第47話 失踪した元相棒
「いってらっしゃい。お気をつけて!」
自身の作った小さな門をくぐる幽霊を、守は精一杯の笑顔で送り出す。幽霊の姿が見えなくなると、守は門を消し、大きく息を吐いた。
「き、緊張した~」
「お疲れ~。全然問題なさそうじゃん」
「そ、そうですか?」
沙斗琉に背中を軽く叩かれ、守は照れながら頭を掻く。実際、以前より門の大きさは安定している。
しかし“くぐれないほど小さくはならない”というだけで、小さいことに変わりはない。高級住宅の大きな庭に出現させると、さながら犬小屋のようだった。
「まだ蓮さんほどうまく作れないですね……」
そう口にして、守は蓮が稼働停止となっている事実を思い出す。諸外国への体裁だと変成王は言ったが、恩人が疑われるのは決して気持ちのいいことではない。
「蓮さん、大丈夫でしょうか……」
「ずいぶん心配するねぇ」
「だって、その……」
「晴翔くんが蓮に攻撃的だから?」
守は肯定していいものか迷ったが、諦めて小さくうなずく。晴翔と仲が良さそうな沙斗琉には申し訳ないが、守は晴翔にいい印象を抱いていない。
「晴翔さんは、どうして蓮さんにきつく当たるんでしょう……」
「察しはつくけどねぇ」
そう言って、沙斗琉は音もなく芝生を踏みながら庭の柵に向かう。守は慌ててその後を追った。
「晴翔くんのお兄さんが、オレの元相棒だって話はしたっけ」
「少しだけ……」
「そっか」
沙斗琉は長い足で庭の柵を越え、道路に降り立つ。守は沙斗琉に助けられながら柵を越えた。
歩道のない道路をゆっくりと歩きながら、守はちらりと沙斗琉を見上げる。沙斗琉は低く輝く月に目を向け、少し寂しげに微笑んでいた。
「オレが回収の仕事を始めたのは六年くらい前なんだけど、そのときの相棒が晴翔くんのお兄さんの天野 夕樹だった。真面目で優しくて、誰からも愛されるような人だったよ」
「素敵な人なんですね」
守は深く考えずそう口にする。しかし「そうだね」と返す沙斗琉の表情は、とても穏やかには見えない。
「夕樹も蓮と同じで、幽霊を冥界に送る前に、未練を解消してあげようとする人だった。今はそうする人も増えたけど、当時は少数派でね。回転率が悪いとか、時間の無駄って言われることもあった。ただでさえ、東京23区は地縛霊が多いからね」
「そんな……」
「まあ、実際効率はよくないよ。一晩で一人しか送れないんじゃ、どこかでしわ寄せが来るからね」
「あ……ごめんなさい……」
守は自分が冥界に送られたときのことを思い出す。カラオケボックスで数時間過ごすなど、非効率中の非効率だろう。
沙斗琉は全く気にしていない様子でからりと笑う。
「謝ることじゃないよ。今はむしろいいとされてるんだ。本人が納得して冥界に来た方が、裁判がスムーズに進むからね」
「そ、そうですか……。その、晴翔さんのお兄さんは今どちらに?」
少し安心しながら守が言うと、沙斗琉は寂しげに長い睫毛を伏せる。良くないことを聞いてしまったと守が謝る前に、沙斗琉は口を開いた。
「失踪したんだ。三年前に」
「え……」
予想外の返答に、守は言葉を失う。沙斗琉は月を見上げ、淡々と言葉を続ける。
「失踪する少し前から、何か悩んでることは気づいてた。でも、聞いても教えてくれなかった。最後に夕樹に会ったのは閻魔様で、精神的に疲れてるみたいだから回収を休もうかって話してたらしい」
「失踪も、その疲れが原因なんでしょうか……」
「さあね。でも霊魂管理局が魂を捕捉できないなんて滅多にないから、よっぽど上手く隠れてるか、消滅したかのどっちかだろうね」
「消滅……」
漫画やアニメでしか聞かないような単語に、守はぞっとする。沙斗琉は月から視線を下ろし、再び目を伏せる。
「それ以降、夕樹の評価はだだ下がりでさ。あれだけ褒めてた人たちが、手のひらを返して責め始めた。晴翔くんが蓮にきついのは、夕樹と蓮を比較する人のせいだろうね。晴翔くんはお兄ちゃん大好きだから」
「そんな人がいるんですね……」
「一人や二人じゃないよ。幽霊も獄卒も関係なく、回収課の過半数が“そんな人”。オレもけっこう小言もらったしねー」
「それは、晴翔さんも辛いですね」
「だからって蓮を恨むのは筋違いだけどね。まあ蓮なら上手くやってるでしょ。もう一件回収行こー」
「あ、はい!」
沙斗琉が十字路を曲がり、守は慌てて沙斗琉について行く。沙斗琉の様子はいつも通りに見えるが、どこか壁を作っているように守は感じた。




