第55話 白と黒の邂逅
混雑する電車を降り、蓮と葵はまだ人の減らない駅のホームに降り立つ。吸い込まれるように車両に乗り込む人々を横目に見ながら、蓮たちは出口に向かう階段を上る。
「電車は結構混んでたけど、ここで降りる人は少ないんだなー」
「夜の原宿なんて何もないからな。乗り換えもほとんどないし」
「乗り換えの問題かぁ。新宿でめちゃくちゃ降りたもんな。この先に行く人はどこで降りるんだ? 渋谷?」
「たぶんな」
他愛のない話をしながら、蓮と葵はICカードを鳴らし改札を出る。数年前にリニューアルした近未来的な建物を出ると、強い風が音を立てて吹きつけた。
葵は開いていたチェスターコートの前を掴み、腕をクロスして前を閉じる。
「さっっっむ! この間まで暑くなかったか?」
「もう十一月も半ばだぞ。冬だろ」
「秋じゃね? つか、そのパーカーで寒くねーの?」
「下に厚着してる。そういや、代々木公園のどこに行けばいいんだ?」
「ケツァルコアトゥルの像の前!」
「なんでよその国の神の前なんだ……」
「定番の場所だと人多そうだし、わかりにくい場所でもよくないからさー。心の広い神様だといいな!」
二人は風に煽られながら目的地にたどり着く。そこには人の姿も、幽霊の姿も見当たらない。スマートフォンの時計を見ると、約束の十時までまだ十五分ほどある。
「そういえば、晴翔はなんで来れなくなっちゃったんだ?」
蓮は葵と合流したとき、「晴翔は来れなくなった」とだけ伝えた。蓮は葵の問いに、異国の神だという像を眺めながら答える。
「俺の監視が解けたから、現世にいる理由がなくなった。晴翔はもともと、冥界から出ない役職だからな」
「そっかー。来れたらよかったのにな」
「……どうだろうな」
蓮はパーカーのポケットに手を入れ、破り取った手帳のページを握りしめる。晴翔が書いた文字を蓮は既に見ているが、その内容は想像通りでもあり、想像を裏切るものでもあった。少なくとも、ここで葵に軽々しく話していい内容ではない。
約束の時間まであと五分となったとき、蓮は強い霊魂の気配を感じて目を向ける。蓮の黒い瞳に、真っ白なダッフルコートを着た、真っ白な髪の青年が映る。
葵が蓮の視線の先を見て、表情をぱっと明るく変える。その様子に、蓮はボトムス以外の全てが白いその青年が、天野 夕樹だと察した。
葵が手を振ると、夕樹は気づいたように駆け足で近づいてくる。手を振らずとも十分に互いを認識できる距離だったと思うが、相手の顔をあまり覚えていないか、あるいは視力が低いのかもしれない。
体力の概念を失っている夕樹は、全力で駆けても息を切らすことはない。夕樹は少しずつ減速しながら止まり、焦ったような表情を見せる。
「すみません、お待たせしてしまって……」
「いや、まだ五分前だから! オレたちが早く着いただけ!」
「ふふっ。お優しいのですね」
夕樹は優しげな瞳を細め、ふんわりと笑う。いかにも人がよさそうな笑顔に、蓮は晴翔が兄を慕っていることに少し納得する。
葵とあいさつを交わした夕樹は、蓮にも同じように爽やかな笑みを向ける。
「そちらがお友達さんですね? はじめまして。天野 夕樹と申します」
「……どうも」
握手を求めるように手を伸ばす夕樹に、蓮は会釈で返す。夕樹は少し残念そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻り手を下ろす。
「立ち話もなんですし、座りますか? 僕は平気ですが、お二人はお疲れになるでしょう」
夕樹は指を揃えて、少し離れたところにある木製のベンチを指す。蓮がうなずいて歩き出し、葵も蓮の後を追う。二人がベンチに並んで座ると、夕樹はベンチの前に立った。
「改めまして、本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます」
夕樹が礼儀正しく頭を下げ、つられて蓮と葵も会釈をする。ちらりと見えた夕樹の頭頂部は髪の生え際まで白く、白髪が地毛であることが見て取れる。
夕樹の立ち姿勢はずいぶんとまっすぐで、育ちのよさそうな印象を受ける。ぴったりと閉じたコートや指を揃える所作からしても、生前は厳しい家庭で育ったのかもしれない。
(晴翔もゲームしたことなかったみたいだしな……)
しかしそのような人物ならば、なぜ失踪したのだろうかと蓮は思う。職務放棄など、真面目な人間が一番避けるようなことではないだろうか。
(……聞けばわかるか)
蓮は考えるのをやめ、夕樹を見上げる。はたからは睨んでいるように見えるが、それは蓮の目つきが悪いだけだ。
蓮が聞く体制に入ったのを察したのか、夕樹は柔らかく微笑んで口を開く。
「早速質問させていただきたいのですが……。お二人は死後の裁判のことをご存じですか?」




