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霊魂管理局 地縛霊回収課  作者: わしお
2章 - 天に溺れる罪

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第57話 いつ帰ってくるの?

「霊魂管理局……? 生者が……?」


 夕樹はパチパチと(まばた)きをしながら、蓮の足元に目を向ける。おそらく影を確認したのだろう。蓮の足元は街灯の明かりを受け、濃い影を作っている。

 蓮は夕樹に体を向けたまま、ちらりと葵を横目に見る。


「葵、下がってろ」

「え? あ、うん」


 葵は慌てて辺りを見渡し、椅子の裏に身を隠す。椅子の背からひょっこりと目を出す様子は、おそらく好奇心に駆られての行動だろう。葵は蓮の扉のことは知っているが、実際に目にしたことはほとんどない。

 夕樹は蓮の全身を、上から下までゆっくりと眺める。そして納得したように「ああ」と声を上げる。


「黄金の金庫扉……。そうか、あなたが閻魔様の落胤(らくいん)ですね!」


 夕樹の表情がぱっと明るくなり、嬉しそうな声を上げる。予想外の反応に蓮が驚いているうちに、夕樹は早足で蓮に近づいた。


「ずっと会いたかったんです! 閻魔様の力を受け継ぐ奇跡の子! 僕がいたころの霊魂管理局ではタブーとされてましたが、回収課の所属になっていたんですね。お会いできて本当に嬉しいです!」


 夕樹は握手を求めるように手を伸ばすが、蓮はそれを振り払うように手を動かす。人ならば当たっていただろう手は、すり抜けて何の感触もない。

 夕樹は一瞬目をぱちくりさせた後、申し訳なさそうに眉を下げる。


「すみません、ちょっと感動してしまって……。驚かせてしまいましたね」


 夕樹は数歩下がり蓮と距離を取る。蓮はあからさまに不機嫌な顔で夕樹を(にら)む。


「俺に会ってどうする気だ」

「実はお願いが……」

「またか」

「すみません。でも、僕の力ではどうにもならないのです」


 夕樹は指を揃え、その手を蓮の扉に向ける。


「その扉の力をお借りできませんか?」


 端的な問いに、蓮は(いぶか)しげに眉根を寄せる。


「理由は」

「人を幸せにするためです。僕の力では裁判までの(いとま)を与えることしかできませんが、その力なら、みんなを本当の天国に連れていけます」


 その言葉に、蓮の眉がぴくりと動く。


「……幽霊を天道に送ってるのはあんたか」


 夕樹は蓮の低い声に臆することなく、当然のように「はい」とうなずく。


「生きている間に頑張った人が、あの世で罰を受けるのはかわいそうじゃないですか。どれほど誠実に生きても、些細(ささい)なことで罰せられるのが今の冥界の裁判です。逆に明らかな罪なのに軽くなることもあります。情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地が、罪の過程ではなく、遺族の供養(くよう)にゆだねられているからです。僕の目には、冥界は恵まれない人ほど損をする世界に見えます」

「だから裁判を通さず、あんたが行き先を決めると?」

「制度が変わらないなら、分で動くしかありませんから」


 蓮の眉間(みけん)のしわが深くなる。その表情に、夕樹は残念そうに目を伏せる。


「協力は得られないようですね。仕方がありません」


 夕樹は何もない空間にそっと手を(かざ)す。全く焦る様子がないのは、蓮が夕樹に触れられないからだろう。

 しかし不意に感じた気配に驚き、夕樹はくるりと(きびす)を返す。そのときには既に、黒い大鎌が眼前に迫っていた。


 夕樹は後ろに体を傾け、ぎりぎりで刃を避ける。相手は器用に手を返し、すぐに二撃目を繰り出した。

 そのまま下がって避けようとした夕樹だが、背後に蓮の扉があることに気付く。今にも開きそうなその扉の先が、冥界に繋がっていることは容易に想像がついた。

 夕樹は思い切り地面を蹴り、ジャンプで刃を(かわ)す。そのまま鎌の射程外の上空で足を止めると、相手は空中までは追えないようで、小さく舌打ちして鎌を下ろした。


 この場にいると思っていなかった人物の登場に、葵はベンチの向こうでぽかんと口を開いている。蓮が驚く様子はない。

 夕樹は攻撃された後にもかかわらず、柔らかい笑みで相手を見下ろしている。


「全然気づかなかったな……。久しぶりだね。どこに隠れてたの? 沙斗琉」


 沙斗琉は夕樹を睨みながら、口元だけ微笑みをたたえる。


「久しぶり。「どこに隠れてたの」はこっちのセリフだよ。ずいぶん探したんだから」

「隠れてたつもりじゃなかったんだけどな。神気の強い山の中にいたから、捕捉できなかったのかな? 新しい門の力を練習してて」

「例の天道の門?」

「うん」


 夕樹は自分の隣の空間に手を(かざ)す。夕樹の足元の空気が水面のように揺れ、そこから寺で見るような屋根の付いた門が現れる。それは一見、回収課が作る冥界の門と変わらない。

 しかし門が開かれると同時に差し込んだ光は、明らかに冥界のものではない。暖かな光は春の日差しを思わせ、爽やかなにおいは豊かな花畑のようだ。様々な扉を開いたことがある蓮には、その門の先が天道であることが一目でわかった。

 夕樹は誇らしげに門の柱を撫でる。


「安定して開けるようになるまで三年かかったよ。でもたくさんの人に喜んでもらえてるから、頑張った甲斐(かい)はあったね」

「喜ばれてるんだ」

「うん。天道に導いたみんなにね。転生したわけじゃないから、幽霊のまま天道に行くことにはなるんだけど。でも「生前のことを忘れてのんびりできる」って、みんな笑ってくれるよ」


 話を聞きながら、蓮は心の中で「温泉か?」とツッコミを入れる。しかし沙斗琉と夕樹の間に流れる空気は、とても茶化せる雰囲気ではない。

 夕樹は優雅な所作(しょさ)で沙斗琉に手を差し出す。


「沙斗琉もどう? 生前のことは忘れて、苦しみの少ない世界に……」

「嫌だね。オレは今、十分楽しいから」


 沙斗琉は夕樹の言葉を(さえぎ)り即答する。夕樹は悲しげに微笑み、そっと手を下ろす。


「そっか。それなら仕方ないね」


 夕樹は蓮と葵に目を向ける。


「蓮さんと、葵さん……でしたよね。今日はありがとうございました。気が変わったら、いつでも連絡してください。またあの場所にメモを置いていただければ大丈夫なので」


 夕樹はそう言い、自身の生み出した門に足を向ける。


「晴翔から質問を預かってる」


 蓮がそう言葉を投げかけると、夕樹は足を止めて蓮を見る。蓮は破り取った手帳のページをポケットから取り出し、広げて夕樹に向ける。夕樹は少し身を乗り出し、眉間にしわを寄せ目を細める。


「すみません、目が悪くて……」

「『いつ帰ってくるの?』だと」


 晴翔のこの問いを、蓮は「晴翔らしい」と思うと同時に意外にも思った。もっと質問攻めにするように、大量の言葉を連ねることを想像していた。

 晴翔がこの一言に詰め込んだ思いを、夕樹も感じ取ったのだろうか。夕樹の黒い瞳が、一瞬大きく開かれる。夕樹は眉を下げ、寂しげに目を細める。


「……もう少しだけ待ってと、伝えていただけますか?」

「自分で言え。俺は伝言係じゃない」


 蓮は手帳のページを折りたたみ、手裏剣のように夕樹に投げる。あれだけ吹いていた風は収まり、紙はまっすぐに夕樹に向かっていく。

 夕樹はその紙を両手で受け止める。同時に沙斗琉が夕樹に向かって大鎌を投げるが、夕樹は空中を蹴り、門と共に高度を上げてそれを避ける。鎌は綺麗な弧を描き、沙斗琉は戻ってきた鎌を悔しそうに受け止めた。

 夕樹は紙を広げ、懐かしそうに微笑む。


「……そうですね。晴翔とは、ちゃんと話さなきゃ」


 夕樹はコートのポケットから手帳を取り出し、紙を大事そうに挟む。夕樹は手帳をポケットに仕舞いながら、軽く会釈をして門に足を踏み入れる。

 夕樹の姿が湯気のような煙に包まれる。徐々に姿が見えなくなり、重々しい音を立てて扉は閉められた。


 木枯らしが吹き、舞い散る枯葉に蓮は目を細める。次に目を開けたとき、門は消え失せ、辺りにはただ静寂が広がっていた。

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