第56話 正義感は誰のため
「知らなくはない……か?」
葵はそう言いながら、横目でちらりと蓮を見る。「どこまで言っていいの?」と言いたげな視線に、蓮は表情を変えずに腕を組む。
「十人の王から裁判を受けるとは聞いたことある」
「ええ。おっしゃる通り、十王と呼ばれる十人の裁判官から、生前の罪の審判を受けます。では、具体的な審査の内容はご存じでしょうか」
「……奪衣婆に服はぎ取られたりとか」
蓮は知っている情報の一部を、あまりよく知らない風に答える。夕樹は一瞬ぽかんと口を開け、おかしそうに笑い出す。
「最初に出てくるのがそれなんですね……! そうですね、それもありますね。服を枝に掛けて、しなり具合で罪の重さが測られるという……。ふふっ」
葵は興味深そうに「へぇ~」とうなずく。蓮は頭にちらつく奪衣婆の顔を隅に追いやり、夕樹の言葉を待つ。自分でその名を口にしたものの、奪衣婆の濃い顔には集中を途切れさせるインパクトがある。
しばらく笑っていた夕樹は、心を落ち着かせるようにふぅと息をつく。もしかしたら、夕樹の脳内も奪衣婆の顔面に支配されかけていたのかもしれない。
「審査の内容という言い方が良くなかったかもしれませんね。お聞きしたかったのは、何が罪に問われるのか、というお話です」
「えっと……普通に犯罪とか?」
葵が首をかしげながら答えると、夕樹は強い瞳でしっかりとうなずく。
「そうですね。殺人や窃盗など、現世で罪に当たることの多くは冥界でも裁かれます。たとえ現世で罪を逃れたとしても、あの世では等しく罰せられる。それは当然のことですし、そうあるべきだと思います」
夕樹は長い睫毛を伏せ、憂うように眉根を寄せる。
「ですが、中にはとても理不尽な罪もあるのです。本人にとって不可抗力であり、現世では罪に当たらない。古い考えがそのまま残っているような罪が……」
その夕樹の言葉に、蓮は夕樹が失踪したわけを察する。それは確かに時代遅れであり、見直すべきことの一つだが……。
(厄介だな……。正義感からくる行動は、説得が難しい)
蓮は険しい顔で遠くの地面を見つめる。その隣で、葵は深く考えていない様子で相槌を打つ。
「そうなのか?」
「はい。例えば、子供を産めなかった女性。それから、親よりも先に亡くなった子供などです」
「それはたしかに理不尽だなぁ……」
「そうですよね。僕は特に、親より先に亡くなった子供が罪に問われるのはおかしいと思うのです。誰よりも、その子たちが一番生きたかったはずなのに」
夕樹は両手をぎゅっと握りしめる。
「だから僕は、十王たちに処罰の内容を見直すよう提言したのです。ですが僕のような一介の幽霊が働きかけても、何も変わりませんでした。他の幽霊たちに協力を求めましたが、自分が問われていない罪には関心がないか、もしくは十王に逆らうことを恐れて何もしないかのどちらかで……」
夕樹は眉間にしわを寄せ、感情の爆発を抑えるように話す。しかし言葉の端々に、隠しきれない怒りが滲んでいる。
夕樹は伏せていた目を強く開き、蓮と葵を交互に見る。
「そこで、あなた方のお力を借りしたいのです!」
「え?」
葵から素っ頓狂な声が漏れる。冥界の内情を知っている蓮には話の筋が見えているが、葵にはさっぱりわからないだろう。流れからして、生者にできることなどありそうにない。
しかし夕樹はまっすぐな視線を葵に向ける。
「冥界の裁判には、現世の価値観が大きく影響します。例えば個人情報を盗むことは、昔の冥界では罰せられませんでした。しかし現世で個人情報保護法が施行され、冥界でも罪に問うようになったのです。先ほど例に挙げた子供を産めなかった女性についても、罰を廃止しようという動きが出てきています」
夕樹はきっちりと姿勢を正し、深々と頭を下げる。
「お願いします。かわいそうな子供たちのために協力してください!」
葵は「えぇ……」と声を漏らしながら蓮を見る。蓮は横目で葵を見て、小さく首を横に振る。
葵は困ったように、人差し指でぽりぽりと頬を掻く。
「えぇっと……。申し訳ないけど、オレたちにできることはないんじゃないかな」
「そんなことはありません!」
夕樹は頭を上げ、片膝をつき祈るように両手を合わせる。
「ほんの少しSNSに書き込むだけでもいいんです! 「親より先に死ぬことは親不孝なの?」とか! 一瞬でもバズれば十王の目にも入りますから!」
「いや、そんな簡単にバズらないからな?」
「バズらせる案なら僕も出しますから!」
「バズらせたことある?」
「いえ……というか、スマートフォンを持ったこともありませんが……」
「ダメじゃん」
葵が冷静なツッコミを入れる中、蓮はゆっくりと重い息を吐く。
「それは誰のための行動だ。晴翔か? それともあんた自身のためか」
晴翔の名前を出した途端、夕樹は驚いたように素早く蓮を見る。蓮はただまっすぐに、白い姿に似つかわしくない黒い瞳を睨み返す。
「あんたが十八で死んだとき、成人年齢はまだ二十歳だったな。賽の河原で石を積み続けるのは苦痛だったか?」
「どうして、晴翔のことを……」
蓮はゆっくりと立ち上がり、何もない空間に右手を翳す。そこから生み出されるように広がった金色の光は、四角く壁を張り、大きな金庫のような扉に変化する。
蓮はパーカーの首元に手を入れ、名札を取り出して夕樹に向ける。
「俺は霊魂管理局 執行部回収課の郷間 蓮。あんたを回収しに来た」




