第19話 鎖が落ちる瞬間
賑やかだったテーマパークから一夜明け、いつも通り仕事をして、再び味気ない夜が来る。蓮と沙斗琉は渋谷の街を回り、本日三件目の回収を終えた。
人の通らないビルの隙間で、沙斗琉は大鎌を担いだまま大きく伸びをする。
「やっぱ眠らない街はキツイねー。人が多すぎて鎌が振りにくい。これ地縛の鎖しか切れないようにできなかったのかなぁ? なんで魂まで斬れちゃうの?」
「鎖切るだけにしてはでかすぎるしな」
「ねー。どう見ても死神の鎌だよね。誰の趣味?」
「閻魔だろ」
ビルの隙間から出た蓮は、センター街に向かう坂を下りながら大きなあくびをする。沙斗琉は鎌を消し、長い足で蓮を追いかけた。
「寝不足?」
「そりゃそうだろ。昨日何時まで連れ回されたと思ってる」
「閉園ぎりぎりまでだねぇ。で、その後は普通に回収業務と」
「帰ったら日付変わってた」
「わぁ。お疲れ。でも、いい息抜きだったんじゃない?」
「……まあな」
葵の「誰も予定が空いてない」という言葉が嘘だったことは、蓮も気付いていた。顔の広い葵の知り合い全員に予定があるなど奇跡に近い。おそらく蓮に息抜きをさせるための、優しい嘘だ。
実際、いい息抜きになった。悪くない時間だったなど、蓮が素直に口にすることはないけれど。
センター街を抜け、スクランブル交差点の信号待ちをする。車道にも歩道にも、霊がふらふらと歩いているのが蓮には見えている。
信号が変わり、人の波が一斉に動き出す。交差する人々をぎりぎりで避けながら歩いていたとき、蓮はふと視線を感じた。蓮が見られているわけではない。蓮より少し前を歩く霊を、誰かが見ている気がする。
蓮が視線の源を探そうとしたそのとき――前を歩く霊が前のめりに止まった。
蓮は反射的に霊に視線を向ける。先ほどまで歩いていたその足に、見慣れた鎖がつながっていた。
蓮は咄嗟に立ち止まり、再び視線の主を探す。しかし、既に気配は感じられなくなっていた。
「蓮! 信号変わるから先行って!」
沙斗琉の声で、蓮は信号が点滅していることに気付く。一度の青信号で千人以上が渡ると言われるこの交差点は、案外青信号が短い。
蓮は小さく舌打ちし、駆け足で横断歩道を渡る。ぎりぎりで赤信号を回避し、道路に残った沙斗琉の方を振り返った。
沙斗琉は人がはけ、車が発進するまでの数秒のうちに鎖を切る。発進した車が沙斗琉と霊に向かっていくが、沙斗琉は車をすり抜けて悠々と歩いてきた。
「いやー、焦ったね。生き物を巻き込まなくて良かったよ」
何事もなさそうな沙斗琉の様子に、蓮はほっと息をつく。幽霊から現世の物体には触れられるが、現世の物体から幽霊に触れることはできない。そうとわかっていても、蓮は沙斗琉が車とぶつかるのではないかと一瞬思ってしまった。
蓮と沙斗琉は解放した幽霊と共に路地裏へと移動し、扉を開けて冥界へと送り出した。蓮が扉を閉じると同時に、沙斗琉がスクランブル交差点の方角へと目を向ける。
「縛る瞬間ってあんな感じなんだね」
「ああ。犯人は特定できなかったな」
「あの人混みじゃ見つけられないよ。もし犯人が立ち止まって霊を見てたとしても、スクランブル交差点で止まる人なんて普通にいるし」
「交差点で止まるなよ」
「それはそうなんだけどねー。写真とか動画とか撮りたいんでしょ」
「こんな夜中に何撮るんだ?」
「夜景?」
ビルの壁にもたれ、蓮は大きなため息をつく。
「現行犯で確保するのは無理そうだな」
「そうだねぇ。どうする?」
蓮は渋谷の空をぼんやりと見上げる。地上が明るいせいか、晴れた空でも星一つ見えない。
「……原因から探すか」
蓮はビルの壁から背中を離し、再びスクランブル交差点の方へと歩き出す。
「沙斗琉、今週の土曜空いてるか?」
「空いてるー。どっか行くの?」
「ああ」
蓮はパーカーのポケットに手を入れ振り返る。ビルから発せられる光が、逆光のごとく蓮を照らした。
「霊魂管理局本部」




