表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霊魂管理局 地縛霊回収課  作者: わしお
1章 - 鎖の花が咲く夜に

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/61

第34話 思い出の大きさ

 きらきらと光る波を、蓮は柵にひじを置きぼんやりと眺める。東京タワーの向こうに見える空は、憎らしいほど晴れ渡っていた。

 沙斗琉は何も言わずに蓮の隣に(たたず)んでいる。もうかれこれ三十分はこうしていた。


「そろそろお昼食べたら?」


 沙斗琉が柔らかいトーンでそう言うと、蓮は景色に目を向けたまま「ああ」と答える。その声は明らかに上の空で、沙斗琉の言葉が届いているのか定かではない。


「オレが生きてたら、なんか買ってくるんだけどねー」


 沙斗琉が海に背を向け、柵にもたれかかる。商業施設前の広場では子供たちが駆け回り、その光景は平和そのものだった。


「……怒らないのか」


 蓮が独り言のようにつぶやく。沙斗琉は蓮に目を向けず、青い空を見上げた。


「怒らないよ。……オレも、わかってたから」


 蓮が不思議そうに沙斗琉を見る。沙斗琉は視線だけを蓮に向け、自嘲(じちょう)気味に微笑む。


「何回か会ったんだ。ここで、真白さんと」

「そう……なのか」

「うん。直接聞いたわけじゃないけど、蓮のお母さんだって気づいてた。似てるよね。話し方とか、考え方とか」

「……そうか」


 蓮は再び波の向こうに目を向ける。すぐ近くで話しているはずの親子の声は、どこか違う世界のもののように聞こえていた。


「怒らないの?」

「なにが」

「きみのお母さんと会ってたのに、黙ってたから」

「言う義務はないだろ」

「そうだけどさー。……真白さん、蓮が買った本読んでたよ。楽しそうだった」

「……そうか」


 本日何度目かの沈黙が訪れる。蓮は今になって、イヤホンをつけ忘れていることに気づく。一人でぶつぶつと喋る様子は、周囲には不審に映っていたかもしれない。しかしポケットからイヤホンを取り出すのも億劫(おっくう)で、蓮は諦めて海を眺めた。


「そんなに、話したことはないんだ。母親と」

「……うん」

「大した思い出はない。けど、犯人があの人じゃなければいいと思ってた」

「うん」


 沙斗琉はただ優しくうなずく。蓮は柵に置いたひじに顔を埋めた。


「地縛霊が増え始めた八カ月前は、ちょうど母親が入院したころだった。髪が長い女性って目撃情報とも一致して、閻魔との接触もあった。それなのに、俺はあの人を容疑者に入れなかった」

「……うん」

「俺が最初から母親を疑ってたら、怪しいと思った時点で問い詰めてたら、葵は怪我せずにすんだかもしれない」

「それは結果論だからわかんないけど……」

「可能性の話だ。……俺は、甘かった」


 沙斗琉が柵から背を離し、海の方を振り向く。青い空には、海鳥たちが楽しげに羽ばたいている。

 沙斗琉は柵にひじをかけ、少しだけ意地悪そうな顔で蓮を見る。


「責めてほしいの?」

「……そうかもしれない」

「それはできないなぁ。オレも同罪だもん。オレも真白さんかもって思ってたのに、何もしなかった」


 沙斗琉はカラッとした笑みを浮かべ、(あご)にひじをつき遠くのビルを見る。


「きれいな人だよね、真白さん」

「そうか? 目つき悪いだろ」

「蓮と一緒だね。猫耳が似合うタイプ」

「絶対つけないだろうな……」


「嫌がることもなさそうだけどね。カチューシャつけられても、無視してポップコーン食べてそう」

「食い意地はってんだよ、あの人」

「うん。だいたいなんか食べてるよね。甘いものが好きなのかな?」

「たぶんな。小さいころ、金がなくてもクレープだけは買ってくれた」


「息子はわがまま一つ言わなかったって聞いてるけど」

「んなわけねーだろ……。授業参観来てほしいとか、スマホ買ってくれとか、ネット契約してくれとか、それなりにわがまま言ったぞ。あの人が帰ってくるまで起きて待とうとして、結局眠くなって諦めた」


「それは、“大した思い出”じゃないの?」


 蓮がきょとんとした顔で沙斗琉を見る。沙斗琉は蓮を見ず、遠くに視線を向けたままだ。


「思い出の大きさって、他人が決めるものじゃないでしょ? 本人にとって価値のあることなら、それは“大した思い出”だよ」


 蓮は戸惑いながら、目を伏せる。しばらくして、蓮は再び柵に置いたひじに顔を埋めた。

 沙斗琉は優しく、蓮の背中をぽんぽんと(たた)く。蓮がこの手の感触を感じているのか、沙斗琉にはわからない。

 蓮はしばらく顔を上げなかった。晴れ渡った空は、直視するには少し(まぶ)しすぎた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ