第48話 好きって言えるお母さんがよかった
口元を手で覆いながら、蓮は大きなあくびをする。出不精の蓮には、スーパーの食品棚の明かりすら少し眩しい。
「でっかいあくび。寝不足?」
「誰のせいだと思ってる」
「ぼくのわがままに付き合った蓮のせい」
「それはそう」
蓮は晴翔を見ずに言葉を返しながら、新鮮な肉が並ぶ棚から味付け肉のパックを手に取る。ときどき周囲から怪訝そうな視線を感じるが、蓮の片耳のイヤホンに気づくと、皆何事もなかったかのように元の買い物に戻っていく。
そんな人々の様子を、晴翔は興味深そうに観察していた。
「蓮のイヤホンって、電話してるアピールだったんだね。ぼくと話す気ないのかと思った」
「ずっと独り言喋ってるやべーやつになるからな」
「確かに~」
蓮は左手に持つ籠の中に、味付け肉のパックをそっと入れる。籠の中にはインスタントコーヒーやカップラーメン、レトルトカレーなど、いかにも料理をする気がない商品が入っている。
「蓮って料理しないの?」
「今はしないな。面倒くさい」
「できないの?」
「できる。実家にいたときは毎日作ってた」
「へぇ~。まあ、自分一人のごはんって用意するのめんどくさいよね」
「そうだろ。よし、レジ行くか」
「は~い」
蓮は律儀に「移動するときは一声かけて」という晴翔の要求を守っている。それは晴翔に粗探しをされないためでなく、蓮を信じている変成王のためだ。
本気で監視をするのなら、牢にでも閉じ込めておけばいい。そうしないのは蓮が生者だからではなく、変成王の優しさだと蓮は思っている。一見堅そうに見える上司は、冥界の裁判官の中で二番目に甘い。
セルフレジで会計を済ませた蓮は、晴翔に声をかけスーパーを出る。出かけたときは赤かった空は、既に伸びる影もないほど暗い。人目は気にしていないつもりだったが、外の暗さと風の冷たさに、蓮は少し開放感を得られた気がした。
「蓮って、なんで自分で料理してたの? 親は?」
家までの道すがら、晴翔が突然尋ねる。蓮は晴翔に目を向けず、前を向いたまま淡々と答える。
「仕事で忙しそうだったから」
「両親とも?」
「父親とは生活してない」
「あ、閻魔様の子なんだっけ?」
「そう」
蓮が閻魔の子であることは、霊魂管理局では有名な話だ。知らない者の方が少ないだろう。
晴翔は「ふ~ん」と、大して興味がなさそうに言う。
「蓮はお母さんのこと好き?」
レジ袋を持つ蓮の手に、無意識に力が入る。蓮は真白のことに整理をつけたつもりだったが、思い出すと少しだけ、心の穴を風が通り抜ける感覚がある。
「……好きだったと思う。飯作ってやろうと思う程度には」
「そっか。いいな~」
蓮はちらりと晴翔に目を向ける。晴翔の少し長めの前髪に阻まれ、蓮の位置からは晴翔の表情が窺えない。
だが晴翔の声は、ツンとふてくされているように聞こえた。
「ぼくも好きって言えるお母さんがよかった」




