樹が自分を嫌う理由に気づいた。単純に、沙斗琉の生前の職業がホストだからだ。

 夕樹は十八歳とは思えないほど固定観念に(とら)われていた。親と教師が良いと言うことが“正しいこと”、そうでないことは“悪いこと”と認識している。ホストという職業は、その概念の中では“悪いこと”だった。


 右利きが“正しい”、勉強をすることが“正しい”、いい成績を取ることが“正しい”、名門校に入学することが”正しい”、大手企業に就職することが“正しい”。

 特に勉学というものは、夕樹の中で最も重要なものだった。勉強をおろそかにする者は“(おろ)か者”で、勉強しても成績が低い者は“自分が導いてあげる存在”だ。沙斗琉は外見から勉強をしていなさそうに見えたようで、“愚か者”と認定されていた。実際にはそこそこ偏差値の高い大学を出ているが、沙斗琉はあえて夕樹に伝えなかった。


 そんな夕樹の認識が変わったのは、とある少年地縛霊を回収したときだった。今年で六歳になるはずだった少年は、一生のほとんどを病院で過ごし、死んでも病院に縛られていた。

 沙斗琉が少年の鎖を切った後、夕樹はいつものように「冥界に行く前にやりたいことはありますか?」と尋ねた。


「あそびたい!」

「えっ」


 期待に満ちた少年の瞳に、夕樹は戸惑いを見せる。夕樹の家では、遊ぶことは“悪いこと”だったからだ。

 沙斗琉は硬直する夕樹を無視し、少年の目線に合わせてしゃがむ。


「いいねぇ。なにする?」

「とらんぷ!」


 少年が慣れない様子でよちよちと歩き、床頭台(しょうとうだい)に置かれていたトランプを手に取る。沙斗琉は少年から未開封のそれを受け取り、丁寧に封を切る。


「何したい?」

「だいふごう!」

「おっけー。夕樹もやるよね? 二人じゃゲームにならないし」


 沙斗琉がトランプを切りながら、横目で夕樹を見る。夕樹はまだ狼狽(うろた)えていたが、きらきらと輝く少年の瞳に負けたのか、机のそばにゆっくりと歩いてきた。

 沙斗琉はカードを配りながら、念のため大富豪のルールを説明する。沙斗琉の育った地域では「大貧民」と呼んでいたが、ルールが同じことは把握している。ローカルルールは一切なしのシンプルなルールを設定し、少年のターンからゲームを始めた。


 この大富豪に、最も熱中したのは夕樹だった。彼の常識の中で最下位が“悪いこと”だからかもしれないし、自分より先に上がる沙斗琉に対抗心を燃やしたのかもしれない。もっとも、沙斗琉は接待プレイをしていて全然本気ではないのだが。

 他にもトランプゲームで遊びつくし、気づけば数時間が経過していた。少年を冥界に送り届けた夕樹は、門を閉じた後、複雑な表情を見せた。


「トランプ、楽しかった?」


 沙斗琉が尋ねるが、夕樹は何も言葉を発しない。まるで「認めたら負け」と思っているようだ。

 沙斗琉が夕樹を置いて歩き出すと、夕樹は黙って後ろをついてくる。沙斗琉は前を向いたまま、後ろの夕樹に話しかけた。


「けっこう頭使ったでしょ。勉強と同じかそれ以上にね」

「……」

「楽しかった?」

「……沙斗琉は、僕より賢いの?」


 質問で返す夕樹に、沙斗琉は振り返ることなく、いつもの調子で返事をする。


「分野によるんじゃない? 全部が秀でてるわけじゃないし、全部が劣ってるわけでもない」


 夕樹が立ち止まる気配を感じ、沙斗琉も合わせて足を止める。振り返ると、下を向く夕樹の瞳が揺れているように見えた。


「……遊ぶことは悪いことって教わってきた」

「……うん」

「遊ぶから頭が悪くなるんだって。だから誰より勉強して、学年首位で居続けた」

「すごいじゃん」

「……僕は、(おご)っていたのかもしれない」

「そっか。気づけてよかったね」


 沙斗琉は再び夕樹を置いて歩き出す。後ろをとぼとぼと歩く夕樹がどんな顔をしていたのか、沙斗琉は知らない。

 しかしこの日から、夕樹の態度は確実に変わった。仮面のような笑顔は本物の笑みになり、地縛霊に対する視線も柔らかくなった。固定観念が()がれ落ち、夕樹は“正しい人”から“優しい人”になっていった。

 けれど“優しい人”になったことこそが、失踪の原因であることは明らかだった。


 沙斗琉は日が傾き始めた空をぼんやりと眺める。流れていた雲はいつの間にか空を覆い、どんよりとした空気に包まれている。


(……考えてもしょうがないな)


 沙斗琉は柵から離れ、駅に向かって歩き出す。真っ白な空からこぼれた(しずく)は、沙斗琉を濡らすことなく地面に落ちた。

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