第36話 二十代から二千歳への説教
「結局お前が元凶じゃねーか」
和と中華とインドの様式が混ざった、荘厳で豪奢な部屋。その中央で正座をする閻魔を、蓮と沙斗琉は威圧するように見下ろしていた。
閻魔は身を縮め、言い返すことなく首を縦に振っている。
「はい……。僕のせいです。すみませんでした……」
「ごめんで済むと思ってます? この事件の調査にいったい何人駆り出されたか、知らないわけないですよねぇ?」
「あ、えっと……。正確な人数までは……」
「ん?」
沙斗琉は笑顔で閻魔を見下ろす。しかしそれが決して愉快な笑みではないことは、誰が見ても明白だ。
「……なんで俺より怒ってんだよ」
蓮が沙斗琉を横目で見ながら、呆れたようにつぶやく。沙斗琉は少しだけ情けない顔で、蓮に微笑みかける。
「気になる人になっちゃったんだよね。オレにとっても」
蓮は目をぱちぱちと瞬き、「そうか」と沙斗琉から目を逸らした。
「えっ。鬼頭くん、まーちゃんに気があるの!? ダメだよそんなの!! 僕が許さない!!」
「なんでお前の許可がいるんだよ」
「ねー。それにオレは真白さんに指一本触れてませんよ。閻魔様と違って」
「うっ……」
立ち上がり抗議した閻魔に、沙斗琉が冷ややかな笑みを向ける。閻魔は再び正座に戻り、背中を丸めた。
そんな閻魔に同情することなく、蓮は腕を組んで閻魔を見下ろす。
「確認だが、お前はあの人に力を与えた認識はないんだな?」
「うん。全く」
「じゃあ、閻魔様と接触した人の調査はどっちみちやったほうがいい?」
「そうかもな。他にも無意識に力を与えられた人がいるかもしれない」
「なら、調査は無駄にならないね。それはちょっと救いかな」
「そもそも、そんな調査が必要になるのがおかしいんだけどな」
蓮と沙斗琉は容赦なく、閻魔の心にトゲを刺していく。閻魔は泣いているようにすんすんと鼻をすするが、その瞳に涙がたまる様子は全くない。
「あの……。僕、他の大王にもこってり絞られた後だから、そのくらいにしてもらえると……」
「あ゙ぁ?」
蓮に睨まれ、閻魔は言葉を引っ込める。沙斗琉は呆れたようにため息をついた。
「そういうことを自分で言うから、余計に怒られるんですよ」
「うぅ……。だってぇ」
「いい大人が「だって」とか言ってんじゃねぇ」
「冥界の中では若い方だよぉ」
「二千歳は超えてんだろ」
閻魔はすっかり委縮して口を閉じる。なにを言っても反論される状況に、とうとう諦めたようだ。
沙斗琉は少し真面目な表情で閻魔に問いかける。
「真白さんが事件を起こした動機に、心当たりはありますか?」
「ない……。蓮きゅ」
「呼び方」
「蓮くんはある? 心当たり」
蓮は小さくため息をつき、前髪を無造作にかき上げる。
「お前がどこまで状況を把握してるか知らないが……。あの人、病気で入院してるんだよ。行動を起こし始めたのはそれからだ。目的は知らないが、余裕がなくなったから行動に出たんだとは思う」
「余裕かぁ……」
沙斗琉は記憶を思い出すように天井を眺める。直線的な模様の吊り照明は、温かみのある光を怪しげに放っている。
「待ってる……って言ってましたよ、真白さん」
閻魔が恐る恐る顔を上げる。沙斗琉は天井に顔を向けたまま、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「初めてお台場で会ったときに言ってたんです。人を待ってる、二十五年前に約束したって。閻魔様を呼んでるんじゃないですか? 幽霊に関する事件を起こせば、あなたに気付いてもらえると思ったのかもしれません」
閻魔は沙斗琉から目を逸らし、納得いかなそうに両手の人差し指をちょんちょんと付き合わせた。
「でもそれだけのために、病気の体を引きずったりするかなぁ……」
「しますよ」
沙斗琉の強い声に、閻魔と蓮は驚いて沙斗琉を見る。まっすぐに閻魔を見つめる瞳には、確信が宿っていた。
「目的のためなら、どんなことでもできる人はいるんです。周りに反対されても、法に触れても、体を壊しても。そんな人、閻魔様はごまんと見てきたんじゃないですか?」
「それは……そうだね」
生前の罪を裁く閻魔が、人の業を知らないわけがない。たくさんの人の未練を見てきた蓮も、同意するようにうなずく。
「捕まえるのか、あの人」
「ううん」
短い蓮の問いに、閻魔は首を横に振る。
「冥界のルールで、生者を裁くことはできない。少なくとも日本はね。諦めて鼬ごっこを続けるか、接触許可を得た人が説得するしかない」
「つまり、俺たちでどうにかするしかないと」
「閻魔様が接触許可を取ることはできないんですか?」
沙斗琉の問いに、閻魔は自嘲気味に微笑む。
「仮にも大王だからね。冥界の外に出ることは許されない。二十五年前は獄卒扱いだったから、お咎めも少なくてすんだけど……。僕だって、会いたいんだけどね」
穏やかに聞こえる閻魔の言葉に、沙斗琉は眉間にしわを寄せてうつむく。閻魔が嘘を言っていないことは、その表情から見て取れた。
「……手紙」
つぶやくようなその声で、沙斗琉と閻魔が蓮の方を見る。蓮は明後日の方向に顔を向け、視線だけを閻魔に向ける。
「それくらいなら、言わなきゃバレないだろ。俺が持ってってやるから」
閻魔の顔がぱあっと明るくなる。閻魔は勢いよく立ち上がり、大きくうなずいた。
「うん! ありがとう蓮きゅん! 今すぐ書くから、ちょっと待っててね!」
「口滑らすなよ。冥界のものを生者に渡すのも、本来は禁止なんだから」
「わかってるよ!」
閻魔は軽やかな足取りで机に向かい、引き出しから便箋を取り出す。炎を模した椅子に腰かけると、ものすごい勢いで文字を書き始めた。
蓮と沙斗琉は少し呆れながら、顔を見合わせて微笑んだ。




