第60話 二杯目のコーヒー
蓮がマグカップを揺らし、コーヒーの香りが立ちのぼる。深い苦みのある香りの中、蓮と沙斗琉は終始落ち着いた様子で話していた。
「扉から本部の幽霊たちを呼び出す案もあったんだけどな。人手不足を理由に却下された」
「課長が「こっちも忙しいから、君たち二人で捕まえてくれ」ってねー。でもさっきの部長の口ぶり的に、失策と取られてるかもしれない。今頃課長は怒られてるかもね」
「そうだな。で、沙斗琉には当日、俺の後を追ってもらった」
「ずっと後ろにいたんだけどねー。気づかなかったでしょ」
ケラケラと笑う沙斗琉からは、夕樹と対峙したときの不穏な様子は見られない。しかし空元気である可能性は否めず、葵は少し迷いながら口を開く。
「聞いていいのかわかんないけど……夕樹さんと沙斗琉さんってどんな関係なの? なんか、沙斗琉さんめちゃくちゃ攻撃的じゃなかった?」
「元相棒ってだけだよ。てか、夕樹のこと全然葵くんに話してなかったね」
沙斗琉は平然とした様子で、長い足をあぐらに組み替える。
「夕樹はオレの元相棒で、三年前に失踪した行方不明者だった。夕樹はもともと真面目な性格だし、最初は心配されてたんだよね。でもだんだんと悪口が目立つようになって、なぜかオレが怒鳴られたりしてさ。だから……」
沙斗琉の視線がすっと鋭くなる。
「次会ったら絶対殴ってやろうと思ってたんだよね」
「わぁ……」
沙斗琉のこめかみにうっすらと筋が浮く。口元は笑みを湛えているが、目元が一切笑っていない。
葵は遠い目で沙斗琉を見る。温厚な沙斗琉が怒りを露わにするのは珍しい。実際、殴るどころか刃物を投げつけていたことを思い出し、葵は沙斗琉を怒らせるのはやめようと心に誓った。
蓮はコーヒーを飲み干し、空になったマグカップを見つめる。
「鎌ぶん投げたときはさすがにびびった」
「いや、そうそうそう!! あれ怖かったよなぁぁ!」
「蓮たちには当てない自信があったからねー」
「え? 武器投げるような部活でもやってた? やり投げ部とか」
「やり投げなら陸上部じゃない? まあ、やってないけど。部活はテニスとバスケだけ」
「モテる人が入る部活だ」
「テ〇プリが流行ってただけだけど」
沙斗琉との歳の差を感じながら、葵は「へぇー」とうなずく。葵はふと、なぜ沙斗琉が殴らず鎌を投げたのかが気になった。
「沙斗琉さんは飛べねーの?」
何気ない葵の問いに、沙斗琉は少し気まずそうに眉を下げる。
「実は飛べないんだよねぇ……。あれって誰でもできるわけじゃなくてさ。ちょっと才能がいるっていうか……」
「あー……。そうなんだ。誰でも飛べると思ってた。なんかごめんな」
様々な幽霊を見てきた葵にとって、幽霊が浮いている姿は決して珍しいことではない。軽率なことを言ったと葵は反省するが、沙斗琉は「気にしないで」と笑った。
気まずくなった空気を斬るように、蓮がマグカップを机に置く音が響く。蓮は椅子を回して葵たちに体を向けた。
「これからどうする? もう簡単には接触できないと思うが」
沙斗琉と葵は真剣な表情でうなずく。
「向こうから来ることはもうないだろうし、こっちから探しに行くしかないよね。手がかりないけど」
「偶然会っても逃げちゃうよなー。オレはワンチャンある?」
「ないとは言えないが、葵が会ってもな……」
沙斗琉は考えるように目を伏せる。
「回収ついでに、地縛霊から目撃情報を集めるしかないかな」
「スカイツリーとか東京タワーとか、高いところから探すって手はあるぞ」
「でもわかりやすく動くと部長に怒られるよ。「あとはこちらで処理する」って、つまり関わるなってことでしょ」
「そうだな……」
蓮たちはしばらく考えるが、いい案は出そうにない。
「……しばらくは大人しく回収に徹するか?」
蓮がそう言うと、沙斗琉は諦めたようにため息をつく。
「そうだね。回収のときに、地縛霊たちにそれとなーく聞くくらいにしようか。偶然集まった情報で怒られることはないでしょ」
蓮と葵が同時にうなずく。その様子に、沙斗琉は呆れた笑いを浮かべ葵に目を向ける。
「葵くんは付き合わなくていいんだよ?」
「そうかもしれないけど、そもそもオレが持ち込んだ話だしさー」
蓮は腕を組み、険しい表情を葵に向ける。
「葵は積極的に探さなくていいが、向こうから接触してくる可能性がある。霊魂管理局の関係者ではないし、一回誘いに乗ってるから“押したら協力してくれそう”と思われてる可能性がある」
「やっぱそう思う……?」
葵は遠い目で蓮を見る。蓮は見間違えようもないほどしっかりとうなずいた。
「もし遠くから天野 夕樹を見かけたり、接触されたりしたら連絡してくれ。一人で解決しようとするなよ」
「わかった!」
「絶っっっっ対深追いするなよ。お前が車に轢かれたこと、まだ覚えてるからな」
「うぅ……。わかってるよぉ……」
蓮は般若まではいかないが、恐ろしい形相で葵を睨む。数か月前の地縛霊増加事件で、葵は犯人を追いかけようとして車にぶつかり骨折したのだ。
今はすっかり治っているが、完治までは思いのほか時間がかかった。葵もさすがにもう一度骨折したいとは思わない。
「よしっ!」と沙斗琉が勢いよく立ち上がる。
「じゃ、夕樹をぶん殴って冥界に連行するために頑張ろう!」
「おー!!」
葵が気合の入った声を上げ、拳を突き上げる。蓮は低いテンションで「おー」と返し、二杯目のコーヒーを淹れに台所へと向かった。




