第45話 ダッフルコートの見張り番
少しして変成王が連れてきたのは、小学生くらいの少年の幽霊だった。黒いダッフルコートを着た少年は唇をツンと尖らせ、つまらなそうな顔をしている。
少年はくりくりとした大きな瞳を蓮たちに向ける。少年の目が沙斗琉を捉えた途端、先ほどまでの表情が嘘のように明るくなり、少年は両手を広げて沙斗琉に駆け寄った。
「沙斗琉ー!」
「晴翔くん!」
沙斗琉も同じように腕を広げ、椅子に座ったまま少年を抱きとめる。
「久しぶり~。元気だった?」
「元気に決まってるじゃん! ぼく幽霊だよ?」
「それって元気なの?」
「病気しないんだから元気!」
「それもそっか〜」
仲のよさそうな二人の様子を、守は置いていかれた様子で眺める。蓮は机に頬杖をつき、背中を向けた沙斗琉に声をかける。
「知り合いか?」
「うん。元相棒の弟さん」
「ああ、俺の前の」
少年は蓮の言葉に反応したように、沙斗琉の腕に収まったまま蓮を睨む。蓮は反応を示さないが、守は怯えるようにびくりとした。
「ふぅん……。おまえがお兄ちゃんの後任かぁ」
「どうも」
部屋の中をぴりりとした空気が流れる。そのとき、いつの間にか少年の背後にいた変成王が、少年のコートのフードを掴んだ。
「いつまでじゃれてるんだ。まずはあいさつだろう」
「はぁい。わかってるよぉ~」
変成王は少年を引きずり、ホワイトボードの前に移動する。少年をまっすぐ立たせ、変成王は揃えた手を少年に向ける。
「今日から郷間の監視につく、天野 晴翔だ。今は事務仕事をしているが、元は東京23区外の回収を担当していた。見た目は幼いが、回収課に所属して7年経っている。子供と思って気を遣わなくていい」
「少しは気ぃ遣ってくれても……」
「遠慮は無用だ」
変成王の有無を言わさない固い声に、晴翔はふてくされるように口を尖らせる。
「ちぇっ。真面目なんだから……。まあいいや。よろしくお願いしま〜す」
晴翔はペンギンのように腕を広げ、子供らしく愛らしい仕草で一礼する。蓮は軽く会釈し、守は立ち上がって二度ほど頭を下げた。
変成王は晴翔に目を向け、蓮と守に順番に手を向ける。
「彼が監視対象の郷間 蓮だ。あちらは郷間の代わりに回収に入る野呂 守。野呂とはあまり関わらないかもしれないが、一応覚えておいてくれ」
「はーい」
変成王はホワイトボードに描いた図を消し、ボードを元の位置に移動させる。
「では、不便をかけるが、皆よろしく頼む。晴翔、形だけのものとはいえ、監視を怠るなよ」
「はぁ~い」
「郷間、夜中に呼び出して悪かったな。帰ってよく寝るといい」
「はい。ありがとうございます」
変成王は机の上の書類を手に取り、下をとんとんと揃えて脇に抱える。そのまま出入り口に向かう様子を見て、蓮たちも椅子から立ち上がった。
「じゃあ守くん。今日からしばらくよろしくね」
「は、はい! がんばります!」
「そんなに気負わなくても。オレもサポートするから」
話しながら、沙斗琉と守は会議室を出る。蓮も後に続こうとすると、後ろからパーカーの裾を引っ張られた。
「移動するときは一声かけてよね。勝手に動いたら「怪しいことしてた」って上に報告するから」
そう言った晴翔の目はいかにも不満そうで、蓮に対し攻撃的なことは明らかだ。しかし蓮は気にする様子もなく、いつもの調子で「わかった」と答える。
「じゃあ、裏門から出て家帰るから」
「裏門出た後はどうやって帰るの」
「自分で扉つないで。お前も通るか?」
「お前じゃなくて晴翔って呼んで。当然ぼくも同じ道通るから」
「わかった」
「おまえのことは蓮って呼べばいい?」
「好きにしろ」
蓮は晴翔に背を向けて歩き出す。ついてくる晴翔の視線は鋭く、少し離れて見ていた守は少し不安に駆られた。
「だ、大丈夫かな蓮さん……」
「んー、大丈夫じゃない? 晴翔くんは懐くまで時間かかるけど、悪い子じゃないよ」
「そうですか……。あの視線を向けられたら、僕なら眠れないです……」
「それこそ大丈夫でしょ。蓮は図太いから」
沙斗琉は蓮と晴翔が向かう方向とは反対側、回収課従業員の宿舎に足を向ける。守は何度も振り返りながら、沙斗琉に駆け足でついていた。
その夜、蓮は晴翔の監視など頭にないかのように、いつも通りぐっすりと眠った。




